「だ、だって葵くん、今日学校に来なかったから! RINEも既読つかないし、電話も全然出てくれないから……」
昨夜から……つまり、樹を自分の部屋に連れ込んでから、俺はずっとスマホをサイレント状態にしていた。
それでも時折、花音からのRINEや電話が目についた。
こんなのを見られた日には、樹のことだから強い罪悪感に苛まれてしまうに違いない。
だから俺はずっと、花音からの連絡を無視をし続けていたのだった。
「な、なんで樹ちゃんもいるのかな……? どうして手なんて繋いじゃってるのかな……? おかしいよね? だって葵くんと樹ちゃんは友達で、親友でしかなくて……なのになんで手なんて繋いで……!?」
「だって……樹は……樹は俺の恋人だから!」
「ーーっ!?」
そう告げた途端、花音はとても複雑な顔をし始めた。
驚いているようで、悲しんでいて。怒っているようで、泣いていて。
「な、なに言ってるの……? 私が恋人だよね……!? 私が葵くんの……!」
よろよろと花音が近づいてくる。
どうやら花音はまだ、昨日の別れようといった俺の言葉を受け入れてはくれていないようだ。
だからこそ、もう一度しっかり告げなければ……でなければ、今俺の手を握ってくれている樹の立場が……
「もう諦めてよっ! 邪魔しないでよ!」
突然、樹は声を荒げた。そして俺の花音の間に立ちはだかる。
「どいて! 今は樹ちゃんとなんか話してない!」
「退かない! 退くのは花音ちゃん……"花守さん"の方っ!」
声を荒げ始めた花音に、樹は全く動じず、強い言葉を返す。
「もう、おいくんは……"葵"はあなたのことなんて、なんとも思ってないんだよ! いいかげんわかってよ!」
「ーーっ!?」
「ようやく手に入れたんだ……ずっと、ずっと、ずっと欲しくても手に入らなかった、日々が……」
樹の涙が乾いたアスファルトへ染み込んでゆく。
これまでどれほど樹が自分を抑えていたかが痛いほど伝わるその様に、花守さんも言葉を失っている。
「もう諦めて! 僕たちの前から居なくなって! 僕から……僕から、葵のことを取らないで……! お願いだから……ひくっ……お願いだからっ!!」
樹の泣く姿は、中2の頃のあの出来事を思い出され、胸が強く痛む。
もう2度と、樹のこういう顔はみたくない。
こんな顔をさせたくはない。
「行こう、樹!」
俺は泣きじゃくる樹の手を引いて、花音の……"花守さん"の脇を過ってゆく。
花守さんが膝から地面に崩れ落ちたように見えたが、あえて無視をした。
ここで声をかけてしまうと、また余計なことが起こってしまうと思ったからだ。
むしろこれをきっかけに、花守さんが俺のことを諦めてくれれば……憎まれたって構わないとさえ思っている。
そして足早に家へと戻り、俺の部屋へ飛び込んだ途端、樹のことを強く抱きしめる。
「樹、ごめん。変なこと言わせて……ほんとごめ……っ!?」
樹は突然、少し背伸びをして、俺の唇を塞いできた。
そして自ら進んで舌を差し込み、俺のを激しく絡め取ってくる。
俺も樹の情熱に応えるよう、無我夢中で彼女の唇を貪る。
「葵……このまま、エッチして良い……?」
激しいキスを終えて、そう聞いてくる樹はとても不安そうな顔をしていた。
いまこの場で抱かないと、樹が壊れてしまう気がした。
だから俺は、樹をそっと床へ押し倒す。
そして、樹の不安が少しでも和らぐように、時に丁寧に、しかし激しく彼女のことを抱き始めるのだった。
……
……
……
「びっくりしたぞ」
「え?」
「急に俺のことを"葵"だんなんて呼び出すからさ……」
腕枕をしつつ、樹の艶やかな黒髪をそっと撫でながら、そう語りかける。
「だって……"おいくん"なんて呼び方はもう子供っぽいって思ったから……僕はたちはそのぉ……もう恋人同士なわけだし……嫌、だったかな?」
「いや、全然」
「そっか……良かった……」
樹は心底ホッとした表情を浮かべる。
そんな樹を俺は一際強く抱きしめる。
「約束するよ。もう2度と樹に悲しい思いはさせないって。必ず!」
「ありがと、葵……」
そう言って樹は部屋に置いてある置き時計を見やった。
そろそろ両親が帰ってくるだろう時間だし、今回樹は電車で帰省をしていた。
ぼちぼち駅へ向かわなければならない時間だ。
だけどそんな中でも俺は再び元気になってしまっていて。
樹も熱っぽい視線を寄せてきていて……。
「もう一回、してもいい……?」
「時間大丈夫か?」
「ちょっとヤバいかも……」
そう言いつつ、樹は起き上がって、俺の上に跨ってきて。
「だから今回は僕が……頑張るから! すぐに終わらせてあげるからね?」
なんとも頼もしく、だけど男としてほんの少し複雑な気分の俺だった。
こうして樹主導でのもう一回戦をサクッと終わらせた俺たちは、ようやく駅へと向かった。
人気の少ない夕暮れの駅舎で、俺と樹はずっと手を繋いだまま、電車の到来を待っている。
本音を言ってしまえば、このままずっと電車が来ず、いつまでも樹と手を繋いでいたいと思った。
ずっと、ずっと、ずっと樹と寄り添って、こういう時間を過ごしたいと強く思うようになっていた。
でも、そんな俺の願いを引き裂くように、ホームへ電車が滑り込んできた。
俺と樹はお互いに名残惜しそうに手を解く。
「じゃあ、行くね……」
「なぁ、樹」
「ん?」
「もし樹の予定が空いていたらでいいんだけど……週末、そっち行っていいか?」
そう告げると、樹は一瞬困ったような表情を浮かべた。
そういえば、こうして今地元に居るのって、これから忙しくなるから……なんて言ってたっけ。
「ごめん……やっぱ今の提案は忘れてくれ……」
「大丈夫だよ?」
「え……?」
「今週末大丈夫! それに僕も葵と一緒に過ごしたいし!」
樹のその言葉を聞いてあまりにも嬉しすぎた俺は、彼女のことを強く抱きしめる。
樹もまた応えるように、抱きしめ返してきてくれるのだった。
「また明後日ね! 葵が来てくれるの楽しみに待ってるよ!」
電車へ乗り込んだ樹は笑顔でそんな嬉しいことを言ってくれた。
樹を乗せた電車は風のように走り、彼女を今いるべき場所へ連れ去ってゆく。
ーーもしも中2の頃にお互いに気持ちを伝え合っていれば、こんな寂しい思いをしなくても済んだんじゃないか。
そんなたらればなことを考えつつ、俺は1人寂しく帰路へ着く。
ずっとポケットへしまいっぱなしのスマホは、今この瞬間も、花守さんからの着信やRINEの到来を知らせるために、延々と光り輝いているのだった。