この話は11月10日に書籍が発売した『悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する(
https://kakuyomu.jp/works/16818093081011748966 )』のsideエピソードです。
主人公梅雪の側室で最も影が薄い七星織のエピソードになります。
時系列としては九十九州でラップバトルをしているあたりから開始になります。
九章が終わったあたりで一般公開もしていく予定ですので、ご了承ください。
全3話。
今日は3話目。
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「歌劇団の背景美術までやらされるとは聞いておりませなんだが!?」
|七星《ななほし》|織《おり》は、|夕山神名火命《ゆうやまかむなびのみこと》の号令に従い、先の夫の活躍──砂賊糾合事変の絵巻を描く、アシスタントになった。
だが砂賊糾合事変絵巻、夫の|氷邑《ひむら》|梅雪《ばいせつ》は、異世界勇者・|桜《さくら》に、こう宣言した。
『舞台、絵巻物、講談、狂言、瓦版と、ありとあらゆる手段でばらまいてやろう』
そう、つまりこの砂賊糾合事変絵巻……
企画段階で多方面メディアミックスが約束されていたのである。
ちなみに出資者は帝と氷邑家である。有数の権力のある金持ちがパトロンになった以上、各所、失敗は許されない。
なので厳重なチェックが必要になり……
背景担当ということで雇われた七星織は、各所を飛び回って監修業務をすることになった。
そして監修業務なのに、なぜか背景美術をやらされている。
どうして?
織にとっての不幸は、話を聞いた七星家までパトロンに回ったことだった。
七星家は氷邑家とともに『帝の両輪』と言われている。
……が、現在、家の力も、帝からの信頼も、氷邑家に一歩も二歩も劣っていると言わざるを得ない。
そこに織が何やら帝の妹の御下命で重要な役割を仰せつかったという一報が入る。
力を入れないわけがなかった。
実家の七星家的には、『氷邑家でうまく、個人的に帝の妹の知己を得て、覚えめでたくなるように工作しているんだな』といった評価である。
……それこそ、急に不定の狂気を発症して氷邑家に嫁ぐことになった織に、実家が期待している役割でもあったという事情もある。
そうして失敗出来ない度が段違い(下手すると出家させて七星家に戻すぞとか言われる)になった織は、監修に力を入れざるを得なくなり……
歌劇団の背景美術が、あんまりにも夕山の指定を理解出来ていないので、自ら背景を描くことになってしまったというわけだった。
「なんだかわらわ、まともな苦労人の役割になってきとりゃせんか!?」
誰にともなくキレている。
なお、ここは舞台の上だ──通常、背景美術を舞台の上で仕上げるということはしないのだが、並べた状態を見た織が『なんじゃこれは! なんで一面の砂漠なんじゃ! 夕山様の指定では高い建物(ビルなど)が倒壊しとるっつう話じゃろ!』とキレてそのまま作業を開始したためだ。
七星家のお嬢様かつ氷邑家の側室なので、作業に夢中で殺気立っている織を止められる者が誰もいなかった。
ちなみに中国地方の砂漠は本気で丘陵以外の何もないので、歌劇団背景美術が悪いというわけではない。急にビルとか生やした夕山が悪い。
そういう夕山の『鳥は確かに現実ではそう飛ぶかもしれないけど、私の漫画ではこう飛ぶべきなんだよね……』みたいなこだわりを横でさんざん聞かされて刷り込まれた織が筆をとり、歌劇団は何も言えず、そばにいるのも怖いので、結果、ほの暗い照明のある舞台に、織が一人でキレながら絵を描いているという状況になっていた。
その織に、
「あの!」
背後から大声がかけられた。
「なんじゃあ!?」
多忙すぎて変なテンションになっている織が、叫びながら振り返る。
なぜか筆を剣のように突き出していたが、まったくの無意識だった。
振り返った先には……
いかにもモブっぽい女がいた。
七星家という名門でグッドルッキングな人々に囲まれていた織は、急に出て来たモブに混乱した。
だが、そういえばここは歌劇団の舞台。なるほど、ここで背景美術をやっていた人がようやく来たか、と織は思った。
織は第三者視点だとキレながら作業をしているようにしか見えなかったが、当人としては『指導してやるからさっさと背景美術担当が来い』というつもりでいた。
ちなみに、『呼べ!』とは言ってない。
お姫様である織は、自分の望みが自分より身分の低い人々に察せられるのが当たり前の環境で生きてきたので、何も言わずともこの状況なら背景美術が来るだろうと思って作業していたし、来ないからキレていたのもあった。
「貴様か! 背景美術は!」
「へっ!? いえ! 違います!」
「声が大きいんじゃ貴様ァ!」
「す、すみません!!!」
「だからでかいって言っとるじゃろ!?」
お互いに変なテンションだった。
そこで助け船が入る。
「あの」
今度来たのは、モブではなかった。
というか、織も知っている。
艶やかな黒髪をポニーテールにした、ピンク色の袴と羽織を身に付けている人……
帝都歌劇隊花組のトップスタァ、|桃井《もものい》である。
「……申し訳ありません、織様。こちらの者は、本当に背景美術ではないのです」
「ではなんじゃ。わらわに食事でも届けに来たのか。食事より背景美術を届けんかい」
「給仕でもなく、その……ご挨拶をさせていただいても、よろしいでしょうか?」
「いいが、わらわが今やってる作業に関係のない者であれば罰を与えるぞ。わらわは今、とても機嫌が悪い。当たれる者があればなんにでも当たりたい気持ちでいる」
「……ええと、まずはお詫びを。この舞台に関わりはありませんが、花組の桃井|小花《こはな》と申します」
「そなたはいい。で、こっちの地味なのは誰じゃ」
「ご挨拶を」
織と桃井の視線にさらされて、その人物は「はい!」と大きな声で返事をした。
「主演女優をやらせていただきます、|国府田《こうだ》ミツコと申します! 声の大きさには自信があります! よろしくお願いします!」
パトロンの家の人かつ脚本の偉い人である織に挨拶に来た、主演女優──
帝都騒乱において声のデカさでオロチを釣った、演技大根の女が、深々と頭を下げていた。
◆
|氷邑《ひむら》|梅雪《ばいせつ》は、異世界勇者・|桜《さくら》にこう言った。
『お前を主役にした物語を書いてやる。舞台もやる。主役のお前役は──
──声のデカい大根役者にやらせよう』
だいたいそんなような感じである。
そして梅雪がメディアミックスの条件として『桜役は声のデカい大根役者で』の走り書きを残していったことにより、主演女優の条件にそういうものが加わった。
そうして、その条件でオーディションが行われたところ、誰よりも声がデカい誰よりも演技が大根な役者が選ばれた。
それが|国府田《こうだ》ミツコである。
「彼女は本物の大根役者です」
変な太鼓判もあったもんだと思うが、変なキャスティング条件を出したのがこっちなので、|七星《ななほし》|織《おり》はなんも言えなかった。
というか──
(そうか、本当にやるんじゃな、舞台……)
──この段に至り、ようやく実感がわいて来た、というありさまである。
そもそも|夕山《ゆうやま》の詐欺同然の条件で始まったこの砂賊糾合事変絵巻のメディアミックス。最初は背景だけという話だったはずだが、なんだかマネージャー業務と監修を兼ねてあちこち飛び回らされる日々が始まっている。
ぶっちゃけ忙しかったので、何もかもに現実感がなかった。
だが、今、『主演女優』があいさつにきて、ようやく実感がわいた。
実感がわくと、こういう言葉が出てしまう。
「……その、大丈夫か? この脚本は、かなり、問題があるぞ?」
すっかり苦労人の常識人みたいな役回りをやらされていることに不満があるものの、どうやってもやっぱり、そういう言動になってしまう織である。
この脚本の問題──
それは、この脚本が、《《主役の尊厳凌辱をコンセプトにしている》》という点だ。
砂賊糾合事変絵巻のコンセプトは、異世界勇者が梅雪にボロ負けするというものなのだ。
そうしてなるべく情けなく、恥ずかしく、間抜けに、手も足も出ずに逃げ去ったというのを世間に広く伝えるためのものである。
これを敵ではなく主役に据えたのは梅雪の手腕で、なんで『悪を倒す正義』ではなく『倒される悪』を主役にしたかと言えば、あの男、尊厳凌辱のコツをわかっているからだ。
《《悪役より主役の方が》》、《《舞台に立っている時間が長い》》。
なので間抜けな姿をたくさんさらせる。
そういう意図が、織にはわかった。
だがしかし、そこにいるミツコは異世界勇者本人ではない。
……が、世間は混同するものだ。ミツコがこの役でさんざん尊厳凌辱をすれば、世間はミツコをヴィランとして扱う。しかも、倒されてスカッとするタイプのヴィランではなく、梅雪のさらさらと書いた砂賊糾合事変のあらましによって、鬱憤が残るタイプのヴィラン像になっている。
梅雪が桜のことをめちゃくちゃ嫌いだという話なのだが、それを忠実に舞台化すると、桜役をやらされる女優の風評は、たまったもんじゃないものになるだろう。
「いや、わらわもな、絵巻物や瓦版であれば気にせんかったが……こう、なんじゃ。これを舞台脚本でそのままやるのは、どうかと思うのじゃが」
「しかし、出資もされておりますし……話も、動いています」
桃井の言葉ももっともだ。
帝都歌劇団は帝の威光のための組織だが、それは湯水のように運営費を使えるということを意味しない。
舞台ごとにパトロンがつき、そこから費用を捻出し、道具やキャストなどを決めていく。
つまりお賃金を払っているパトロンの意向には逆らいにくい背景がある。
もっとも、いくらパトロンの意向でも、帝の威光を蔑ろにするような要求であれば、跳ねのけるだろう。
だがしかし今回の脚本は、『帝の号令によって出発した御三家の若き当主が、かつて帝の祖と戦った異世界勇者を見事に撃退した』というものであり、帝の威光を蔑ろにしていない。
むしろ、帝の威光云々と言うならば、異世界勇者は間抜けであればあるほどいい……と思う者も少なくはないだろう。
だがしかし、その『帝の仇敵』をやるのは、人間なのだ。
七星織は小癪ないたずらをする方だから、『こうすれば、世間や周囲はこう反応して……』というのを計算する力が高い。
ここまで多忙を極めていたせいで認識していなかったが、『この脚本を人間が演じる』という事実に気付いた今、織の認識では、こういう表現をせざるを得ない。
「二度と外を歩けんぞ、この役をやったら」
普通に、街中で石とか投げられると思う。
そういうぐらい、憎たらしい悪役に仕上がっている。
いくらなんでも人の理性とか常識に希望を持たなさすぎ──と思う者もいるだろうが、織はどちらかと言えば、希望を持っていない方であった。
そういう点はわりと梅雪と共感できる要素だ。
国府田ミツコは、ぐっと拳を握りしめた。
「でも、『主役』をやるのは夢だったんです! 命を懸けてやり遂げてみせます!」
「そうは言うがのう……」
「演者としての才能がないのは、理解してるんです。でも、私は、演者をあきらめたくなくて……だから、石を投げられても、槍を投げられても、死後永遠に苦痛を味わわされても構いません! この役をやらせてください!!!」
「覚悟キマりすぎじゃろ」
キマりすぎで織は引いてしまった。
桃井も苦笑している。
だがしかし、織にも良心みたいなものはある……
それと、計算もある。
(氷邑家・七星家連名監修で、帝の妹の脚本というていで出すこの舞台……主演女優がそこまで嫌われるような役どころでは、我々の評判も落ちそうじゃぞ……)
実のところ、梅雪は戦闘中に相手を煽り返す時、かなりその場の勢いでしゃべっている。
今回の脚本コンセプトやキャスティングも、実は、梅雪の中では『そうせよと伝えた』時点で終わっていた。
だがしかし、『氷邑梅雪の残した指示』を、家中の者は蔑ろに出来ない──あと、夕山が普通に梅雪の指示や行為すべてに狂った全力を出すので、止められる者もいないまま、『これ、実際に舞台に反映したらまずいんじゃないかなあ』の脚本が出来上がり、企画が奔り始めてしまったという背景がある。
世の中にある『これ、途中で誰か止めなかったのか』という企画はこのようにして形になり、世に出るのだ。
(『ここ』しかない……)
織は、自分が知らない間に岐路に立たされているのを悟った。
本当にもう『ここ』しかないのだ。
『ここ』を逃せば、今のまま、舞台が走り出す。
『ここ』が、最後の修正ポイントだ。
しかし……
(この燃え滾るような目をしたモブが、主演をあきらめるとも思えん……それに、氷邑家・七星家の意向で、帝の妹が脚本を仕上げた舞台を、わらわの一存で中止とか……実家に見捨てられるし、ひょっとしたら梅雪に殺されるのではないか?)
ここで織がとれる一番安全な選択は『知-らね』と投げ捨てて帰ることだ。
舞台がんばってね、と一言言って帰る。それであとは終わる。
だが……
七星織は、『戦う人』ではなかった。
そして、小者だった。
その小者が、目の前で元気よくしている人の人生が歪むかもしれない場所に立たされている……
ここで見捨てればよくないことになると、少なくとも織は確信出来る状況で、自分だけがこの状況をどうにか出来ると、頭が回るので理解してしまっている。
人を、見捨てる。
(…………出来るわけあるかい!)
心が弱く、気が小さい者は、人を見捨てる選択さえ出来ない。
これもまた一種の自己保身。しばらく気に病んで夜眠れなくなることがわかるので、何も行動しないというわけにはいかないのだ。
では、何をするか。
……現在、ただでさえデスマーチな状況で、氷邑、七星、主演女優、帝。四方すべてが『良し』となること。
それは……
「……紙とインクとペンをよこせ」
織は言った瞬間、『言わなきゃよかった』と思った。
何日かの徹夜が確定し、失敗したら自分が梅雪に、そして夕山に、それから、その背後にいる偉い人たちになじられる。
だが、言ってしまった言葉は、戻せないものだ。
「わらわが、脚本を書き換える」
「え、でも……」
「梅雪の指示は破らん! ただ、ちょっと、こう……えーとえーと、異世界勇者を正義っぽくは出来んし、主役であることもずらせんから……『実は事情があった』とか『かわいそう』とかではない方向で、どうにかしてやる。石を投げられん程度に──ああ、大根役者の演技力で出来るようにもせんといかんのか!? 無理難題じゃ!」
「あの……」
「とにかく、やる! いいから早く、寄越せ!」
「で、でも、そこまでしていただかなくても!」
「うっさいわ! 貴様のためではない! 氷邑と七星、それから帝の威光のためじゃ! ……あと、わらわがあとで謎に責任を感じさせられんために……とにかく、はよ、はよ!」
織に急かされて、ミツコが走り出した。
桃井が残され……
「氷邑織様」
「なんじゃ!」
「……ミツコのことを考えてくださって、ありがとうございます」
「さっきも言ったがな! これは、氷邑、七星、帝のためじゃ! 帝の懐刀である歌劇団の女優が、主役を張ったのに観劇した者から憎まれるなど、あってはならん! それこそ、権威の失墜じゃろうが! そういう理由じゃ! 誰がモブ顔大根のためになどやるか! 勘違いするでないぞ! これは、わらわの安眠のためじゃ!」
そこで桃井が『わかっていますよ』という感じに笑ったので、織は自分がツンデレにされたことを察した。
「……つきましては織様、私にも、お手伝いをさせていただきたいのですが」
「そなたはこの舞台に関係ないんじゃろ!?」
「しかし、花組の後輩の初主演でありますし……織様が仰るように、帝の威光を守る義務が、我ら歌劇団の、そして火撃隊のスタァにはございます。そのために、舞台で出来ること、出来ないことなど、横で判断させていただければ」
「……むう。そういうことであれば断れんな……しかし! 眠れると思うなよ!?」
「問題ございません。……ただ、明日の公務を断るための手紙だけ、書かせていただければ」
その公務がどういうものか、織は知らない。
だが、舞台の専門家が欲しいのは事実だったし、確かに『帝の威光のため』というのも、嘘ではないのだ。
帝も妹が書いた脚本で、歌劇団の女優が石を投げられるような事態になるのは避けたいことだろう。
「……どこかで、誰かが、『現実的なこと』を言って、止めていれば、こうはならなんだ。どうしてわらわのところでしわ寄せが集まる……!」
もっとも、『止めていればよかった誰か』には、織自身も入る。
今回のことは本当に不幸な連鎖事故だった。だが、組織という集合体ではしばしば起こる事故でもある。
……あるいは、織の心配のしすぎで、事故なんか起こらない可能性もあったかもしれないが──
(早くも心が逃げたがっとる! くそう、失敗した! 失敗した! わらわは汗をかかず、いい感じに梅雪に一目置かれていればそれでよかった……だというのに! 一番まともで! じゃから一番苦労する!)
相対的にまともな者は、相対的にまともでない者のしりぬぐいをさせられがちである。
かくして七星織のデスマーチが決定した。
桃井は──
火撃団常識人枠の花組のトップであり、数々のしわ寄せを喰らい続けて来た桃井は、仲間を見る目で、織を優しく見つめていた……
◆
かくしてデスマーチは功を奏し、国府田ミツコは石を投げられることもなく、見事に主演女優を務めきることとなる。
……もっとも、それは、梅雪が九十九州に行っている間に起きた『大事件』のあとになるのだが。
その舞台のあとの、国府田ミツコ評は、このようになった。
『縁起が全部棒で声がデカいのがめちゃくちゃ怖くて不気味だった』
『なんであの人、常に目が開き切ってんの? 怖すぎ』
『あんな化け物を封印した帝の祖は本当にすごいお方でした』
『感情がない演技がうますぎた。あのよくわからないタイミングの大声と棒演技、よっぽど演技力がないとできない』
『暗闇から顔だけ出て来る演出が多用されてて夢に出そう』
……『感情はないが声が大きく、しゃべりに抑揚がない、演技がロボットみたいに固い、とにかく不気味な悪』という役所で、ミツコは一躍、有名になる。
『眠らない悪い子にはミツコさんが来ますよ』と怪談になるのだが……
それが尊厳凌辱をされる悪の主役と、どちらがマシな扱いなのかは、誰にもわからない。