岡崎順平さん
拙作『デヴァイン・シンフォニア』に素晴らしいレビューをありがとうございました。
情景描写は、これはもう、ただただ、私が好きなのです。
今の主流・好まれるものは、もっとスッキリとした文章なのではないかと思うのですが、とにかく、私が好きだから、で思い切り自己流で書いています。
そんな、「私の好き」を「良い」と言ってくださり、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
登場人物たちが活き活きとしているとのお言葉も嬉しいです。
おっしゃる通り、かなりの大人数です。「好き」を集めたような作品なので、どのキャラクターにも思い入れがあり、横道かな、と思われるエピソードも入っていたりします(それは善し悪しなのですが)。
レビューの締めのひとこと、まさにその通り、時間のあるときにゆっくりと、の作品です。
ぴったりのお言葉を贈ってくださり、嬉しいです。
本当にどうもありがとうございました。
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いつも、レビューを頂いたときは、相手の方に伝わるように、相手の方の近況ノートにお邪魔するのですが、今回は近況ノートを開かれていない方でしたので、自分の近況ノートに書きました。
そして、今回、考えました。
この「お礼のために、相手の方の近況ノートにお邪魔する」ということ。
これは、場合によっては、相手の方の近況ノートの内容の邪魔になってしまうものであったり、人によっては煩わしく感じられるものである、と前々から聞いておりました。
これを続けていくのは、良いのだろうか、悪いのだろうか、と。
ひとつ前の近況ノートに書いた通り、オープン当初のカクヨムの近況ノートは、「他人が書き込むことはできない、一方的に『お知らせ』を書く機能しかないもの」でした。
そのため、「近況ノートにレビューのお礼を書きに行く」ことはできませんでした。
(また、レビューに「いいね」を付けられるようになったのは、(私の感覚では)ごく最近のことです)
つまり、オープン当初は、レビューを頂いても、相手の方に対して、なんのアクションを取ることもできませんでした。
(それどころか、自分の作品をマメにチェックしていなければ、レビューを頂いたこと自体に気づかない、という状態でした。
通知が来るようになったのも、私の感覚では最近です)
それが、他人の近況ノートに書き込みができるように仕様が変わり、「お礼」の手段として使われるようになった――というのが、「相手のノートにお礼を書きに行く」という習慣の発端だと思います。(あくまでも、私の見解ですが)
レビューに「いいね」が付けられるようになったとき、なんで「作者も」付けられるんだろう? と疑問に思いました。
「レビューが役に立ったときに、『いいね』してください」というものなのに、作者の立場では「役に立つ」というのは違うと思うし……と。
その答えは、ひょっとしたら「近況ノートにお礼が来る」のが嫌な方の要望だったのかな……と、今更ながらに、思ったのでした。
そんなわけで、奇しくもカクヨム4周年の今日。
今までの機能追加をずっと見続けてきた身として、新たな機能はありがたく受け取ることにして、「他人のノートにお礼のためにお邪魔しに行く」のはやめて、レビューへの「いいね」&自分のノートでのお礼、に切り替えようと思います。
(ただし、相手の方をよく知っている場合など、特別な場合は除きます)
追記
タイミングよく応援コメントを頂いていた場合には、そちらに書きます。
そのほうが、相手の方にきちんと伝わって、良いと思うので。
追記2
コメントなしの、★レビューのお礼はどうしようかと悩んだのですが、今まで、近況ノートにお邪魔してのお礼はせずに、PC画面に向かってのみのお礼だったので、これからも同じようにノートには書かず、心の中でお礼を申し上げることにします。
とはいえ、私の近況ノートには、自由に書き込んで構いません。
ノートの内容とは全然、関係ないことを書いても、まったく気にしません。
雑談でもなんでも、ご自由にコメントしてください。
よろしくお願いいたします。