(…あぁ…知ってる……この感覚……)
悲しげに耳を垂らす青年の気持ちが、真姫の胸に痛いほど流れ込んできた。
世界そのものから、拒絶された様なあの感覚。
ーー
『ねぇ見た?今の。やっぱ純血って怖いね』
『どうせ混血の事、見下してるんでしょ?』
ーーー
未だ刺さったままの胸の棘が、ぶり返すように傷をえぐり始めた。世界に1人取り残された青年と、過去と今の自分が重なっていく…。
ーーあぁ。彼は今…ひとりぼっちなんだ…。
そう気付いた時、真姫はそっと青年の背中をさすっていた。青年を受け入れるかのように。
……自分自身を慰める様に……。
「……っ!」
触れた瞬間、青年は肩を震わせた。耳を伏せ、少しだけ体が震えている。
戸惑ったように揺れる青い視線が、真姫の胸に深く刺さる。
「……大丈夫……」
「私が…ついてる…」
自然と、そんな言葉が口から漏れていた。
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数日後…。
学園は休校せざるを得なくなった。
純血人間に対する混血生徒による差別意識の浮上。人工魔物の暴走……。
学園側の安全管理や生徒達に対する指導の責任問題が問われ、学園責任者、理事長は連日共に頭を下げる日々が続く。
ーーー
ニュースキャスターが1日に2、3回は学園の名前を読み上げている。
皆、実名は出ていない。当然だ。退学処分になったあの女子生徒も、真姫の名前も、誰も出てはいなかった。
そのせいで、根も葉もない噂や憶測が飛び交った。
はぁ……。
真姫はため息を吐いた。イラつきにも似た、棘のある感情が湧くのを感じた。
…どうせみんなすぐ忘れるくせに。
胸にザラつきを覚えながらテレビを消し、自室へと向かった。
椅子に座り、淡々と手元の刀と向き合う。布で拭き取り、丁寧に手入れした後、刀は淡く光り、護符へと吸収されていく。
丁寧に時間をかけて、ゆっくりと行った。
…チラリと、真姫は部屋の隅でじっとうずくまる青年を見た。
耳がしょんぼりと垂れ下がったまま。憂いを帯びた横顔を傾いた夕日が照らしている。
……ふと、教師達の会話を思い出した。
青年の処遇に関しては未だに妖魔専門機関と教育委員会が揉めているらしい。今の所の結論として、しばらく引き取り手がいなければ青年はいずれ、専門の機関へと引き取られる…と。
「……ねぇ。」
真姫の声にピクリと耳は反応するものの、青年は顔をあげようとしない。青年の手元が、僅かに震えた様に見えた。
真姫は青年の方へと近付き、隣に腰を下ろした。しばらく黙ったまま、手元の護符を見つめ続ける。
「…俺の事…怖いって……思った……?」
か細く、覇気のない声で。顔を上げずにポツリと青年は呟いた。今にも泣きそうなその声は、あの猛々しく魔物とあいまみえた青年とは思えない程に、弱々しかった。
「君を傷付けた人を、許せないっておもった時……」
「…止まらなかった…どうしたらいいか分からなくなった……」
青年の声が震える。
「…力が制御出来ないあの感覚が……」
「俺は……。」
ほんの一瞬、青年は言葉に詰まった。
震える手のひらを見つめながら、青年は苦しげに続きの言葉を紡いだ。
「俺は…いつかきっと…誰かを傷付けてしまう」
「…そしたらきっと…俺の居場所は……」
涙に滲んだような声は、青年の心からの悲鳴だった。じんわりと、青い瞳が涙で揺らめいた気がした。真姫は、目の前にいる今にも消え入りそうな儚い存在の手をそっと優しく握り…
「…ここにいなよ」
ポツリと。真姫はそう呟いていた。
「……え?」
「ど、どうして……?」
大きく見開かれた青い瞳が揺れた。意外すぎる答えに、青年は嬉しさよりも驚きが勝っていた。
「行く所……無いんでしょ?なら、ここにいなよ」
真姫は真っ直ぐに、青年の瞳を見つめた。
手元でいじっていた護符が、ポロリと地面に転がる。それでも真姫は、青年の手を離さなかった。
「そ、それにさ…。私、こう見えて少しは妖魔に詳しいから!一緒にいれば…もしかしたら君の正体も分かるかもよ?」
照れたように笑う。真姫の声には遠慮も敬遠も無く、心からの提案だった。
「あっ!そうだ!名前!」
パンッ!と大きく手を叩く。
思い出した!と言わんばかりに。
「君の名前!ずっと無いの不便でしょ?私が付けたげる!」
腰と頭に手を当てて、暫く考え込む。
カチ、カチ……と、時計の音が静かな空間の中で時を刻む音が響いた。
「……シロ!シロってどうかな?君真っ白だし、パッと見でわかりやすいでしょ?」
ぱぁ、と顔を輝かせ自信ありげに胸を張った。青年の感想を聞きたそうに、真姫は期待に満ちた表情で青年を見つめる。
「どうして……?」
「どうして君はそこまで……俺に良くしてくれるの……?」
真姫は「んー」と、わざとらしく考えるふりをして、可愛らしげに顎に手を当てる。
「…さあ…?」
「…私にも……分かんない!」
はにかむ優しい少女の笑顔が、青年の胸の中でじんわりと広がっていく。
「……なんだよ…それ」
2本の白いしっぽが、パタパタと背中越しに風を送る。とても心地の良い…風。
ーー記憶の無い妖怪の青年は、"真姫"の傍で優しく笑った。
孤独な「シロ」の世界に、色が帯び始めた。
ーー序章_完
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………
…
夕刻と夜の間。空が闇へと変わる前の僅かな時間。魔物や妖が人の世に紛れ込み、厄災を呼ぶとされていた。
ーー|逢魔《おうま》が|時《とき》。
…かつてはそう言われていた時間帯。
混血も動物も、魔物すら寄り付かない廃屋に、悲鳴が反響した。
「や……やめっ……助けて…!……俺は……何も……!」
怯え血にまみれ、逃げ惑う男の傍らに、|外套《がいとう》に身を包み、大きな鎌を持った男がいた。瞳は正気を失ったように濁っている。
「…いいえ。|貴方がた《混血》は既に…」
虚ろな目が怯える男を見下ろしている。細く、病弱な体。こけた頬。
「…存在しているだけで罪なのです」
無慈悲に大鎌が振り下ろされた。
逃げ惑う男の体が二つに裂け、ピクピクと動く肉塊へと成り果てる。
…次第に緑色の炎に包まれ、魂ごと焼き尽くされていく。
廃屋に鉄の匂いと、肉の焼ける匂いが充満していく。
外套の男は両手を合わせ、まるで神に祈るように、消えゆく哀れな魂に祈りを吐いた。
「穢れた魂よ…来世ではきっと…清き魂に生まれ変われるように……」
ーー太陽が沈んだ。空には欠けた月がこの世を見下す様に煌めいた。
男の外套の胸元には、2つの月が描かれた紋章。月の光を受け取るその意匠こそが…
ーー【|碧天血統維持機構《へきてんけっとういじきこう》】
通称、|碧ノ会《あおのかい》
人間と妖怪の「純血至上主義」を掲げる過激派秘密組織。
「あぁ…穢れなき血のために……」
「|双月《そうげつ》よ…永遠なれ…」
祈りにも似た誓いの言葉が、闇夜に溶けていった。