ナスカル - 「息の匂いを追う獣」
現在確認できている成獣のおおよその特徴。
* 分類: 大型哺乳類(暫定)
* 肩高: 約165-185cm
* 体長: 約360-390cm(鼻先から胴体後端まで、尾は含まない)
* 推定体重: 約450-700kg
* 吻部の長さ: 約80-100cm
* 主な生息環境: 湿度の高い森林内の陰地、風の弱い低地
* 活動時間: 昼夜ともに活動を確認
* 食性: 肉食性
* 生態的位置: 確認地域における大型捕食者
* 確認地域: ミオリンの森
最初にその姿を捉えたとき、足音は聞こえなかった。
倒木の向こうで大きな葉が押し分けられ、暗い褐色の背中と太い前脚が現れた。胴は長く、胸のあたりが広い。盛り上がった背中は後方に向かって緩やかに低くなっており、歩くたびに肩の筋肉が皮膚の下で動いていた。
全身には短い毛が密集している。湿った背中には鈍い光沢があり、泥の付着した脚は周囲の地面とよく似た色をしていた。後から調べた足跡は幅が広く、湿った土に深く沈んでいた。
顔の前方には、一メートル近い鼻が伸びている。
毛の少ない表面には細かな皺が続き、先端には丸みを帯びた小さな肉質の突起が集まっていた。ナスカルは歩きながら鼻先を地面に近づけたり、横へ向けたりしていた。突起もそれぞれ違う方向に動き、湿った鼻面の周囲で細かく震えている。
目は非常に小さく、灰白色に濁っている。近くで枝が揺れても反応は鈍く、頭の後方についた小さな耳だけが動くこともあった。
倒木の陰から観察を続けていると、ナスカルが立ち止まった。鼻先を左右に振り、何度か空気を吸い込んでから体の向きを変えた。そのまま歩き出したかと思うと、途中から急に速度を上げた。
あの体格で走り出すとは予想していなかった。
太い前脚で地面を押し、重い胴を前へ運んでいく。泥が跳ね上がるのは見えたが、私のいる場所には足音がほとんど届かなかった。
周囲にはミオリンの葉が幾重にも重なっていた。この森では手元で鳴らした音でさえ長く響かず、少し離れた場所の呼吸音や足音はほぼ聞き取れない。
ナスカルのような大きな獣であっても、葉の向こうにいれば接近に気づくのは難しい。
観察した個体は、進む途中で何度も鼻先を持ち上げていた。ときには地面近くまで下ろし、同じ場所の空気を繰り返し嗅いでいる。目で周囲を見渡すよりも、鼻を使って進路を選ぶ時間のほうが長かった。
森の中では湿った空気が木々の間をゆっくりと流れている。ナスカルはその流れに沿って鼻先を動かし、匂いの違いを確かめているのだろう。追っていたものの位置を見失っても、すぐに離れず、その場で周囲を調べ直す様子が見られた。
川辺で追跡の方向が乱れた例もある。
水の匂いに煙や血の匂いが混じると、ナスカルは一度立ち止まり、鼻先を何度も動かした。その後は再び追跡を始めている。普段から鼻先が濡れていることを考えると、水に触れただけで匂いを感じなくなるわけではなさそうだ。
一方、ミオリンの森を抜けた個体が、乾いた開けた場所で進む方向を見失い、引き返した記録もある。森の中とは風の流れ方が大きく違うため、鼻先に届く匂いも変わるのだろう。
確認できた個体は単独で行動していた。体格の割に移動範囲が広く、同じ場所で続けて姿を見ることは少ない。繁殖期の行動については、まだ調査が進んでいない。
「ナスカル」という名前を最初につけたのは、かつてこの森を通った旅人のケルだ。
彼が名づける以前の記録に、この名前は見当たらない。ミオリンの森は昔から人の出入りが少なく、この獣について書かれた資料もわずかだった。
今では調査にもケルのつけた名を使っている。
今回、ナスカルが立ち止まった場所を後から調べると、湿った土に鼻先を押し当てたような跡があった。その近くには小さな動物の足跡も残っていた。
跡の深さと周囲の泥の状態を記録し、採取できる部分だけ持ち帰ることにした。
作業を終える頃、背後でミオリンの葉が一枚動いた。
風はほとんどなかった。
※ナスカルは『カイロ』本編に登場する生物です。
※掲載画像は、作中の生物をイメージしやすくするために生成AIを用いて制作した参考ビジュアルです。生物設定・生態・世界観・作品本文は作者自身が制作しています。