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「真紅」ハロウィンSS【テレパス少女の思わぬ逆襲】

去年思いついたはいいものの書く機会を逸したまま放置していた「真紅」ハロウィンネタのSSです。ヨル君とキルケーちゃん。

今年は何とか形にできたので放流しておきます。


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【テレパス少女の思わぬ逆襲】


 ハロウィンの起源は、『サウィン』と呼ばれる古い祭にあるという。収穫の祭であったとか、夏と冬の区切りを示す祭であったとか、諸説は様々だ。

 始まりは、決しておやつをカツアゲできる祭ではなかった。『ヒトならざる者』の仮装に身を包み、バカ騒ぎをするための祭ではなかったのだ。

 大切なことなのでもう一度言おう。

 ハロウィンは、決して公に『おやつのカツアゲが許される日』ではないのである。

 ──それを『ヒトならざる者』達自身が忘れるとは何事ですか……っ!?

 嵐が過ぎ去った後の執務室で執務机に向き直ったヨルは、組んだ手の上に額を預けてグッタリとしていた。そんなヨルは上着を剥かれ、ネクタイを緩められ、シャツはところどころヨレヨレという、まさに『追い剥ぎにあった直後の村人』といった体をしている。

 理由は至極単純だ。

 リーヒを筆頭としたお騒がせ三人衆が、代わる代わる押しかけてはヨルにお菓子をせびったせいである。

「吸血鬼が吸血鬼の仮装をしても、『仮装』にはならないんじゃないですかねぇ……!?」

 ちなみにロゼは魔女、ヴォルフは狼男の仮装で現れた。全員仮装しているようで、まったく仮装になっていない。

 ──隊長が押しかけてはくるのは、何となく読めてはいましたが……

 まさかロゼとヴォルフまで乗ってくるとは。

 対リーヒ用のお菓子は、潤沢に用意をしていた。下手に用意を怠れば『イタズラ』と称して何をされるか分からない、という危機感があったとも言う。

 ロゼはその予備分でしのぎ、ヴォルフには自身の緊急用の甘味として隠し持っていた飴や砂糖菓子を与えてやり過ごした。ヴォルフは差し出された飴に『えぇー、肉はねぇのかよ』なんてことを言っていたが、ハロウィンは肉をたかる祭でもない。その理屈で追い返すことに成功した。

 ちなみに三人ともに初手では『ふざけないでもらえます?』と突っぱねたので、こんな追い剥ぎにあったような風体になっている。『これでは「トリック or トリート」ではなく「トリック&トリート」じゃないか』と思い至ったが後の祭りだ。

 ──まったく。あの三人が三人とも、こんなに乗り気でバカ騒ぎに乗じるなんて……

 もしかしたら自分が把握できていないだけで、軍の中で大々的にイベントでもやっているのだろうか。

 そんなことを考えた瞬間、コンコンッと控えめにドアがノックされた。

「どうぞ」

 この場所を訪れる者の中で、こんなに礼儀正しく、控えめなことをしてくる相手などヨルは一人しか知らない。

 それを踏まえて柔らかな声音を意識して答えると、遠慮がちに開かれた扉の向こうからピョコリと想像通りの顔が現れた。

「いらっしゃい、キルケーさん」

 亜麻色の髪と、包帯が巻かれた目元。普段は顔を隠すように頭の上まで引き上げられている漆黒のローブを脱いでいるのか、肩口で切られた髪がサラリと揺れている。

「ヨル、今、いい?」
「ええ、どうぞ」

 遠慮がちな声に柔らかく応じると、キルケーはどこかモジモジと、普段以上に遠慮しながら執務室に踏み込んできた。

 その理由を覚ったヨルは、思わずメガネの下で目を丸くする。

「と、トリック・オア・トリート!」

 部屋に踏み込んできたキルケーは、いつものローブの上にさらに一枚布を被っていた。シーツのような白い布……というよりも、あれは恐らくシーツそのものではないだろうか。

 ──え、シーツおばけ?

「お菓子くれなきゃ、イタズラ、します!」

 ヨルが面食らっていることを察知しているのだろう。お決まりのセリフを言い切ったキルケーは頬をジワリと赤く染めていた。それでも引き下がるつもりはないのか、キルケーは包帯が巻かれた顔でジッとヨルを見つめている。

 ──……は! しまった!

 思わぬ相手の予想外の言動に面食らっていたヨルは、時間差で我に返った。それからさらに遅れて己が置かれた状況を理解する。

 ──お菓子が、何も、ない。

 この部屋には今、お菓子と呼べる物はおろか、『食べ物』と呼べる物が何もない。ヨルが密かに常備している非常食用の飴玉のひとつさえ、本当に残っていないのだ。

 正直に言おう。まさかキルケーまで乗ってくるとは思っていなかった。

 ──予想していたら、キルケーさんの分は真っ先に取り分けておいたのに……!

「……ないの?」

 ヨルは思わず固まったまま己の迂闊さを呪う。

 だがキルケーを相手に黙秘を貫いたところで意味などない。ヨルの心の中で声になった時点で、全てはキルケーに筒抜けなのだから。

「ヨルが焼いた、チョコレートマフィンと、マドレーヌと、クッキー……」
「も、申し訳ありません。隊長達に、全て巻き上げられてしまいまして……」

 明らかにしょげ返った声に痛む心を感じながらも、ヨルは正直にキルケーに答えた。知られてしまった以上、これ以上黙っていても不実を重ねるだけである。

 そんなヨルの諦めの内心も聞こえてしまっているのだろう。キュッと両手で軍服の裾を握りしめたキルケーがおずおずと顔を上げる。

「本当に、全部?」
「ええ。普段引き出しに隠してある飴も、砂糖菓子も、金平糖も、全て巻き上げられてしまいました」

『本当に、何もないんです』と、降参を示すようにヨルは両手を掲げた。深くこぼれる溜め息に、キルケーが同情を向けてくれるのが分かる。

 逆にその視線のおかげで腹が決まった。

 ──キルケーさんなら、まぁ、大丈夫でしょう。

「だから、イタズラでお願いします」
「えっ!?」
「『お菓子がなかったらイタズラを』、でしょう?」

 まさかヨルがそんなことを言い出すとは思っていなかったのだろう。ヨルの発言にキルケーがひっくり返った声を上げる。

 ──まぁ、相手が隊長やらロゼさんだったら、絶対に言いませんけども。

 あの二人を相手にした交渉事で下手に『イタズラ』なんてものを選んだら、正直、何をされるか分からない。特にリーヒが相手の場合は命に関わる『イタズラ』が実行される危険性がある。

 だがその点キルケーならば『イタズラ』がきちんと『イタズラ』で終わるという信頼があった。キルケーはヨルを傷付けるようなことも、ヨルの命に関わるようなことも、絶対にしないはずだ。

 その確信とともに、ヨルは無抵抗を示したままキルケーを見つめ返す。対するキルケーはオロオロ、オタオタと左右を見回したり、意味もなく腕を上げ下ろししたりと分かりやすく挙動が怪しい上に忙しない。

 ──私が『イタズラ』を選ぶなんて、これっぽっちも思っていなかったのでしょうね。

 思わずヨルはほっこりとしたものを感じながらキルケーの挙動を見守る。

 キルケーはきっと、そんなヨルの内心まで把握できてしまったのだろう。不意にキルケーは雰囲気でキッと眦を決すると、トタトタとヨルの方へ歩み寄ってきた。

 何をするのかと、ヨルは無言のままキルケーを見つめる。そんな無防備なヨルの前まで歩みを進めたキルケーは、不意にヨルの手を取ると自分の顔の方へヨルの指先を引き寄せた。

 そしてそのまま。

「え」

 カプッと、キルケーはヨルの指先に噛み付いた。

 もちろん甘噛みで、痛みはない。だが小さなキルケーの前歯が、しっかりヨルの指を噛み締めているのが分かる。

「……え、」

 ガジガジ、とヨルに侮られたことへの意趣返しをするかのように、キルケーは何度かヨルの指先へ歯を立てた。

 そこにあるのはある種の必死さだけで、艶もなければ殺意もない。恐らくは想定外の展開に遭遇して焦っていたところに微笑ましいものを見るような感情を向けられたせいで、変な方向に負けん気が発揮されてしまったのだろう。今のキルケーからは『絶対にイタズラを成功させてビックリさせてやる!』『負けるもんか!』という必死さがひしひしと伝わってくる。

 しかし。いや、しかしである。

「あ、あの、キルケーさん……?」

 想像より斜め上の『イタズラ』を仕掛けられたヨルは、キルケーに指を齧られながら戸惑いの声を上げるしかない。確かに『可愛いイタズラ』の範囲ではあるのだが、これは少し反応に困る。

 対するキルケーは、ヨルの戸惑いの声を聞いてようやく我に返ったのだろう。ハタッと齧るのをやめたキルケーは、ヨルの手を取ったままポポポポポッとさらに顔の温度を上げていく。

 ──え、ちょっ……キルケーさんっ!?

「ごっ……ごっ……!」

『この茹だり方は危ないのでは』と思わずヨルが腰を浮かせた瞬間、ヨルはキルケーの頭からプシューッ! と蒸気が上がる様を見たような気がした。

「ごめんなさいっ!!」
「キルケーさんっ!?」

 ヨルの手をペイッと離したキルケーは、そのまま脱兎の勢いで執務室を飛び出していく。

 ヨルの意識の中には声にならない悲鳴が切れ切れに響いていた。恐らくパニックになったキルケーが能力を暴走させているのだろう。『キルケー!?』『どうしたの、キルケーちゃん!?』というヴォルフとロゼの声と、リーヒのものらしき舌打ちまでもがヨルの意識の端に微かに引っかかる。

「えっ、と……?」

 とっさにキルケーを追いかけることもできず、中途半端に腰を浮かせたまま手を伸ばしていたヨルは、ひとまず椅子に座り直すと伸ばしていた腕を引き戻した。さらに先程まで齧られていた指先に視線を落とせば、繰り返し齧られたことにより、わずかに色が変わった己の指先が目に飛び込んでくる。

「…………」

 ──私を齧っても、美味しくないと思いますが。

 感想として適切ではないということは分かっているのだが、衝撃に動きを止めている今のヨルの思考回路ではそんなトンチンカンな感想しか出てこない。

 結局ヨルは、現実逃避のために、目の前に積まれた書類の山に手を伸ばしたのだった。


【END】

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