エッセイ更新しました。
タイトルは、ヘーゲルが言ったのかラカンが言ったのか失念しましたが、
ヘーゲルの『主人と奴隷の弁証法』が元になっています。
「主人」は、権力と奴隷の承認を基に、その立場に就いているのと対照的に。
「奴隷」は、実際に仕事を完遂している訳ですから、具体的な技術を保持している訳です。
主隷が争って、新しくより良い主従関係としてアップデートするのが、アウフヘーベンであるならば、革命を起こして首を撥ねるのもまたそういう事になる(はず?)です。
対等な市民として、主と隷を並べてみると。
主人は、一人では生きて行ける具体的なスキルを手にしていない訳です。
社会構造と信頼こそが、彼を主人たらしめている事が、明らかになるわけですね。
これ以上はやめておこうとおもいます!(∩´∀`)∩