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新作を公開します(新作の執筆姿勢について)

 本日(12月1日)、午前11時10分に新作を公開します。

「無自覚に口説く永瀬君に翻弄される彌田さんはまんざらでもないと思っている」というタイトルの高校生ラブコメです。

 ほぼ半世紀前のことを思い出しながら、現代でも理解できる世界観で書いたものです。

 本作は生成AIを一切使用していません。
 カクヨムでは最近AIを使ったランキング上位者が結構いるようです。
 作者としては、カクヨムはAIの利用技術を公開する場ではないと考えておりますので、校正を含めてAIを使用しておりません。

 人間は文書作成の能率(あくまで文字数ベース)においてAIに勝てないことは、私がいくつかのAIを試用してみて非常によく理解しました。
 しかしながら、出力される結果に関してはまだまだアイディアにおいて人の方が先んじていると実感したのも事実です。
 現にカクヨムで生成AIを利用して書かれている方の文章はどれもこれも平板で、その一部に人の手が入っているにせよ、書き手の息遣いを感じることはありません。
 一言で言えば、人間くささがないですし、書き手の意図を感じることもほぼありません。

 年齢的に私自身は小説執筆は趣味としての楽しみの他に、脳トレの一環であるとも考えておりますのでAIの使用はその目的から考えるに少し外れていると考えております。

 カクヨムの創作論カテゴリではAIについてのものが沢山あります。
 現在のAI使用はPV稼ぎのための大量投稿が問題とされているようです。
 私としてはそれ以前に上述のような人間の息遣いが読めない小説を評価している読者がいるという事実が、小説投稿サイトの質的低下をもたらしているのではないかと思います。

 AIの時代になって作者ばかりでなく、読者も試されていると感じます。

 読者が作者に対して「この文言を書くのにどれだけ頭を使ったのだろう」とか「随分凝った表現をしているな」などという感想が抱けるような作品を書く(書けなくても努力をする)ことこそがプロであれ素人であれ作家を名乗る者の矜恃であり、その心情や行動を想像できる読者こそが小説を読む(これができない読者は小説を見ているだけです)に相応しいと言えるのかと。

 AIに「負けない」のではなく、AIには「書けない」小説を書くことが書き手の役割であり、何歳になっても人間としてのレベルアップに繋がると私は考えています。

 そんな意図を持ちながら書いた作品ですので、一読頂ければ幸いです。

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