• 異世界ファンタジー
  • 現代ファンタジー

【ところでみんな見てくれ。こいつをどう思う?】どうしてこうなった?

 二回前の近況ノートで書いた異世界ハーレムもの、一部だけですが下に載せてみました。フリガナの機能とか使えないから、実物とはちょっと感じが違うけど。
 異世界と現代日本を行き来する設定はすっぱりカット、怪物に変身する主人公となりました。共通点はヒロインが五人いることくらいかな?
 ある程度書き進めてはいるけど、それを作ったらそれ以上続きを書く気はありません。主人公がサラリーマンの冒険者じゃなく身分を偽った外国の高位貴族ということになり、怪物に変身する能力が遺伝するのを恐れて恋愛も結婚もする気のない人物になっちゃったので、ハーレムものとしては話が広げられなくなったので。つか修学旅行の続きを書けよという話ですね。ライちんが泣いてるぞ。

https://x.com/sow_LIBRA11/status/2097561806227358088
 ところで、強殖装甲ガイバーの作者・高屋良樹先生ですが、脳梗塞で重篤な後遺症が残り、事実上筆を折る形になったみたいです。
 つまり、俺はもう一生ガイバーの続きを読めなくなった……どうしよう、またひとつ生きていくモチベーションが無くなった。





 よかったら読んでみて感想を聞かせてください。
 それなりに分量がまとまったので、続きもなんも作らないけどアップくらいはすると思います。
 シチュエーションとしてはダンジョンとか冒険者とかある世界観で、ダンジョンの第四階層でのボス戦です。一区切りまでアップしたつもりでしたが、文字数制限に引っ掛かりました。

 どっ――突き飛ばされた状態から身を起こしたルルトゥリアの目の前で、その代償に切断されたイールギーシュの左腕が湿った音とともに床の上に落下する。腕と一緒に付け根から切断された上衣の袖が傷口から噴き出した大量の血で赤黒く染まり始め、イールギーシュがうめき声を漏らしながらその場で片膝を突いた。
「イールギーシュさ――」
 彼の名前を呼ぶよりも早く、膝を突いた体勢からイールギーシュが反撃に転じる――彼は左手が握ったままになっていた彼自身のオリハルコン製の術杖を掴み上げ、それを振り回して背後を薙ぎ払った。
 杖から振りほどかれた彼の切断された左腕が、そのままどこかに飛んでゆく――鈍い音とともに杖の頭部がフロアボスの頭部を直撃し、口以外はなにも無い真っ白な人形の様なフロアボスの体が一瞬揺れた。
「……ふぅン? けっコウやルじゃん」 聞き取りにくい声でそんなことを言いながら、フロアボスが左腕を真横に伸ばし、そのまま水平に薙ぎ払う――その動作と同時に投網の様に大きく広がった左腕の掌に吹き飛ばされ、ルルトゥリアは癇癪を起こした子供が投げつけた人形の様に近くの太い柱に激突した。
「ぁぐっ……!」 衝撃で肋骨が数本折れたのか、脇腹に灼やける様な痛みが走る――息が詰まってその場で悶絶するルルトゥリアの耳に、フロアボスの口にした言葉が届いた。
「でモ残念だケド、僕ヲ物理的な手段デ斃すのハ不可能ニ近いよ――肉体構造の耐衝撃性も復元性能も全然違うかラネ」 そんなことを言いながら――
「ヤァァァァッ!」 叫び声とともに切りかかったエルゼスタルテの振り下ろした細剣の鋒を躱し、フロアボスがいくらか距離をとる――追撃を仕掛けようとしたエルゼスタルテが水死体のごとく膨れ上がったフロアボスの右腕の一撃を受けて吹き飛ばされ、床の上を滑っていった先で十数メートル先の柱に引っ掛かって止まった。
 派手に咳き込みながらもエルゼスタルテが気丈にも立ち上がり、足元に転がっていた愛用の細剣を拾い上げる――すでにボロボロに刃毀れした細剣の鋒を向けられたフロアボスが振り回した右腕が十メートル以上の長さに伸びてまた丸太のごとく膨れ上がり、エルゼスタルテの華奢な体を柱に叩きつけた。
「……ッあ……!」 フロアボスの腕と柱の間に挟み込まれる形になったエルゼスタルテの口から、小さな苦鳴が漏れた――握力が緩んで手の中から零れ落ちた細剣が床に落下してカシャンと音を立て、フロアボスが腕を引き戻すのと同時に細身の体が床の上に崩れ落ちる。骨の折れる音がここからでも聞こえた――もはや戦闘を継続するのは不可能だろう。
 ずん、ずんという重い足音とともに、ルルトゥリアの身長の倍ほどもある巨大な金属メタルゴーレムが足を踏み出しながら腕を振るう――とっさに防御しようとしたウィルニエラの身の丈を超える大剣がその打擲で叩き折られ、ゴーレムの金属塊の腕の直撃を受けたウィルニエラがそのまま横殴りに吹き飛んで巨大な柱に激突した。
 子供が癇癪を起こして叩きつけた人形の様なおかしな姿勢で柱に叩きつけられたウィルニエラが、体勢を立て直すことも出来ずに床に倒れ込む――よりも早く別なゴーレムに殴り飛ばされ、ウィルニエラの長身が宙を舞った。
 ラナサリアは姿が見えない――先ほど悲鳴が聞こえてそれきりだ。
 ウィルニエラとラナサリアはすでに重傷を負って意識を失い、アリスティアは倒れ込んだときにゴーレムに足を踏み潰され、凄惨な有様だ――かろうじて意識は保っている様だが、あの有様では意識を手放していたほうがよほど楽だっただろう。そしてふたりの魔術師は、迷宮の機能によって魔術の発動を抑え込まれて戦力にならない。
 そしてあのおかしなフロアボスに加えて、人間の振るう剣では傷ひとつつけられない超硬金属素材で作られたゴーレムがボスフロアを埋め尽くさんばかりにひしめいており、今も増え続けている。



 負ける。これでは。



 全滅する――



 そんな最悪の想像が頭をよぎったとき、
「――ここまでか」 いつの間にかルルトゥリアのうずくまっている柱のすぐそばまで移動してきていたイールギーシュが、柱にもたれかかって体を支えながらそんな言葉をこぼす。
「……已むを得まい」 その言葉の意味は、ルルトゥリアには理解出来なかったけれど。
「――ルル」 彼が立ち上がるための杖代わりにしていたオリハルコン製の術杖をルルトゥリアの膝の上に放り出してきて、ルルトゥリアは条件反射でそれを受け止めながら顔を上げた。
「やるよ。これも――君の祖母の形見の品だ。俺が手放すなら、次は君が持つべきだろう」 そう言いながら、イールギーシュは襷掛けにしていた収納鞄(ウェル・バッグ)のストラップをバックル部分からはずし、それもルルトゥリアのそばに投げ棄てた。
「お別れだ、ルル――短い間だが楽しかったよ。心残りはあるが、お別れだ」 口の端から伝う血を残った右腕の袖で乱雑にぬぐい取り、イールギーシュは歩き始めた。
「じきに奴は死ぬ――ダンジョンの機能も止まる。安全が確保されたら、隊伍をまとめて瞬間転移(トリップ)で脱出しろ――今の君の技量でも、その術杖の演算処理補佐があれば出来るだろう」
 そう言って、イールギーシュはなんとか立ち上がろうとしているエルゼスタルテに視線を向けた。
「それじゃあな、エルゼ――もう身近では見届けられないが、君たちの活躍を楽しみにしてる」
「イールギーシュ? なに、を――」 呻く様なアリスティアの言葉に、イールギーシュは右手を挙げた。
「アリス、君もな――短い間だったが世話になった。元気でな――ウィルとラナにもよろしく伝えておいてくれ」
「なンだ? お別れの挨拶なんか要らナイぞ? どうセこコデ全員――」
「――おまえにとっては残念だが、そうはならんよ」 イールギーシュがそれまで黙っていたフロアボスの言葉にそう返事をして、軽くかぶりを振ってみせる。
「あの襤褸雑巾みたイナお仲間を逃がす時間稼ぎってワケか? ナニをヤッても無駄なのニ、ゴ苦労なコとだナ」
 嘲弄を多分に含んだフロアボスの言葉に、イールギーシュが小さな含み笑いを漏らした。
「時間稼ぎだと? そんな必要は無い、貴様は死ぬ――これからここで」
「ふウン――どうやッテ?」 というフロアボスの挑発を黙殺し、イールギーシュが胸元に手を遣った。
「母よ――」 そんなつぶやきが聞こえる。
「お許しを――お許しください」
 その言葉を聞いた途端に――フロアボスが体を仰け反らせて笑い声をあげた。
「なンだ? 女ノ前で粋がっテ、呼びもしナイノにしャシャり出てキてナニを言い出スノかと思えば――よりニモよってママごめンなさいカヨ」
 フロアボスはゲラゲラと笑ってからすっと声のトーンを下げ、
「いいゼ? イトしのマまのとこロニ送っテヤるよ――せいぜイ甘えて、まマのおっパイを思ウ存分吸ワセてもらイな。ソコの女どもモスグにあとヲ追わせテヤルから、そいつラのおっパイもなぁ!」 同時に振るった右腕が猛烈な勢いで斧の様な巨大な刃へと変形し――まるで攻撃を受け止めるかの様に翳したイールギーシュの右手ごと、その頭部を刈り払う。
 その有様を目にしたアリスティアの悲痛な悲鳴が――続いて展開した異常な光景にぱっと止まった。



 後頭部からフロアボスの刃の鋒が飛び出すのが見え、大量の血が飛び散った。



 切断された髪が舞った。



 水平に翳した下腕が骨に沿って切断され、傷口から噴き出した血で赤く染まった衣装の袖の生地の切れ端が床の上に落下する。



 翳した腕ごと頭蓋を輪切りにされた。



 間違い無く致命傷だ。



 なのに。



 なのに絶命したはずのイールギーシュは倒れない。それどころか――



 それまで黒かったイールギーシュの長髪が、あでやかな銀色へと変化してゆく――おそらく鼻の頭あたりで頭部を輪切りにされたであろう長身は、一瞬ふらついたものの崩れ落ちる様子も無い。なにかを手にしたまま翳した右手もまた、まるで切断されたそばから癒着したかの様にその形を保っている。
 湿った音とともに床の上に落ちた彼の血の染み込んだ袖の生地の切れ端が、血の飛沫が飛び散った床が、シューシューと煙を上げながら溶けてゆく――まるで血液が突然腐蝕性に変わったとでもいう様に。
「……なンダ? ナニが起こッテ――」 警戒もあらわに距離をとるフロアボスの目の前で、確かに頭部を薙がれたはずのイールギーシュが静かに言葉を続けるのが聞こえた。
「お許しください、ルクレイア――我がいとしき母よ。貴女の孫娘のためにお許しください――はじめて貴女のお言葉無しに、この姿を見せるこの不肖の子を」
 え? 思わず自分の耳を疑って、ルルトゥリアはイールギーシュの背中を凝視した――先ほど収納鞄(ウェル・バッグ)を渡してきたときといい今といい、彼が口にしたのはルルトゥリアが冒険者稼業に足を踏み入れた動機に直結する内容だったはずだ。
 だが続く異常事態は、彼の口にした言葉についてじっくり考えるいとまをルルトゥリアに与えてはくれなかった。
 イールギーシュの身に着けた衣装の布地が、縫い目の部分から裂けてゆく――まるでその衣装を身に着けたイールギーシュの肉体が、いきなり変形したとでもいう様に。
 腕の膨張に耐えられなくなった袖がずたずたに裂け、その内側から黒光りする装甲外殻に鎧われた腕が姿を見せた――上衣の生地を突き破って、背中からそれぞれ長さの違う上下二対の腕が伸びてゆく。
 脚絆の布地も内側からの圧力に耐えかねて縫い目から裂けてゆき、槍の穂先の様な攻撃的な形状の先端を持つ身の丈よりも長い尾が床の上でのたうち回り――革のベルトがちぎれて、足元に落下した真鍮製のバックルがカシャンと音を立てる。革の長ちょう靴かのアッパーを引き裂きながら姿を見せた足は両腕と同じく黒光りする外殻に覆われており、膝や足首の部分が可動域を確保するためか甲冑の脚甲の様に蛇腹状になっているのがわかった。
 次の瞬間――



 ――ごおおおおおおおおっ!



 長身を弓なりに仰け反らせて、イールギーシュが咆哮をあげ――同時に魔力が膨張し、大気魔力のこすれ合う割れ鐘の様な音とともに突風が押し寄せてくる。
 だが衝撃波にも似たその津波の様な突風は、実際にルルトゥリアに危害を加えることは無かった――白い半透明の六角形の集合体で構成された、クッキーの生地を掌で押し潰した様な背の低いドーム状の結界が、床に座り込んだ彼女の周囲に張りめぐらされている。
 無敵の盾(インヴィンシブル・シールド)の様な高周波電磁場による魔術の防御ではない、高位神霊の奇蹟に由来する防御結界だ。
 奇蹟?
 ルルトゥリアの仲間に神官はいないし、イールギーシュも魔導士であって聖職者ではない――状況が理解出来ないまま、ルルトゥリアはとにかく仲間の安否を確認しようと周囲を見回した。
 視線をめぐらせると、近くにいる仲間たちも同様の結界で保護されているのがわかった。
 そして――あらためて見ると、周囲の状況は一変していた。部屋中にあふれかえっていた数百体の金属ゴーレムはことごとく吹き飛ばされ、すっ飛ばされた先でうち棄てられたおもちゃの人形の様に床に倒れ臥している――放射された強烈な魔力で、制御プログラムを破壊されてしまったのだろう。そして放射された魔力が大気魔力に影響を与えた結果なのか、室内だというのにいくつもの竜巻が発生していた。
「なンなのカわかラないが――」 間合いを作り直したフロアボスの左腕が変形し、刃渡り二メートルを超える長大な刃を形成する――フロアボスはその巨大な刃を右肩に腕を巻きつける様にして構えると、そのまま踏み込んで腕を振るった。

 そして――

「――がぁぁぁっ!」 一撃で四個の肉の塊に切断された左腕が足元に落下するのにもかまわず、フロアボスが傷口を抑えて距離を取り直す――イールギーシュもまた、フロアボスの刃の一撃を迎撃するために振るった左腕を下ろした。
 先ほどルルトゥリアをかばって、切断されたはずの左腕だ――切断された腕はイールギーシュが先ほど術杖でフロアボスを殴りつけた時にすっ飛んでいってどこに行ってしまったのかわからないが、信じがたいことに彼の左腕はあの異形の姿に変異する際に新しく生え変わっていた。
 そして先ほどまでと違うのは――四指の指先から長さ一メートルほどの鈎爪が伸びている。その四本の鈎爪が自分を膾切りにせんと振り下ろされたフロアボスの肉切り庖丁の様な刃を迎え撃ち、まるでキュウリかなにかをそうする様に易々とぶつ切りにしたのだ。
「な――ナンだ、おまエハぁっ!」 その絶叫に頓着する事無く――イールギーシュの背中から伸びた腕の一本が動く。
 先ほど伸びた背中の腕は人間のそれに似た、ただし拳が人間の頭よりも大きな五本指の手はそのままに、蝙蝠の様な飛膜状の翼を備えている――手自体は人間の胴体を鷲掴みに出来そうなほどに大きく、また先ほどフロアボスの腕の刃を切断したのと同じ質感の鈎爪を備えていること以外は人間の手と同じ構造に見えた。
 上下二対の腕はどちらもイールギーシュの本来の腕よりもリーチが長いが、下側の両腕のほうがやや短い――それまではイールギーシュの腰の装甲を掴む様にして折りたたまれていた下の翼の左腕が上体をひねり込んだイールギーシュの左腋の下から伸びて、距離をとろうと後退していたフロアボスの胴体にキャベツくらいもある巨大な拳で強烈なボディブローを叩き込んだ。
「が――」 よろめきながらうめき声を発するフロアボスの顔面に、続いて上の翼の右拳がめり込む――それでも後方へと飛び退るフロアボスに向かって、イールギーシュ本来の右腕が伸びた。
 そう、伸びた――六メートル近く開いた間合いを、その場にとどまったままのイールギーシュの右腕が長く伸びて一気に侵略する。
 フロアボスの顔面を頭を鷲掴みにした腕が伸びたときと同様急激に縮まり、フロアボスの体を一気に手元に引き戻す――次の瞬間、イールギーシュが引き寄せたフロアボスの鳩尾のあたりを爪先で蹴り上げた。
「おごぉっ!」
 蹴り上げられたフロアボスの体が、放り投げられた人形の様に天井近くまですっ飛んでいく――そして蹴り上げられたフロアボスの体が天井に到達するよりも早く、イールギーシュもまた天井すれすれのところまで跳躍していた。
 フロアボスを追い抜いて待ち構えていたイールギーシュが、両拳を組んだ鉄槌スレッジハンマーの一撃でフロアボスの体を撃墜する。もはやろくな抵抗も出来ぬまま、フロアボスが全力で投げ落とされた人形の様に墜落し――同時にイールギーシュの背中から生えた二対の腕が水平に伸びて骨組みの間の飛膜が音を立てて張り、続いてその全身が山吹色の炎に包まれた。
 まるでこの地下空洞に、いきなり太陽が出現したかの様だった。とっさに顔をそむけたものの、対応が遅れてまばゆい光に視界が灼かれる――視界にひどい残像が残って、そこからはなにが起こったのか正確にはわからない。
 ただ、音源の移動からイールギーシュが急降下を始めたのだということだけはわかった――キーンという耳慣れない甲高い音とともに、通常の自由落下をはるかに超える急加速でイールギーシュがフロアボスへと肉薄する。
 一応翼を展開してはいるが、翼を用いた飛行による加速ではない――そもそもイールギーシュのあの翼は、飛行器官としてはまるで役に立たないだろう。
 教わった知識から考えれば、あの翼は人間の体重を支えるには飛膜の面積が少なすぎるうえ、上下の腕の翼が互いに干渉して邪魔をするので、あの翼で羽ばたいて空を飛ぶのは無理だろう――鈎爪の生えた手は近接攻撃の際に追撃を加えたり、先ほどやった様に殴りつけたり引き寄せたりといった攻撃器官の意味合いが強い。翼そのものはというと、なんのためにあるのか判然としないが。
 ではどうやって加速しているのかというと、おそらく使い慣れた魔術だろう――ただ彼の重力制御魔術であんな甲高い音はしないので、なにかほかの手段も併用しているのだろうが。
 じっくり考えているいとまも無い――
 太陽がそのまま墜ちてきたかの様なまばゆい輝きとともに、火の玉の様な状態になったイールギーシュがそのまま突進の勢いでフロアボスの体を床に叩きつけ――るよりも早く爆発が起こった。イールギーシュの全身を包み込む炎の温度が高すぎて、実際に接触するよりも早く床の石材が熔融・沸騰し次いで蒸発したのだろう。
 水は液体から蒸発して気体に変化する際に、その体積を千二百倍にまで増大させる――その大量の水蒸気を注ぎ口に取りつけた笛に流して沸騰した際に音を鳴らすのが笛つき薬鑵なわけだが、もしも薬鑵の内部に溜まった水すべてが一気に水蒸気に変わったとしたら笛が鳴る程度では済まないだろう。
 岩石などの鉱物は、地上の条件下でどんなに加熱しても固体から直接気体になる昇華をしないという――まず一度熔けて熔岩になってから、そこから蒸発して気体になる。
 だがおよそ普通の人間が想像も出来ない様な超高温の条件下であれば、あっという間に熔けた熔岩がさらに瞬時に蒸発するということはあるのかもしれない――熔けてから蒸発するという条件はクリアしたうえで、熔けてから蒸発するまでのタイムラグがゼロに近いのだ。あのまるで太陽が地上に落ちてきたかの様な超高温の炎をまとった突進攻撃の様に。
 爆発はあまりにも長かった――複数の爆発が起こっているのではなく、ひとつの爆発が長く続いている様な感じだ。結界のおかげで爆風や熱からは守られているが、そうでなければ今頃ルルトゥリアは一瞬で消し炭になっているに違い無い。
 視界が再び戻ってきたのはイールギーシュの炎の突進術が終わったからではなく、その吶喊が床をぶち抜いて下の階層フロアへと移ったからだと知れた――太陽をそのまま身にまとったがごとき超高温の炎に包まれたイールギーシュが穴に飛び込んで視界から姿を消すと、光源の無い周囲が一気に闇の中へと落ちる。攻撃そのものはいまだ続いているらしく穴から天井に向かってまるで間歇泉の様に火柱が噴き出し、小刻みに微振動が伝わってきていた。
 先ほどのイールギーシュの突進を直視してしまったせいで視界にひどい残像が残り、周囲の様子が判然としない――残像が薄れて視界がはっきりしてくると、ボス部屋が地獄の様な様相を呈しているのがよくわかる。
 暗くなったと感じたのはイールギーシュが穴に飛び込んで姿を消して最大の光源が無くなったからで、別に実際に暗くなったわけではなかった――イールギーシュという最大の光源は無くなったが、周囲は松明や光源魔法に頼っていた戦闘前と比べると明らかに明るい。
  最初は周囲の床が白く輝いているのだと思った――だがそうではなかった。
 周囲の床全体が火山の火口の様にドロドロに熔け、猛烈な対流が原因で発生する強風に煽られて大時化の海の様に荒れ狂っていたのだ――熔岩はその温度の高さを示すかの様に熱放射によって純白に輝いており、熔岩と言われてぱっと想像する様なオレンジ色の熔岩の光に比べるとかなり明るい。色味の関係もそうだが、熔岩自体の温度がかなり高いのだろう。
 イールギーシュが最初に炎をまとった天井附近は構造物の一部がごっそりと熔け落ちて焼失し、熔融に至らなかった岩盤に一度熔けてから再び固まった熔岩がこびりついている。抉られた様に無くなった部分は、最初に炎をまとった段階で熔けてしたたり落ちたか、イールギーシュの体を包む炎に直接晒されてそのまま蒸発してしまったのだろう――あろうことか遠くに見える壁も一部熔融してやや青みが買った白色に光る熔岩となって流れ落ち、そのせいでボス部屋の端から端までが見えている。
 灼熱地獄と化したボス部屋の中でルルトゥリアのいる足場だけがシチューのルーからひょっこり顔を出した人参の塊の様に結界によって熔融をまぬがれており、強風に煽られた熔岩が岸壁に打ち寄せる白波の様に結界を這い上がっては細かな飛沫を撒き散らして、その飛沫が窓を叩く雨粒の様に結界に降り注いでいた。
 ボス部屋の中央に近い場所に直径六十メートル近い大穴が穿たれ、穴の周囲に残った即時の蒸発には至らずに熔融した岩石がまるで作る最中に煮立てているシチューの様にぐつぐつと沸騰しながら穴の中へと流れ込んでいる。
 穴の周囲に大量に転がっていたゴーレムの筐体は見当たらない――イールギーシュの突進攻撃で床と一緒に消滅したか、あるいは部屋の壁際まで吹き飛ばされたか。どのみち最初の突進で熔融を免れていたとしても、今頃は熔岩の底だろう。
 まずは仲間たちの無事の確認が必要だ――だが今の状況では魔術は使えず、強風のせいで周囲の音も聞こえない。
 さらに言えば視点が低い――イールギーシュが爆風を受け流しやすくするために、全高が低く直径の広いドーム状の結界を張ったからだ。
 ルルトゥリアの技量では奇蹟によって構築された結界に介入をかけることは出来ないし、そもそも今の状況で結界を解除したらルルトゥリアに限らず生き物は即死するだろう――外気温が高すぎるうえに鉱物の蒸気が溶け込んだ高温の空気は下手な毒ガスよりも致死性が高いだろう。さらに言えば、結界が解除されたが最後荒れ狂う熔岩の飛沫を全身に浴びることにもなる。
 ドームの中央に近い場所で膝立ちになり必死に目を凝らすと、少し離れたところに別の結界が張られているのが視界に入ってきた。
 結界の内部に柱の根っこの部分だけが残っているのを見ると、あれはおそらくエルゼスタルテのものだ――残りの部分は無い。
 おそらく防御結界が展開されたときに内外に分断され、切り取られた根っこだけが結界の内側に残って残りは熔けたか吹き飛ばされたかしたのだろう。
 エルゼスタルテの向こうにアリスティアの姿も見える――折れたはずの足を立膝にして片膝で立っているところを見ると、どうやらイールギーシュは結界と一緒に治癒術も行使したらしい。エルゼスタルテも低い結界の中で身を起こしているし、そういえばルルトゥリア自身も肋骨の痛みがなくなっている。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する