いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は少し変則的な更新になります。
「鳴かない黒猫(中)」の後に、その前日談にあたる幕間話として、「武道と神授」を挟みました。
本来の時系列としては、
「休日に腐らない為に」
↓
「鳴かない黒猫(上)」
↓
「武道と神授」
↓
「鳴かない黒猫(中)」
という流れになります。
では何故、「鳴かない黒猫(中)」の後に、前日談を突然挟んだのかというと、照臣が黒猫の出来事をどう受け止めたのか、そして有坂師範がそれに対してどう助言したのかを、先に整理しておいた方が、後の「鳴かない黒猫(中)」の意味が分かり易くなると考えた為です。
「鳴かない黒猫(中)」では、照臣が黒猫を待ってしまったり、黒猫が現れる条件を考え始めたりします。
ただ、その前段階として、照臣は一度、有坂師範に黒猫の話をしています。
その時、有坂師範は、黒猫を神様の使いだと決めつけるのでもなく、只の偶然として切り捨てるのでもなく、
「見たものを、見たものとして置く」
「意味を急いで決め過ぎない」
「ただし、無かった事にもしない」
という方向で照臣に助言します。
今回の「武道と神授」は、その会話を描いた話です。
また、この話では古武道に伝わる、「神様から技を授かった」という神授伝承にも触れています。
照臣はガチガチの理系なので、超常現象を簡単に信じる人物ではありません。
ただし、夢や半覚醒状態の中で、考え続けていた問題にヒントが出る事までは否定しません。
科学の世界にも、夢から着想を得たという逸話がありますし、古武道の神授伝承も、単なる迷信として笑い飛ばすのではなく、極限まで稽古し、考え続けた人間が、夢や身体感覚の中で何かを掴んだ出来事として見る余地がある。
そんな照臣らしい距離感で書いています。
その為、この話は黒猫そのものの謎解きというより、
「不思議なものをどう扱うか」
「意味を決め過ぎないとはどういう事か」
「信じ過ぎず、否定し過ぎない態度とは何か」
を整理する幕間になります。
少し更新順が前後してしまいましたが、この話を挟む事で、「鳴かない黒猫(中)」で照臣が黒猫を条件化しそうになる流れや、有坂師範に再び軌道修正される場面が、より自然に読めると思います。
黒猫は、何も教えません。
鳴きもしません。
ただ膝に乗って、丸くなって、いつの間にかいなくなるだけです。
けれど、照臣にとっては、その「何も言わない」事自体が、少しずつ意味を持ち始めます。
とはいえ、その意味を急いで決めてしまうと、今度は照臣自身がその意味に引き摺られてしまう。
今回の幕間は、その危うさと、そこから少し距離を取る為の話です。
よろしければ、
「武道と神授」
↓
「鳴かない黒猫(中)」
の順に読んでいただくと、照臣の心境の流れがより分かり易いかと思います。