――私じゃない。
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そう思ったのは、“口が動いてから”だった。
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「……違う」
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声が出る。
でも、その言葉を選んだ覚えがない。
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「……それ、私じゃない」
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静かな部屋。
誰もいないはずなのに、
返事がある。
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『知ってる』
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アマネの喉が、わずかに震える。
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「……誰」
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問いかける。
でも、次に返ってきたのは――
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『お前だ』
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一瞬。
視界が“ズレる”。
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壁の位置が、違う。
机の高さが、違う。
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いや。
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見てる位置が違う。
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「……っ」
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息が詰まる。
足が、半歩ずれている。
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動かした覚えはない。
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それでも。
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確かに、“もう一人分”の感覚がある。
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右。
左。
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どちらでもない。
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内側。
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『ほら』
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声が近づく。
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『もう使える』
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その瞬間。
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アマネの指先が、勝手に動いた。
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空気が震える。
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見えない圧が、じわりと広がる。
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「……やめて」
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止めたい。
止められない。
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『いいだろ』
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声が、重なる。
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『一回くらい』
『どうせやる』
『壊せ』
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増える。
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「……やめてッ!」
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――バンッ!!
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空間が、弾けた。
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壁にかけてあったものが、まとめて吹き飛ぶ。
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静寂。
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そして。
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残ったのは、
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荒い呼吸と。
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“誰のものでもない余韻”。
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「……今の、なに」
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自分の声が、
少しだけ、遠い。
「そ、それ私じゃない」
松下 拓でした。