参加作品数

17

参加受付期間

  • 開催中
  • 4日後終了 2026年8月17日(月) 23:59まで

企画内容

「エンタメ業なのに、集客より大事なものがあるとか言い出す古参が増えると、そのジャンルは死ぬ」

ある有名人の言葉だそうだ。これを見たとき、小説にも通じる話だと感じた。

小説投稿サイトにも、商業的な要素よりも美しさや芸術性を追い求めたり、昭和の文豪作品のような古い娯楽性をいまだに引きずっている者が少数ながら存在する。小説を趣味とする立場ゆえ個人的には共感できる部分も多いが、そういった感性が現代人のニーズにマッチしているかと言えば、残念ながら答えは否だ。

この資本主義の世の中で、一部の特殊な法人格を除けば、利潤の追求が会社の存在目的であることは会社法にも定められた避けようのない事実。それ無しに通常の会社運営を継続することはできない。また、もし出版を生業とする会社が全て失われたとしたら、小説の存在は一気に希薄になり、やがて我々の身の回りから姿を消すことになるだろう。よって出版社の活動の継続――すなわち出版利益の追求は、小説という媒体の存続とほぼ同義と言える。

つまり冒頭の有名人の言葉通り、「利潤を二の次にするような価値観の蔓延は、小説の存在そのものを消し去りかねない」という帰結になるわけだ。

無論、趣味でやる分にはどんな主義や価値観を持とうと本人の自由だ。しかしながら、前述のような主義や価値観を貫く者は出版社にとって、あるいは小説という媒体の存続において、何の存在意義も持たないことになる。それどころか、彼らが主義や価値観を世に広めれば広めるほど、小説は時代に取り残され持続可能性を弱めていく。誰よりも純粋に小説と向き合う者が、純粋さゆえに小説を死へと追いやる。何とも皮肉な話だ。

大きな時代の流れを俯瞰してみれば、彼らは淘汰寸前の古い伝統や価値観の中に取り残されたわずかな古典的文化人であり、やがては逃れようのない進歩の波に飲まれ消えゆく悲しき存在なのだろう。

とまあそんなわけで、この企画では「不本意ながらも敢えて商業的な要素を意識して書かれた物語」を募集する。読み合いではないので、読む読まないは各自の自由。物語であればジャンルは問わない。

参加方法

参加する小説の設定画面で、自主企画欄にある「不本意ながらも敢えて商業的な要素を意識して書かれた物語」を選択してください。

運営より

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