第5話  照葉(てりは)の調べ、忍び寄る白き影

榛名の山が、一年で最も鮮やかな輝きを放つ季節が巡ってきた。

カシ、シイ、ツバキ。厚く光沢のある葉を持つ照葉樹たちが、陽光を跳ね返し、森全体がエメラルド色の海のように波打っている。

「……見て、サラ。これが私たちの『火』の源よ」

アユラは、深い緑の奥へとサラを誘った。

そこには、見上げるような巨木が、大地を抱きしめるように根を張っている。

「ヤマトの者たちは、鉄を打つために森を剥ぎ、大地を剥き出しにする。でも、私たちの火は、この森が何十年、何百年とかけて蓄えた『陽の光』を、炭(すみ)という形に変えて借りているだけ。使い終われば、その灰はまた土に還り、新しい芽を育む……。これを繰り返してきたの」

サラは、足元に積もったふかふかの腐葉土を踏みしめた。

蝦夷の地でも森は神聖だったが、榛名の森には、より濃密な「共生」の気配がある。

「……奪うだけじゃ、いつか何もなくなっちゃうものね」

サラが呟いたとき、背後から「わっ!」と元気な声が響いた。

ひなたが、両手いっぱいにどんぐりを抱えて走ってきたのだ。

「サラ、アユラ姉さま! ほら、こんなにたくさん! これをすり潰して、お団子にするんだよね?」

ひなたの無邪気な笑顔。彼にとって、この豊かな森は巨大な宝箱であり、未来そのものだった。

サラは、ひなたが差し出したツヤツヤのどんぐりを一つ、受け取った。手のひらの中で、それは確かな生命の重みを持っていた。

「そうよ、ひなた。私たちがこの森を守る限り、あなたたちが飢えることはないわ」

アユラが優しくひなたの頭を撫でる。

その光景は、戦火の中にいたサラには信じられないほど平和な、完成された世界に見えた。

だが、その静寂を切り裂くように、一羽の鳥が激しく羽ばたいた。

「……っ、アユラ、伏せて!」

サラの戦士としての本能が、森の異変を察知した。

照葉樹の密集する枝葉の隙間から、一筋の「白」が見えた。

それは、森の色に馴染まない、人工的な白。

ヤマトタケルの先遣隊が、音もなく森の境界を越えていた。彼らの手には、この森の木々を切り倒すための冷たい鉄斧(てっふ)と、獲物を狙う強弓が握られている。

彼らにとって、この豊かな照葉樹林は、王権を支えるための「資源」か、あるいは敵を隠す「障害」に過ぎない。

「……あいつら、ここまで来たのね」

サラは、ひなたを自分の背後に隠した。

ひなたの手からこぼれ落ちたどんぐりが、乾いた音を立てて土に転がる。

「アユラ、ひなたを連れて戻って。……ここは、私の『焼く火』で時間を稼ぐ」

「いいえ、サラ。……森の守り方は、火を放つことだけではないわ」

アコが静かに立ち上がる。その瞳には、巫女としての、そしてこの森の主としての、静かな、だが逃れようのない「怒り」が宿っていた。

「ひなた、そのどんぐりを一つ、しっかり握っていなさい。……この森が、あなたをどう守るか、見ていなさい」

アユラが口笛を吹くと、山の空気が一変した。

照葉樹の葉同士が擦れ合い、まるで山全体が巨大な生き物のように唸り声を上げる。

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