吸血鬼の総元締めに位置する「私」は、その妹「ノエル」に「愛らしい」「尊すぎて滅びそう」「結婚したい」 という肯定的な感情を抱く裏腹、臓器をばら撒く、頭を踏みつけるといった虐待的・支配的な振る舞いをする。
まるで、DVが繰り返されている様を描いているようだが、どこか様子が違う。「私」は妹に対し、自分の肉と骨で作った刀をプレゼントするなど、ある種献身的な愛を繰り広げる。それを知ってか、作中ではノエルが愛情を示す行動を見せる。
私は、ここに暴力でしか思いを遂げることができない男の不器用さを見出した。おそらく「私」は永久に幸せにはなれないのだろう。永久に愛情を渇望することになるのだろう。変わることのできない人間(吸血鬼だけど)は、牢獄に囚われているも同然である。
全編コメディタッチで描かれる本作は、高次的な存在である男の悲喜劇とも言える。「私」的なコミュニケーションをどこかで取ってはいないだろうか? と読後自分を省みた。
と、勝手に深堀りしてしまったが、「私」と「ノエル」の掛け合いが軽妙で面白い。閲覧注意なところはあるが、目にも楽しい一作である。