第23話 魔王軍襲来と村人総出の宴

世界会議が終わり、リーフ・ホールに静けさが戻ってから二週間。

村人たちも日常を取り戻し、俺も久々に畑に向かって鍬を握っていた。

陽光が温かく、土の香りが心地よい。

「ようやく落ち着いたな。」

そう呟いた、その時だった。


空が突然、黒く染まった。

太陽の光を覆うように、巨大な影がゆっくりと村の上を通り過ぎていく。

竜かと思ったが、違う。翼の形が不気味に歪み、尾からは灰色の煙が垂れている。


「ノア様!」駆けてきたトーマが叫ぶ。「北の森が炎上してます! 何か、黒い軍勢が……!」


嫌な予感が脊髄を走る。

リーゼが現れて息を呑んだ。「あれは……魔族の軍勢です。」


セリアが空へと目を細める。「有り得ない。魔族は滅んだはず。」


「滅んではいなかった。」リーゼが答える。「神々の滅亡で封印が弱まったのです。彼らは再び人の世界へ――。」


「言ってる場合じゃない!」俺は鍬を地面に突き立て、立ち上がった。「村を守るぞ!」



黒い雲の下から現れたのは、軍勢というより大地そのものが動くような規模の影だった。

鎧のような甲殻を持つ魔獣、炎を噴く獅子、そして空を埋める闇鳥。

中心には冷たい声が響く。


「この地こそ、我らが奪われた世界……還せ、創造主ノア。」


「お前たちは……誰の命で!」


「神々の残滓だ。」声は続く。「お前が生み出した秩序の外で、我らは切り捨てられた。“創られなかった命”の怨嗟が、今、形を取った。」


リーゼの光が大きく揺れる。「ノア様、彼らは“虚ろの民”――世界の影に堕ちた失われた創造物!」


「つまり、俺の落とし子ってわけか……。」


セリアが横に並び、翼の光を展開した。「守る方法は?」


「一つだけだ。」俺は神樹を振り返る。「光を解き放て。だが、全員巻き込むな。」


「無茶言いますね。」セリアが笑う。


「いつも通りだろ。」



村の中央に立つ神樹が、風を裂くような音を響かせた。

幹に触れた瞬間、魂の奥に響く震動が走る。

村人たちの祈りが重なり、光が膨らんでいく。


「ノアさま! わたしたちも戦います!」

畑を守ってきた農民たちが、鍬や鎌を手に集まってきた。

トーマが叫ぶ。「家族の居る場所を守るのは当たり前だ!」


「ああ、心強いな。」俺は笑った。「だが、絶対に命を捨てるな。守るだけでいい。」


子供たちは神樹の周りで小さく祈りの唄を歌っていた。

その声が風を通して舞い上がる。まるで村全体が一つの“聖域”そのものになっていく。


リーゼが両手を広げる。「神樹が共鳴しています。あらゆる生命の魔力を循環に取り込み始めました!」


「やれ、今だ!」


空から黒の礫が雨のように降り注ぐ。

セリアが光の盾を展開し、村を包む。

その内側で神樹の光が一気に弾けた。


世界が反転するような眩さ。

溢れる光が闇を焼き尽くし、黒い軍勢の輪郭が粉々に砕けていく。

悲鳴でもなく怒号でもなく、ただ静かに消えていく影たち。


「ノア……!」セリアが声を上げる。


「分かってる、力を抑える!」

しかし流れ込む魔力の量が桁違いだった。

あの虚ろの民たちと共鳴してしまったことで、創造の根源そのものが刺激されている。


リーゼが輝きを強める。「ノア様、神樹が限界です。——でも、このままなら貴方の生命力で均衡が保てます!」


「なら構わない。」俺は両手を広げた。

神樹に取り込まれた光が、再び風へと散っていく。

焼けた大地に新たな緑が生まれていくのが見えた。


風、鳥、獣、人。

全ての命が息を取り戻していく。



闇が晴れたあと、村人たちは静かに立ち尽くしていた。

黒く焦げた地面の中に、奇跡のように畑の緑が残っている。

神樹の枝から、黄金の花弁がゆっくりと舞い落ちた。


「……勝ったのか?」トーマが声を漏らす。


「いや、“誰も負けなかった”んだ。」俺は応えた。

「亡くなった魂たちも、やっと還る場所を得たんだ。」


そこに、子供たちが手を取り、歌を続ける。

明るい、笑い声のような祈り。

村の空は深く青く、鳥たちが舞い戻ってくる。



その夜。村には灯篭が並び、即席の宴が開かれた。

兵士も神獣たちも、村人も同じテーブルで食べ、笑い、歌った。

酒樽を抱えたトーマが叫ぶ。「今夜は祝うぞー! 勝利の宴だ!」


「ちょっと、飲みすぎですよ!」

セリアが呆れながらも杯を受け取る。

リーゼは光の輪を作り、宙に花火のような模様を描いた。


「ノア様、これは私のお祝いです。」


夜空に光の鳥が舞い上がり、神樹の枝の上で弾ける。


俺は少し離れた場所で静かに座り、風を受けながらそれを見つめていた。

世界が静かになりすぎて、逆に胸が締め付けられる。


セリアが隣に腰を下ろし、杯を差し出した。「どうしました? 浮かない顔。」


「……俺の中のどこかが、あれらの“影”と共鳴した。自分が生んでしまった過去が、まだ眠ってる気がしてな。」


「だからこそ、こうして立っていられるんですよ。」

彼女の声は穏やかだった。「あなたは創造主でもあり、人間。両方の痛みを知っている。それが今の世界を支えてる。」


リーゼが光の形を変えながら微笑む。「ノア様、今宵の風は祝福の風です。迷いは夜のうちに流せばいい。」


俺は少しだけ笑い、杯を掲げた。「――乾杯、か。」

周囲の歓声が重なり、笑い声が夜空に広がる。


神樹が小さく揺れ、葉の間から月明かりが降りてきた。

その光は、まるで誰かが「よくやった」と言っているようで、少しだけ泣きそうになる。


「……ありがとう。」


村人たちの笑顔を見ながら呟く。

この世界はまだ続く。

創造も、赦しも、戦いも。

だが今夜だけは、誰のものでもない“人の時間”として。


風が穏やかに吹き抜けていった。


(第23話 終)

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