第23話 魔王軍襲来と村人総出の宴
世界会議が終わり、リーフ・ホールに静けさが戻ってから二週間。
村人たちも日常を取り戻し、俺も久々に畑に向かって鍬を握っていた。
陽光が温かく、土の香りが心地よい。
「ようやく落ち着いたな。」
そう呟いた、その時だった。
空が突然、黒く染まった。
太陽の光を覆うように、巨大な影がゆっくりと村の上を通り過ぎていく。
竜かと思ったが、違う。翼の形が不気味に歪み、尾からは灰色の煙が垂れている。
「ノア様!」駆けてきたトーマが叫ぶ。「北の森が炎上してます! 何か、黒い軍勢が……!」
嫌な予感が脊髄を走る。
リーゼが現れて息を呑んだ。「あれは……魔族の軍勢です。」
セリアが空へと目を細める。「有り得ない。魔族は滅んだはず。」
「滅んではいなかった。」リーゼが答える。「神々の滅亡で封印が弱まったのです。彼らは再び人の世界へ――。」
「言ってる場合じゃない!」俺は鍬を地面に突き立て、立ち上がった。「村を守るぞ!」
◇
黒い雲の下から現れたのは、軍勢というより大地そのものが動くような規模の影だった。
鎧のような甲殻を持つ魔獣、炎を噴く獅子、そして空を埋める闇鳥。
中心には冷たい声が響く。
「この地こそ、我らが奪われた世界……還せ、創造主ノア。」
「お前たちは……誰の命で!」
「神々の残滓だ。」声は続く。「お前が生み出した秩序の外で、我らは切り捨てられた。“創られなかった命”の怨嗟が、今、形を取った。」
リーゼの光が大きく揺れる。「ノア様、彼らは“虚ろの民”――世界の影に堕ちた失われた創造物!」
「つまり、俺の落とし子ってわけか……。」
セリアが横に並び、翼の光を展開した。「守る方法は?」
「一つだけだ。」俺は神樹を振り返る。「光を解き放て。だが、全員巻き込むな。」
「無茶言いますね。」セリアが笑う。
「いつも通りだろ。」
◇
村の中央に立つ神樹が、風を裂くような音を響かせた。
幹に触れた瞬間、魂の奥に響く震動が走る。
村人たちの祈りが重なり、光が膨らんでいく。
「ノアさま! わたしたちも戦います!」
畑を守ってきた農民たちが、鍬や鎌を手に集まってきた。
トーマが叫ぶ。「家族の居る場所を守るのは当たり前だ!」
「ああ、心強いな。」俺は笑った。「だが、絶対に命を捨てるな。守るだけでいい。」
子供たちは神樹の周りで小さく祈りの唄を歌っていた。
その声が風を通して舞い上がる。まるで村全体が一つの“聖域”そのものになっていく。
リーゼが両手を広げる。「神樹が共鳴しています。あらゆる生命の魔力を循環に取り込み始めました!」
「やれ、今だ!」
空から黒の礫が雨のように降り注ぐ。
セリアが光の盾を展開し、村を包む。
その内側で神樹の光が一気に弾けた。
世界が反転するような眩さ。
溢れる光が闇を焼き尽くし、黒い軍勢の輪郭が粉々に砕けていく。
悲鳴でもなく怒号でもなく、ただ静かに消えていく影たち。
「ノア……!」セリアが声を上げる。
「分かってる、力を抑える!」
しかし流れ込む魔力の量が桁違いだった。
あの虚ろの民たちと共鳴してしまったことで、創造の根源そのものが刺激されている。
リーゼが輝きを強める。「ノア様、神樹が限界です。——でも、このままなら貴方の生命力で均衡が保てます!」
「なら構わない。」俺は両手を広げた。
神樹に取り込まれた光が、再び風へと散っていく。
焼けた大地に新たな緑が生まれていくのが見えた。
風、鳥、獣、人。
全ての命が息を取り戻していく。
◇
闇が晴れたあと、村人たちは静かに立ち尽くしていた。
黒く焦げた地面の中に、奇跡のように畑の緑が残っている。
神樹の枝から、黄金の花弁がゆっくりと舞い落ちた。
「……勝ったのか?」トーマが声を漏らす。
「いや、“誰も負けなかった”んだ。」俺は応えた。
「亡くなった魂たちも、やっと還る場所を得たんだ。」
そこに、子供たちが手を取り、歌を続ける。
明るい、笑い声のような祈り。
村の空は深く青く、鳥たちが舞い戻ってくる。
◇
その夜。村には灯篭が並び、即席の宴が開かれた。
兵士も神獣たちも、村人も同じテーブルで食べ、笑い、歌った。
酒樽を抱えたトーマが叫ぶ。「今夜は祝うぞー! 勝利の宴だ!」
「ちょっと、飲みすぎですよ!」
セリアが呆れながらも杯を受け取る。
リーゼは光の輪を作り、宙に花火のような模様を描いた。
「ノア様、これは私のお祝いです。」
夜空に光の鳥が舞い上がり、神樹の枝の上で弾ける。
俺は少し離れた場所で静かに座り、風を受けながらそれを見つめていた。
世界が静かになりすぎて、逆に胸が締め付けられる。
セリアが隣に腰を下ろし、杯を差し出した。「どうしました? 浮かない顔。」
「……俺の中のどこかが、あれらの“影”と共鳴した。自分が生んでしまった過去が、まだ眠ってる気がしてな。」
「だからこそ、こうして立っていられるんですよ。」
彼女の声は穏やかだった。「あなたは創造主でもあり、人間。両方の痛みを知っている。それが今の世界を支えてる。」
リーゼが光の形を変えながら微笑む。「ノア様、今宵の風は祝福の風です。迷いは夜のうちに流せばいい。」
俺は少しだけ笑い、杯を掲げた。「――乾杯、か。」
周囲の歓声が重なり、笑い声が夜空に広がる。
神樹が小さく揺れ、葉の間から月明かりが降りてきた。
その光は、まるで誰かが「よくやった」と言っているようで、少しだけ泣きそうになる。
「……ありがとう。」
村人たちの笑顔を見ながら呟く。
この世界はまだ続く。
創造も、赦しも、戦いも。
だが今夜だけは、誰のものでもない“人の時間”として。
風が穏やかに吹き抜けていった。
(第23話 終)
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