月の宴に蛇は集う
坂神京平
第1話「拝み屋男子と地雷女子」
頭上から
「――オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン、オン・アボキャ・ベイロシャノウ……」
詠唱が繰り返されるにつれ、黒い影は少しずつ存在が希薄になり、やがて霧散して消えた。
俊敬は、無事に往生したようだな、と
と、そのとき。
俊敬は、自分の身体に柔らかなものが接触するのを感じた。
「お疲れ様です、シュンケーくん!」
声を弾ませ、にこやかに俊敬を
璃々花は細身の肢体を遠慮なく押し付けながら、俊敬に返事する間も与えず、甘い声音で
「はぁーやっぱり呪術で怪異
「静かにしろ璃々花、ここは深夜の住宅街だぞ。騒ぐと周辺住民の皆さんに迷惑が掛かる」
俊敬は言葉を遮り、幼馴染の身体を自分から引き剥がそうとした。
しかし璃々花は、手足をくねらせ、無駄な頑強さでそれに
「ああんシュンケーくんのいけずぅーそんなに恥ずかしがらなくたって夜中の路地裏で男と女が二人っきりでいるのを誰もわざわざ邪魔しないから大丈夫です! でへへ」
「いいから離れろ暑苦しい!」
いよいよ面倒臭くなって、強引に振り払う。
璃々花は若干よろめき、やっと俊敬から身体を離した。だが悪びれることなく、「いやんでもシュンケーくんになら私乱暴にされるの嫌いじゃないしむしろ興奮しちゃいますぅ~」などと、変質的な嗜好を述べる。
俊敬は、軽い頭痛を覚えて額を押さえた。本当に今ここに場所に二人きりで良かった。決していかがわしい意味でなく、第三者の誤解を招かずに済む点で。
現況に至る端緒は、両者の間柄に起因している。俊敬が彼女にこれほど
璃々花は幼少期から、元々少し変わった女の子だった。
小学生の頃も同級生に友達がおらず、随分といじめの標的にされていたらしい。
しかもあるとき、怒りを堪え切れなくなって、からかってきた子供に反撃し、そのうちの一人を負傷させそうになった。璃々花は結果的に
俊敬は当時、中学生になったばかりだったが、そのような幼馴染を放っておけなかった。それで、優しく声を掛け、なにくれとなくかまってやった。
今にして振り返ってみれば、このときの義侠心が間違いだったのかもしれない。
ただ幸いにして、俊敬以外で璃々花の過去を知る人は月読峠にいない。おかげで現在は身近な知己とそれなりに親しくし、孤立することもなくなったのだが――……
俊敬は念のため、いましがた土砂を撒いた方向に歩を進め、路地裏の奥へ目を凝らした。
あの黒い影は、亡者だった。
俊敬が清炭市で暮らしはじめて間もなかった頃、
――ここは細い通路だが……少し先で、袋小路になっているのか。
俊敬は再度、前方の薄暗闇へ踏み出すと、突き当りまで接近する。路地裏に街灯はないので、暗がりに慣れた目と直感、それに月明りが頼りだった。
コンクリート塀の手前に来ると、その場へ屈んで足元を探る。
「あ、ちょっとケンショーくん? 可愛い幼馴染の女の子を寂しい夜の路地裏に一人で放置して突然なにやっているんですか今すべきなのは私を建物の壁際へ追い詰め覆い被さるように壁ドンして耳元で甘い言葉を囁くことですよわかってますかもぉー」
「……植物の繊維らしきものが、細切れになって落ちている」
背後で
「
「えっ何ですかそれ、誰かここで藁人形に五寸釘刺して呪いの儀式でもしていたってことですかやだー怖いでもシュンケーくんに近付く泥棒猫なら私も呪っちゃうー!」
「さて、いくら人気ない場所とはいえ、さすがに住宅街で
俊敬は細切れの藁を指で摘まむと、目の高さに持ち上げ、しげしげと見詰めた。
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