第20話:戦後復興と通貨統合(リコンストラクション・カレンシー)

 聖教国の権威が失墜し、教皇が「差押」の宣告を受けたあの日から、大陸には束の間の静寂が訪れるはずだった。

 しかし、現実は残酷だ。神という「絶対的な信用」を失った人々を待っていたのは、目に見える恐怖――**「通貨の崩壊」**だった。

「リヒト様、大変です! 市場でパン一個が、昨日までの百倍の値段で取引されています!」

 王宮の執務室に駆け込んできたクロエの顔は、かつてないほど蒼白だった。

 リヒトは窓から王都の広場を見下ろす。そこには、大量の旧紙幣を道端に投げ捨て、一掴みの麦と交換してくれと泣き叫ぶ民衆の姿があった。

「……当然の帰結ですね。聖教国が『神の加護』を担保に発行していた金貨は、その不純物がバレた瞬間にただの真鍮に戻った。人々は何を信じて取引すればいいか、見失っているんです」

 リヒトの瞳には、大陸全土を覆う不気味な赤い霧が見えていた。

【事象:ハイパーインフレ】

【通貨信頼度:0.001%】

【予測:三日以内に、大陸の物流は完全に停止する】

「リヒト、どうすればいいの? このままじゃ、戦火が収まっても飢えでみんな死んでしまうわ……」

「解決策は一つ。金(ゴールド)でも神でもなく、**『実体のある価値』**に裏打ちされた新しい通貨を作ることです」

 リヒトは執務室の机に、大陸全土の白地図を広げた。そして、かつて聖教国が独占し、今は「無主の地」となった広大な耕作放棄地を指差す。

「クロエさん。聖教国が隠し持っていたあの土地、実は大陸で最も肥沃な黒土です。……鑑定したところ、適切な肥料と管理があれば、年間で三千万トンの麦が収穫できる。これを『裏付け(担保)』にします」

「麦を、通貨にするの?」

「いいえ。**『将来、その土地から生み出される価値』**を数値化し、それを証明する券を発行するんです。名付けて、『リヒト・グリーン・ノート』。この紙幣は、いつでも一定量の穀物と交換できることを僕が保証します」

 リヒトは即座に、王都の印刷所へ指示を飛ばした。

 だが、ただ紙を刷るだけでは足りない。民衆に「この紙切れには価値がある」と信じ込ませるための、劇的なデモンストレーションが必要だった。

 その日の午後。リヒトは王都の中央広場に特設の「両替所」を設けた。

 山積みになった旧紙幣を手に、怒れる群衆が押し寄せる。

「おい! こんなゴミ屑、どうしてくれるんだ!」

「聖教国の金貨は偽物だったんだろう!? 責任を取れ!」

 リヒトは壇上に上がり、無造作に一枚の新紙幣を掲げた。

「静かに。……今日から、この国は『金』を信じるのをやめます。代わりに、皆さんの『労働』と、そこから生まれる『食料』を信じることにしました。この新紙幣を、今から旧紙幣と一対一で交換します。ただし、先着一万人までだ」

 群衆がどよめく。一対一? 価値が暴落した旧紙幣を、新しい価値ある紙幣と等価で換えるなど、普通なら商売として成り立たない。

「リヒト様、正気ですか!? それでは商会が破産します!」

 側近たちの制止を、リヒトは鑑定眼の光で黙らせた。

「破産はしません。……鑑定結果、この大陸の『信頼の欠乏』を解消するために必要なコストは、今この瞬間の損失よりもはるかに大きい。ここで僕が腹を切って『最初の信用』を作らなければ、市場そのものが消滅する」

 リヒトの言葉通り、交換が始まると、パニックは急速に収束していった。

 「リヒトが保証するなら、この紙はパンに変わる」。その確信が、数字(価値)を安定させ始めたのだ。

【新通貨:リヒト・ノート流通開始】

【大陸信頼指数:5% → 35%(急回復)】

 しかし、リヒトの背後で、その成功を忌々しげに見つめる影があった。

 海を隔てた島国連合――「自由貿易都市」の使者である。

「……面白いことをしてくれる。だが、地上の価値をいくら束ねたところで、海の上では無意味だ。……リヒト・コンサルティングよ、我々の『海の掟』に逆らえるかな?」

 リヒトは視線を上げ、水平線の彼方を鑑定した。

【警告:自由貿易都市連合による『海上封鎖』を確認】

【輸入依存品:塩・鉄・魔石の供給停止まで残り一週間】

「……やはり、抵抗勢力(ノイズ)は現れますね。いいでしょう、次は物流の『独占(モノポリー)』を解体してあげます」

 大陸統一への第一歩は、早くも暗雲に覆われようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る