第7話:王都の沈黙と「不慮」の事故

 ゼノスが意気揚々と一億エリスを抱えて領地へ戻った頃、リヒトは隣国の王立図書館の一角にいた。

 クロエが心配そうに、リヒトの手元にある「王都の勢力図」を覗き込む。

「ねえ、リヒト。ゼノスは『一ヶ月あれば王都から支援が届く』って言ってたわよね? もし本当にお金が届いたら、あの契約はどうなるの?」

「届きませんよ、クロエさん。……数字を鑑定すれば、王都の財務状況も丸見えですからね」

 リヒトが指差した王都の予算表には、赤いインクで**【戦費支出:85%】**という異常な数値が踊っていた。

 王都は今、隣国との国境紛争でそれ所ではない。地方の公爵領一つを救う余力など、一エリスも残っていないのだ。

「さらに言えば、彼が頼りにしていた『中央銀行の総裁』……昨日、汚職で更迭(こうてつ)されました」

「えっ!? じゃあ、ゼノスが当てにしていた支援ルートは……」

「最初から、ゼロです。彼は存在しない数字に賭けたんですよ」

 その時、執務室に一人の使いが飛び込んできた。リヒトが雇った情報屋だ。

「リヒト様! ご報告通り、バルトレイ領へ向かう唯一の街道で『小規模な土砂崩れ』が発生しました! 復旧には最低でも二週間はかかるとのことです!」

「……ご苦労様。予定通りだ」

 リヒトは無機質に答えた。

 土砂崩れは自然現象ではない。リヒトが事前に鑑定し、「地盤が最も緩んでいる場所」を特定。そこに少量の魔力水を流し込み、意図的に引き起こしたものだ。

 これにより、王都からの(万が一の)物資輸送も、ゼノスが逃げ出すための馬車も、すべてが遮断された。

「リヒト……あなた、本気でバルトレイ領を『詰ませる』つもりなのね」

 クロエの声が震える。リヒトは彼女に向き直り、穏やかに、だが氷のように冷たい声で言った。

「僕はただ、適正な市場原理に従っているだけです。無能な経営者が、座しているだけで資産を食いつぶす……。そんな組織は、一度『破産』させて清算するのが、世のため人のためですよ」

 リヒトの瞳には、遠く離れたバルトレイ領の【残存魔力量】が、急速に目減りしていく数字として映っていた。

 一方、ゼノスは届かない支援を待ちわびながら、豪華な晩餐会を開いていた。

 手元の金が、リヒトの貸した「毒入りの一億」であるとも知らずに。

【返済期限まで:残り20日】

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