第11章

――力を持つ者と、声を選んだ者――**

夜だった。

王城の最上階。

窓の外には、電力によって照らされた王都の光が、静かに広がっている。

風は穏やかで、

戦争前夜とは思えないほど、世界は落ち着いていた。

エレナは、窓辺に立ったまま言った。

「……不思議ですね」

「何がですか」

背後で、霧島アキラが答える。

「こんなにも世界が揺れているのに、

今は、とても静かで」

「嵐の前は、だいたいそうです」

「……やはり、来るのですね」

「ええ」

短い肯定。

エレナは、振り返らなかった。

「アキラ様」

「はい」

「あなたは……

もし、本気で力を使えば、

この戦争を“始まる前に”終わらせられるのでしょう?」

沈黙。

否定しない沈黙。

それだけで、答えは十分だった。

「……それなのに、

なぜ、使わないのですか」

彼女の声は、責めていなかった。

ただ、知りたがっていた。

「私は、

ずっと考えていました」

アキラは、ゆっくりと歩み寄り、

彼女の隣に立つ。

「力を持つ、ということの意味を」

「答えは、出ましたか」

「半分だけ」

「……半分」

エレナは、小さく笑った。

「私もです」

夜風が、二人の間を通り抜ける。

「あなたは、

剣を捨てましたね」

アキラが言う。

「はい」

「後悔は?」

「……いいえ」

即答だった。

「怖くない、とは言いません。

でも――

剣を握っていた頃より、

今の方が、よほど逃げ場がない」

「それでも?」

「それでも、です」

エレナは、ようやく彼を見る。

「剣を持てば、

斬るか、守るか、

選択は単純でした」

「でも今は――

言葉を選び、

沈黙を選び、

立ち続けることを選ばなければならない」

「とても……

重いです」

「それでも、

あなたは立っています」

「……逃げられないだけです」

「違います」

アキラは、静かに否定した。

「あなたは、

“選んで”立っています」

その言葉に、

エレナの喉が、わずかに震えた。

「……ずるいですね、あなたは」

「そうですか?」

「ええ」

エレナは、少し困ったように笑う。

「あなたは、

すべてを壊せる力を持っている」

「でも、それを使わない理由を、

私に考えさせる」

「……まるで」

「まるで?」

「世界そのものに、

問いを投げているみたいで」

アキラは、窓の外を見る。

「私は、

世界を正しくしたいわけではありません」

「ただ……

世界に“選ばせたい”」

「選択肢を、

奪いたくない」

「でも――」

エレナが、静かに言う。

「相手は、

奪いに来ています」

「魔法国家も、

内部の黒幕も」

「彼らは、

選ばせるつもりなど、ない」

「ええ」

アキラは、頷く。

「だから、

私は“条件”を決めました」

「条件……?」

「抑制解除の条件です」

エレナの背筋が、わずかに強張る。

「それを、

聞いてもいいのですか」

「あなたには」

彼は、迷いなく言った。

「第一条件」

「国家が、

選択する権利を奪われたとき」

「第二条件」

「言葉が、

完全に否定されたとき」

「そして――」

一瞬、言葉が止まる。

エレナは、息を潜めた。

「第三条件」

「あなたが、

それでも立ち続けようとしたとき」

夜が、深くなる。

「……私、ですか」

「ええ」

「それは……

重すぎませんか」

「重いです」

即答。

「ですが、

それ以上に信頼しています」

エレナは、

しばらく何も言えなかった。

(……この人は)

(世界を壊せるのに、

世界よりも――

人を見ている)

「……もし、です」

彼女は、震えを抑えて言う。

「もし、私が折れたら」

「恐怖に負けて、

立てなくなったら」

「そのときは?」

アキラは、少し考えた。

「そのときは」

「私が、

間違えたということです」

「え……」

「あなたに、

あそこまで背負わせた時点で、

私の判断が誤っていた」

「だから――」

彼は、彼女を見る。

「折れないでください、とは言いません」

「ただ、

一人で折れないでください」

エレナの視界が、滲んだ。

「……ひどい人ですね」

「そうかもしれません」

「こんな言葉を向けられて、

逃げられる人はいません」

「逃げてもいいのですよ」

「……逃げません」

彼女は、きっぱりと言った。

「もう、

ここまで来てしまいましたから」

「それに――」

一歩、距離を詰める。

「あなたが、

世界を壊さないでいる理由に、

なってしまった以上」

「無責任には、なれません」

二人の距離は、

それ以上縮まらなかった。

だが――

十分だった。

「エレナ」

「はい」

「もし、

明日、戦いが始まったら」

「あなたは、

前に出る必要はありません」

「……それでも、出ます」

「言葉で?」

「ええ」

「剣ではなく?」

「剣ではなく」

アキラは、

ゆっくりと目を閉じた。

「……それでこそ」

「私が、

力を抑えている意味がある」

沈黙。

王都の光が、

二人を包む。

「アキラ様」

「はい」

「約束してください」

「何を?」

「あなたが、

力を使うときは」

「世界を消すためではなく」

「……」

「誰かが、

選び直せる未来を、

残すためだと」

彼は、

迷わなかった。

「約束します」

その言葉は、

剣よりも重く、

魔法よりも確かだった。

夜が、終わりに近づく。

遠くで、

警鐘が鳴った。

戦争の始まりではない。

選択の最終確認の音だった。

エレナは、

静かに息を吸う。

「……行きましょう」

「どこへ?」

「世界が、

答えを出す場所へ」

アキラは、

一度だけ、頷いた。

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