第6話
――敵を知るということ、そして剣を置くということ――
(エレナ・ヴァルドリア視点)**
光は、希望だけを運んでくるものだと――
私は、信じていた。
王都の夜を照らす白い灯り。
松明のように揺らがず、
魔法灯のように不安定でもない。
子どもたちが、夜でも外を歩ける。
商人が、日没後も店を開ける。
見回りの騎士が、影に怯えずに済む。
それは、確かに“進歩”だった。
だが――
光は同時に、“不安”も照らし出してしまう。
「……最近、夜がうるさくなったな」
城下町を巡回していたとき、
年配の男性が、ぼそりと呟いた。
「以前は、日が落ちれば静かだった。
今は……眠れん」
別の者は、もっと率直だった。
「こんな明るさは、神の領域だ。
人が踏み込んでいいものじゃない」
私は、足を止めた。
反論しようとして――
言葉を、失った。
(……分かってしまう)
恐れているのだ。
変化を。
それが、良いものであっても。
王城に戻ると、
霧島アキラは、すでに状況を把握していた。
「反対派市民は、予想より多いですね」
机の上には、王都の地図。
光の届いている範囲が、線で示されている。
「……怒っていますか?」
思わず、聞いてしまった。
彼は、首を振った。
「いいえ。
当然の反応です」
当然――?
「彼らは、悪意ではなく、
“理解できないこと”を恐れているだけです」
その言葉に、胸が締めつけられた。
剣を向けてくる敵よりも、
こういう相手の方が、よほど難しい。
そのとき、非武装ドローンの警告が入った。
「――新規情報を確認」
空中投影された映像。
そこに映っていたのは、
巨大な城塞都市だった。
高い城壁。
無数の魔力反応。
空を覆う、結界。
「……敵国ですか」
「はい。
その名を聞いた瞬間、
私は、背筋が凍った。
(……聞いたことがある)
古い戦記に、何度も出てくる国名。
魔法こそが世界の理であり、
それ以外の力を“異端”とする国家。
「彼らの思想は、明確です」
アキラは、淡々と続ける。
「“魔法以外の文明は、世界を歪める”」
「……つまり」
「我々は、
彼らにとって“排除すべき存在”です」
私は、拳を握った。
外交――
それが、騎士としての常識だ。
だが。
「……話し合いは、可能なのですか」
彼は、少しだけ沈黙した。
「可能です。
ただし――」
視線が、私に向く。
「彼らが求めるのは、対等な交渉ではありません」
「……屈服、ですか」
「はい」
その瞬間、胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
(……剣で、守れる問題じゃない)
情報戦は、すでに始まっていた。
魔法国家側は、
「異邦の技術は呪いである」
「光は魂を奪う」
そんな噂を、密かに流している。
王都の反対派と、
敵国の思想が、
静かに繋がり始めていた。
「……見えない戦争、ですね」
私がそう言うと、
アキラは、頷いた。
「だからこそ、
武力は最後です」
その言葉に、私は――
初めて、違和感を覚えた。
(この人は……
本当に、戦う気がない)
剣も、銃も、
戦艦も、持っているのに。
夜。
私は、彼の執務室の前で、立ち止まった。
(……私は、何なのだろう)
騎士として仕え、
剣で守る。
それが、私の全てだった。
だが今、
彼の隣に立つ役目は――
剣を抜くことではない。
扉をノックする。
「……入ってください」
私は、一歩踏み出した。
「アキラ様」
「どうしました?」
深く、息を吸う。
「私は……
もう、騎士としてでは、
あなたを守れないかもしれません」
彼は、何も言わない。
「ですが……
それでも、ここにいたい」
「あなたの判断を、
一番近くで見たい」
言葉にした瞬間、
膝が震えた。
これは、忠誠の誓いではない。
命令でもない。
――選択だ。
彼は、ゆっくりと立ち上がり、
私の前に立った。
「エレナ」
初めて、名前で呼ばれた。
「あなたは、もう十分すぎるほど、
騎士でした」
そして――
「これからは、
“私の側近”として、
一緒に考えてほしい」
胸が、熱くなった。
私は、剣を外し、
床に置いた。
「……はい」
その瞬間、
私の中で、何かが終わり、
何かが始まった。
翌日。
電力網の拡張が始まった。
だが、同時に――
反対派市民の抗議も、表面化する。
怒号。
不安。
恐怖。
私は、彼の隣で、それを見ていた。
剣を持たずに。
(……守るとは、
こういうことなのか)
敵国は、遠くにいる。
だが、最大の戦場は――
この国の、人の心だ。
そして、
その戦いにおいて、
私は――
剣よりも、
覚悟を持つ者として、
彼の側に立つ。
空の向こうでは、
魔法国家が、
静かに牙を研いでいる。
外交か。
殲滅か。
その答えは、まだ出ていない。
だが、私は知っている。
この男は、
世界を壊すためではなく――
選ばせるために、
力を持っているのだと。
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