偽りの断罪で全てを奪われた僕は、復讐の鬼となり偽善者たちの楽園を焼き払う

@flameflame

第一話 崩壊の序曲と断罪の教室

私立晴翔学園の放課後は、いつも穏やかな喧騒に包まれている。西日が教室の窓から差し込み、舞い散るチョークの粉をキラキラと照らす光景は、俺、湊遥輝(みなと はるき)にとって日常そのものだった。

高校二年生の春。特に秀でた才能があるわけでもない、成績も中の上、運動神経も人並み。そんな「普通」を絵に描いたような俺だが、たった一つだけ、誰にも譲れない幸福があった。


「遥輝、ちょっと聞いてる?」


不意に視界を遮るようにして、目の前に美しい顔が近づいてくる。一ノ瀬沙織(いちのせ さおり)。家が隣同士で、物心ついた頃からきょうだいのように育ってきた幼馴染だ。長い黒髪を耳にかけ、少し呆れたような瞳で俺を覗き込んでいる。才色兼備でクラスの委員長も務める彼女は、密かに学園のアイドル的な扱いを受けているが、俺にとっては昔から変わらない、口うるさくて世話焼きな沙織のままだ。


「あ、ごめん。昨日の課題のこと考えてた」

「もう、真面目なんだから。今日の帰り、駅前の本屋に寄るんでしょ? 参考書見たいって言ってたじゃない」

「そうだった。忘れてないよ」

「嘘つき。今の顔は完全に忘れてた顔だもん」


沙織はふふっと笑うと、机の上の筆箱を鞄にしまい始めた。その何気ない笑顔を見るだけで、胸の奥が温かくなる。俺たちはまだ明確に「付き合っている」という言葉を交わしてはいなかったが、周囲からは公認のカップル扱いを受けていたし、俺自身も近い将来、彼女に想いを告げるつもりだった。この穏やかな関係が、いつまでも続くと信じて疑わなかった。

そう、あの男が現れるまでは。


教室のドアが勢いよく開き、数人の女子生徒に囲まれて入ってきたのは、一ヶ月前に転校してきたばかりの西園寺蓮(さいおんじ れん)だった。

整った顔立ちに、流行りの髪型。人当たりの良い笑顔と、洗練された物腰。父親が大企業「サイオン・ホールディングス」の重役だという噂もあり、彼は瞬く間にクラスのカースト最上位に君臨していた。


「あ、一ノ瀬さん! まだ残ってたんだ。よかったー」


蓮は取り巻きの女子たちを上手くあしらうと、爽やかな笑顔を浮かべて沙織の机へと歩み寄ってきた。俺の存在など、まるで道端の石ころであるかのように視界に入っていない様子だ。


「西園寺くん、どうしたの?」

「いや、昨日の数学のノート、どうしてもここが分からなくてさ。一ノ瀬さん、教えるの上手いって聞いたから」

「え、私でよかったらいいけど……」

「本当? 助かるよ! お礼に今度、美味いカフェ連れて行くからさ」


沙織は少し困ったように俺の方をチラリと見た。俺は苦笑しながら、小さく頷く。沙織は真面目で人が良い。困っている人を放っておけない性格なのだ。蓮はそんな沙織の性格を見透かしたように、距離を詰めてくる。

俺は胸の内に湧き上がる黒いモヤのような不快感を押し殺した。嫉妬だ、と自分に言い聞かせる。蓮はみんなに優しい人気者だ。俺が勝手に敵対視しているだけだ、と。

だが、蓮がふとした瞬間に俺に向ける視線には、爬虫類のような冷たさが宿っている気がしてならなかった。値踏みするような、あるいは嘲笑うような、粘り気のある視線。

それが気のせいではなかったことを、俺はすぐに思い知ることになる。


翌日のホームルーム。

いつもなら担任の教師が気だるげに連絡事項を伝えるだけの時間が、今日は異様な空気に包まれていた。教室に入ってきた担任の佐々木は、いつも温厚な表情を消し去り、厳しい顔つきで教卓に手をついた。


「全員、席に着け。今日は大事な話がある」


ざわめきが波のように引いていく。佐々木のただならぬ様子に、クラスメイトたちは顔を見合わせ、緊張した面持ちで口を閉ざした。

俺は隣の席の沙織と視線を交わす。彼女も不安そうに眉をひそめていた。


「昨日、女子更衣室から、女子生徒の体操服が数着盗まれた。それと同時に、部室棟から部費が入った封筒も紛失している」


教室内から「えっ」「嘘だろ」「キモッ」という囁き声が漏れる。盗難と盗撮、あるいは覗き。学園内でも最悪の部類に入る不祥事だ。


「警察への通報も検討しているが、その前に学校側で調査を行うことになった。今から全員の鞄とロッカーを検査させてもらう。拒否する者は共犯とみなす」


佐々木の言葉は絶対だった。生徒たちは不満げな声を上げつつも、潔白を証明するために鞄を机の上に置き始めた。

俺もまた、何のためらいもなく通学鞄を机に乗せた。当然だ。俺は何もしていない。犯人が誰かは分からないが、早く見つかって解決すればいい。そんな他人事のような感覚でいた。

佐々木と、生活指導の教師が二人掛かりで、前から順に鞄の中身を改め始めた。教科書、ノート、筆箱、スマホ。プライバシーなどあったものではないが、今のこの空気の中では誰も文句を言えない。


「……湊、次はお前の番だ」


佐々木が俺の机の前に立つ。俺は「はい」と短く答え、鞄の口を大きく開けて差し出した。

佐々木の手が、俺の鞄の奥へと伸びる。参考書や部活のタオルが取り出され、机の上に並べられていく。

その時だった。

鞄の底板の下から、見慣れないビニール袋が引きずり出されたのは。


「……なんだ、これは」


佐々木の低い声が、静まり返った教室に響いた。

俺は自分の目を疑った。全く身に覚えのない、黒いビニール袋。佐々木がそれを逆さまにすると、中から赤や青の布切れがどさりと机の上に落ちた。

それは、女子生徒の体操服だった。しかも、一着や二着ではない。さらには、茶封筒――「バスケ部部費」と書かれた封筒までが転がり落ちてきた。


時が止まったような錯覚。

俺は呼吸をするのも忘れ、目の前の光景を凝視した。

(なんだこれ……? なんで俺の鞄に……?)

思考が真っ白に染まる。状況が理解できない。これは悪い夢か何かなのだろうか。


「湊……お前、これはどういうことだ」


佐々木の軽蔑を含んだ視線が突き刺さる。


「ち、違います! 俺じゃない! 俺はそんなもの知りません!」


声が裏返る。必死に否定するが、現実は残酷なほど明確に目の前に横たわっている。

クラス中の視線が、一斉に俺に集中した。さっきまでの「クラスメイトを見る目」ではない。汚物を見るような、生理的な嫌悪に満ちた目だ。


「知らないわけがないだろう! お前の鞄の、底板の下から出てきたんだぞ!」


佐々木の怒鳴り声に、俺は肩を震わせた。

誰かが入れたんだ。俺をハメるために。でも、誰が? いつの間に?

混乱する俺の耳に、聞き覚えのある、しかし酷く演技がかった声が届いた。


「先生、ちょっと待ってください」


席を立ち上がったのは、西園寺蓮だった。

彼は痛ましそうな表情を浮かべ、まるで友人を庇う聖人のような仕草で俺と佐々木の間に入ってきた。


「湊くんがそんなことするはずありません。きっと何かの間違いです。……でも」


蓮は言いよどみながら、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。


「僕、すごく迷ったんですけど……。もしこれが、湊くんの為になるならと思って」

「西園寺、どういうことだ?」

「実は……昨日、湊くんからMINEで、こんなメッセージが届いたんです」


蓮はスマホの画面を佐々木に見せ、そしてわざとらしくクラス全員に見えるように掲げた。

そこには、俺のアカウント名とアイコンで、信じられない文章が綴られていた。


『やっと手に入れたわw 沙織の友達の美優の体操服。匂いやばいw』

『部費もちょろまかしたから、これで週末遊ぼうぜ。西園寺も一枚どう?』


スクリーンに映し出されたトーク画面のスクリーンショット。それはあまりにも精巧で、俺自身ですら一瞬「送ったのか?」と錯覚するほどの出来栄えだった。しかし、断じて送っていない。俺のスマホはここにある。


「な……! 嘘だ! そんなMINE送ってない! それは捏造だ!」


俺は叫び、自分のスマホを取り出そうとしたが、生活指導の教師に取り上げられた。


「西園寺……お前、なんてことを」

「ごめん、湊くん。僕、最初は冗談だと思ってたんだ。でも、本当にこんなことになってるなんて……。友達として、罪を償ってほしくて」


蓮は悲しげに眉を下げ、完璧な「裏切られた善き友人」を演じきっていた。だが、俺は見てしまった。彼がうつむく瞬間、口元が微かに三日月形に歪んだのを。

その目は笑っていた。愉快でたまらないといった様子で、絶望する俺を見下ろしていた。

こいつだ。

こいつが全部仕組んだんだ。

体操服を入れたのも、部費を盗んだのも、この偽造MINEを作ったのも。


「最低……」


教室のどこかから、小さな呟きが聞こえた。

それは連鎖し、波紋のように広がっていく。


「うわ、マジかよ湊」

「あいつ、そんな奴だったのかよ」

「美優ちゃんの体操服盗むとか、変態じゃん」

「死ねばいいのに」


かつての友人たち。親友だと思っていたバスケ部の健太(けんた)でさえ、俺を睨みつけている。

「湊、お前……俺たちの部費まで盗んだのかよ。見損なったわ」

「違う、健太! 俺じゃないんだ、信じてくれ!」

「証拠が出てきてんのに往生際が悪いんだよ! お前が裏で俺の悪口言ってるって西園寺から聞いた時は半信半疑だったけど、やっぱりクズだったんだな!」


健太の罵倒が胸に突き刺さる。違う、そんなことは言っていない。

だが、今の俺に誰が耳を貸すだろうか。

俺はすがるような思いで、隣の席を見た。

沙織。

幼馴染の彼女だけは、俺の潔白を信じてくれるはずだ。昔からずっと一緒にいたんだ。俺がそんなことをする人間じゃないことくらい、分かってくれているはずだ。


「沙織……! 嘘なんだ、信じてくれ! 俺はやってない!」


俺は必死に沙織に手を伸ばした。

しかし、沙織の反応は、俺の心を粉々に砕くものだった。

彼女は青ざめた顔で、俺の伸ばした手をパシッと振り払ったのだ。


「……触らないで」


その声は震えていたが、拒絶の意志は明確だった。

沙織の瞳には涙が溜まっていたが、それは俺への同情ではない。軽蔑と、恐怖と、失望の色だった。


「沙織……?」

「見たくない。湊が、そんな人だったなんて……。私、ずっと湊のことを信じてたのに。幼馴染だからって、一番近くにいたのに……」


彼女の視線は、机の上に散乱した体操服と、蓮が提示したMINEの画面を行き来している。

彼女の中で「真面目な幼馴染」の像は崩れ去り、「裏で変態行為を働く最低な男」という像が完成してしまったのだ。蓮の用意した証拠は、あまりにも状況証拠として完璧すぎた。そして沙織は、真面目すぎるがゆえに、「提示された証拠」を疑うことを知らない。


「違うんだ、これは西園寺が……!」

「西園寺くんを悪く言わないで! 彼は勇気を出して告発してくれたのよ!? 自分がやったことを認めないで、人のせいにするなんて……本当に最低!!」


沙織の叫びが、教室に響き渡る。

それが決定打だった。

クラスのアイドルである沙織、そして被害者の親友である美優、さらにカースト上位の蓮。彼らが俺を「黒」だと断定した瞬間、この教室という小さな社会において、俺の冤罪は「真実」として確定した。


「湊、職員室へ来い」


佐々木が冷淡に言い放ち、俺の腕を掴む。

俺は抵抗する気力すら奪われていた。

引きずられるように教室を出る際、俺は振り返った。

クラスメイトたちの冷ややかな視線。スマホを向けて動画を撮っている奴もいる。Twotterやアウスタに拡散するつもりだろう。

その中心で、沙織は顔を覆って泣いていた。美優が彼女の肩を抱き、慰めている。

そして、その横で。

西園寺蓮だけが、俺をまっすぐに見つめていた。

彼は教師や他の生徒に見えない角度で、ニヤリと唇を吊り上げ、声に出さずにこう言った。


『ざ、ま、あ、み、ろ』


全身の血が逆流するような感覚。怒りで視界が赤く染まる。

だが、俺にはもう、反論する言葉も、彼を殴り飛ばす権利も残されていなかった。

閉ざされた教室のドアの向こう側で、俺の青春は、尊厳は、そして未来は、あいつの安っぽいゲームの駒として踏み躙られ、完全に殺されたのだ。


廊下を歩く俺の足取りは鉛のように重かったが、胸の奥底では、今まで感じたことのないほど昏い炎が燻り始めていた。


(許さない……)


涙は出なかった。代わりに、どろりとしたどす黒い感情が、心臓を鷲掴みにしていた。


(絶対に許さない。西園寺蓮、沙織、健太、美優……俺を信じなかった全員、俺を陥れた全員……)


この日、湊遥輝という「普通に良い人」は死んだ。

そして、復讐という名の地獄の業火だけをその身に宿した、亡霊が産声を上げたのだった。

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