第13話

 ーーさらにさらに、一時間後


「なっ、なんで......なんで、アンタが、そんなんになってんのよぉぉ?!」


「...ヒック......ぐへぇ」


「私の方が何倍も飲んでたわよね?! ノアって、そんなにお酒に弱かったの?! 言ってくれればよかったのに...」


 そんなこと、クラリスの前で言えるわけ、ないだろ...。

 ああ〜、クソ。頭が、ボーっとして、動け、な、い..........わ.......................



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 〈クラリス〉


「ちょっと?! ねぇ、ノア! 返事してよ、ねぇ!!」


「あー、お客さん。そりゃ、もうダメっすね。当分起きないっすよ」


 通りかかった店員さんが、呆れた顔で笑った。

 .......嘘でしょ。


「えっ...本当、ですか...?」


「はい、長くやってるんで、よく分かるっすよ。なんで、そういう時は、できるだけ早く外の空気を吸った方がいいっすね! 先、片付けちゃいますね!」


「あ、ありがとう、ございます...」


 私は最初に一気に飲んだから、時間が経って酔いから覚めることができた。でも、ノアが...。


「くかー、...すー、すー、すー、......」


 まっ、まあ、私は友人だし、それくらい...別に......。


「はぁ。すみませーん、お会計いいですかー」


「はーい。少々お待ちくださーい」


 ...私が、背負っていかなきゃ...いけない、か......。


「はい、失礼します。伝票確認しますねー。...うん、うん。合わせて、3503ミリス、ぴったりですね。こちら、領収書になりまーす。またのご来店、お待ちしておりまーす」


「ありがとう、ございます。...はぁ」


 とりあえず、早く店を出なくちゃ。もう十時過ぎてるし......。


「んしょっと!」


「あら、珍しいですね」


「え?」


 食器を片付けている店員さんが、突然話しかけてきた。


「大抵、彼氏さんが彼女さんを背負うことが多いんですがねぇ。彼氏さんを背負うとか、なかなかキツいでしょう?」


「...なっ、ななっ、な...わっ、私達は、べっ、別に、付き合ってなんか、いない...です...」


「えっ、そ、そうなんですか?! 失礼しました、私、てっきり、カップルなのかと」


「いっ、いえいえっ、別に...」


「じゃあ、気をつけて帰ってくださいねっ」


 すごく、なんだか全てを見透かされているような、笑顔だ。こっ、怖い...。


「ありがとう、ござい、ます...」


 ーーガラララ


 ...私達、そんなにカップルに見えたな、かなぁ...。


 とりあえず、ノアの実家なら、知ってるし...歩き、ますか...。


「・・・・・・」


 ...なぜか、さっきの店員さんの声が、頭から離れない。


 ノアの吐息が聞こえる。その度に、私の鼓動は、一層うるさくなる。言い訳をしようとすればするほど、耳たぶが熱くなるのが、わかる。


 分かってる、私はもう、とっくの昔に、わかってるのに。


「んん...っ.........リス.........」


「ふぇっ?! おっ、起きてるのっ?! 起きてるなら自分で歩きなさいよっ!」


「......むにゃ...むにゃ......」


 でも、その後には意味不明な声を発するだけで、再び眠りについてしまった。


「なんだ......寝言.........。びっくりさせないでよ...」


 安堵したのも束の間。

 ノアは体の力が一気に抜け、頭が、私の肩に、静かに預けられた。


 ...こんな無防備なノア、初めて見た。今なら、ノアにだって、勝てるわよね。きっと。

 まあ、そんなこと、できるわけない。それに、寝てるノアにすら、もしかすると負ける可能性だってなくはないし...ノア、だものね。


「すーっ、...すー、...すーっ、...」


 ちょっ、近いっ...っ。


「...あっ」


 着いた。三回くらいだけだけど、行ったことがある。ノアの、実家。


 こいつが今どこに住んでるのかは知らないけど、まあ、ここでいいでしょ。


 私は、トントントンと、戸をたたいた。


「すみませーん、誰かいますかー」


 その声に、家の中から小さく足音が聞こえる。


「すみません、どちらさ、ま......あら、クラリスちゃんじゃない!! ねえあなたっ、クラリスちゃんが――」


「ああっ、いっ、いいですからっ。ノアを、運んできただけですからっ」


「そう? ...ん? こんな夜に、ノアが、..クラリスちゃんの、背中にっ?!!」


 エリスおばさんは、なぜか顔を手に当てて言った。


「くっ、クラリスちゃんっ? いったい、ノアちゃんと、どこまでいって――」


「っっ......?! どっ、どこにもいってませんっ!! ただ、ご飯食べた、だけですからっ!」


「あら、そう? ...でも、’だけ’って言う割には、妙に服装に気合が入ってる気がするんだけど...」


「きっ、気のせい、ですよっ。いつもっ、こんな服着てるんですっ、私っ」


「へぇ...でも、その綺麗な髪も...多分だけど、美容院行ったのって...きょ」


「こっ、これですかっ?! いっ、いい、ですよねっ!! 心機一転、短く、してっ、みたんですっ!」


「ふーん...まあ、いいわっ。また仲良くなれたっぽいしっ。進展があったら、また教えてねっ?」


「なっ......別に、進展、とか...」


 話しながらも、私は背中からおろして、エリスおばさんにノアを預けた。


「私に嘘は通じないわよ? 女の勘ってやつ。特にクラリスちゃんは、わかりやす過ぎるわよね」


「.........んぐっ...」


「大丈夫、私もお父さんも、クラリスちゃんの味方よっ。手伝ってほしいことがあったら、なんでも言いなさいね」


「っっ......。そ、そんな、のは......」


「ふふっ、かわいいっ。こんなにかわいい子を放っておくなんて、一体ノアちゃんは何をしてるんだか...。全く、ごめんなさいね、うちの息子が....」


「.......ひぃ..ゃ...ぁぅ.........」


「それじゃあ、これからも、ノアちゃんをよろしくね、クラリスちゃんっ」


「はっ、はひぃ......し、失礼、しました...」


「あっ、ちょっと待って!」


「......へっ?」


「クラリスちゃん、今日、うちに泊まっていかない?」


「...なっ......?! け、結構、ですっ! それではっ!!」


 ――バタンっ


「......ふぅ......」


 あの人は、最初に来た時からそうだ。なぜか、すべてを見透かされているような...。

 それに、まるで40代には見えないほど、若い。昔からずっと元気。


「・・・」


 さっきまでの温もりは、まだしっかりと残っている。......ほんっとうに久しぶりに、ノアに、触れた。


 ...まだ、言えない。


 私は、ずっと前から、わかってる。でも、言えなかった。


『えっ...ノア、それ、本気で言ってる、の?』


『ああっ。いやー、困った奴らでさ! なにせ、俺がいないとダメらしくってな、"俺"が、いないとパーティーが成り立たないとかなんとかっ。いやー、困ったもんだぜ!!』


『っっ.......』


 私に、言い返すことなんて、できるわけなかった。


 その目は、今までで一番輝いていて。あー、私なんて、きっと眼中にもないんだろうなーって、気づいてしまった。私に、入り込む余地なんて無かった。

 一回も、勝てたことなんてない。一位と二位でよく並べられていたけど、あまりにも格が違いすぎた。


 だから、本気で、その瞳に意地でも私を映してやろう、と。勝って、私の言いたいこと、全部ぶちまけてやろうと、そう、思ってたけど。

 ノアがいなくなって、勝てずに、言えずに終わって。


 でも、また、ノアに出会えた。ここなら、必ず機会はある。

 ここまで、ずっと拗らせ続けてきた。今度こそは、必ず勝って、私を見つけさせてみせる。


 ...言えないまま死ぬなんて、勘弁。


 そんなことを思いつつ、クラリスは、静かに帰路を辿るのだった。

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