狐、兄が来る

「兄ちゃん!?」


 その姿に、俺は嬉しくなって飛びついた。抱き止めてくれて、撫でてくれる。兄ちゃん、いい匂いするー!

 夜祭の控え室――小さなノック音に、元気に返事して扉開けたらいた!

 綺麗な銀色の長い髪。俺が小さい頃じゃれついてたそれを高い位置で結い上げてる。嬉しそうに耳がぴこって動いた。俺もお返事するみたいにぴこぴこしちゃう!

 里ではぼろっちい着物きてるけど、今日はちゃんとした着流し着てる~!

 かっこいい!! でも裸足で、ぺらっぺらの草履履いてるのは兄ちゃんらしい!


「なんでなんで!? 里にいるはずじゃん!!」

「うん、連れてこられた……今日は、このせが頑張るから、と」


 連れてこられた? 付喪神のにーさんたちかな!

 兄ちゃんは俺に笑いかけて、視線を動かす。俺の後ろにいる、みんなへ。

 兄ちゃんはやわらかーい感じで見てるけど、みんなぴりっとしてる。あー、仕方ないよな!

 兄ちゃん、えっちだからな!! 狐的につよつよなしるし!!

 兄ちゃんより強い狐を、俺は親父殿しか知らない!


「夜行、か」


 兄ちゃんの声は艶やかで。でも、寂しさがある。

 なんだろな? って考えて――あ、ってなった。

 多分、あの人のこと思い出してるんだ。俺は会ったことない、というか。

 俺が生まれた時にはもういなかったから知らない人。兄ちゃんの尾の一人目。

 見上げる兄ちゃんの瞳が揺れてる。

 でも瞬いたらそれが消えて、兄ちゃんはすぐ笑って俺を撫でる。俺もその手にふにゃっとなって忘れちゃう。わー、耳のくすぐりはずるい!


「みんなと楽しんでやれ」

「うん! がんばるー!」

「……このせを、よろしくな」


 ぎゅーってする俺!

 兄ちゃんの視線がまた動いて俺の後ろを見てた。

 それだけ言って、兄ちゃんは観客席で見てるって戻っていった。

 扉がパタンと閉まった途端、張り詰めてたのが解ける。


「緊張した……」

「びびる。親父たち、こういうときなんでいないのか」

「ほんとそれ」


 蓮先生たちが、はー、って長い息を吐いてる。

 んー? なんかお疲れ? これから夜祭なのにさぁ!

 そんで、白羽は笑ってる。珍しく、一つ長い息を吐いていた。


「俺も、さすがに緊張した。あの方が兄上の……なるほど」


 白羽は俺を見る。なんだその視線はぁ! 何かむず痒くなるから~。

 めちゃくちゃ優しい視線で白羽は俺を見る。なんだろな、これ。

 にしても、だ。白羽も揃いの狐耳パーカー!

 ……ってしたかったけど、羽根の都合で着れなかった。ので、俺たちが変えた!

 狐耳フード付きの、羽織に!

 さてそろそろ! 集合の時間!!


「みんな、行こう!」


 打倒、糸瀬チーム!

 

 ※


「会ってきたのか?」


 控え室に赴き弟の顔を見て、席に帰るかと歩んでいれば声がかかる。

 待ち伏せのように特別席へ続く階段にいた鴉天狗。黒髪を艶やかに後ろに流し、目元に紅を挿した男へと、狐は笑った。


「無理やり連れてこられたが、せっかくだしな」

「たまには、外に出るのも良いだろ?」

「……俺は外に出んでも構わん」


 だろうな、と瞳細めた男は笑いかける。そっぽを向いたその横顔に向ける視線は、特別なものを見る芽だった。

 ――見たいと願っている。この狐が、また昔のように空を焦がす様を。丸く穏やかになったように見え、その底に激情を抱いているのを知っているから。

 それに、今まで外に誘っても頑なに拒んでいた狐が今回は連れ出せた。やはり、あの弟を家族として少なからず思っているのは窺える。


「攻めるならこの方向だな……」

「鴉羽?」

「……上に、纏先輩たちもいる。そこで見てろ、珠那」


 零した言葉は小さく、聞こえていなかったようだ。鴉羽は道をあけ、上へと促す。

 鴉羽は共に行かない。やることがあると珠那は事前に聞いており、ああと笑う。それに見てろ、と言うのは――弟たちのことだけでは無いのがわかる。

 今日の撫でがお前の仕事だったな、と苦笑を零した。


「あまりいじめるなよ」

「は、そんなに柔じゃないだろう」


 そうだなと返し、珠那は横を通っていく。鴉羽は何も言わず見送り、その場を離れた。

 そして珠那は。


「あ。きたきた! こっち」

「……先輩たち、もう酒飲んでるのか?」

「飲むだろ~!」


 呆れた、というような声色には親しみがあった。

 これから面白いもんが見られるんだから、と付喪神の三人は笑う。

 それもそうだなと珠那もその中に混ざった。すぐに盃を渡され、酒が注がれる。花の咲くような甘い匂いの酒だった。

 それを飲みながら、思う。弟を幾度となく転がしたが、戦うのを見るのは初めてだ。

 戦いの稽古なんて一度もしたことがない。ただ、じゃれついてきたら、尻尾で撫でてやった。髪を引っ張られたときは強めに尻尾で払ったが、それでもきゃっきゃと楽しそうにしていたなと珠那は思い出す。


「勝てると思うか? 俺はどんなやつらがいるか知らんのだが」

「あー、今日は夜行の数、多いんだよな。フィールドはシンプルな、ちゃんと地面ある感じ」

「環境との相性は、今回は平等だな」

「ちゃんと噛み合えば、早々に敗退はないと思うぜ」


 なにせ、お前の弟と俺たちの子に。あの鴉羽の弟だ。

 付喪神の三人が楽しそうに、面白そうに笑う声に珠那も確かにと思う。

 簡単に負けるような生まれと育ちをしていない。それに、このせは――と珠那は瞳細めた。

 自分よりも親父殿の性質を受け継いでいる。

 簡単に負けるはずがないのだ。まだまだ子狐だが、何かあれば成長するだろう。

 太鼓の音がドォンと重く響く。夜祭の始まりだ。


『今日の夜祭、参加多数!! やー、派手なことになりそう! なぜなら今日はー……久しぶりのこいつらだぁ!』


 描かれる夜行名――FangDeal。その名と共に描かれる姿に付喪神の三人は笑いを閉じた。その反応に珠那は頭ひとつ抜けた夜行なのだろうと察する。


「やべーのいるじゃん」

「これ大丈夫か?」

「でも鴉羽の弟いるし……つか、あいついないな、鬼がいない」

「あー、ならいけるか」

「鬼?」


 飛び抜けた力を持った鬼が主要面子にいる。今日はその鬼が不在。だから勝ち目はありそうだが、簡単な相手ではないということらしい。

 いや、いなくても強くはある。だが圧倒的に差をつけて勝つことは無いと三人は断言した。


『そして~! なんと! あの蔦白の末っ子が移籍!? あっ、これこの前強いとこに放り込まれた新人ちゃんたちのとこ! 九十九~! ぷらす! こん! はね!』


 相も変わらず、ファンシーな字体で『九十九ぷらすこんはね』と描かれる。

 夜行名の下に描かれる姿。ダブルピースのこのせの姿に珠那は笑った。このせなら、やる。

 そして付喪神の三人は、はねが増えてる! と笑うのだった。



「「「こっ、このせ~!!!」」」

「えっ、なに?!」

「い、いつ夜行名変えた!?」

「!! いい名前だろ!! ちゃんと皆入ってる!!」


 へへー! 思いついた瞬間、天才! ってなった!

 すぐさま変えておいたんだよなー! ぷらすこんかあ、とも迷ったんだけど~! ぷらすこんはねのほうが語感よかった!

 ばっちりだろ! 褒めて! どやっ!


「どやじゃない、どやじゃ……」

「あとあのファンシー字体も変えたい……」

「俺はあれでいいと思うが」

「白羽のセンスはこのせ寄りか!!」

「いや……この夜行の主は、このせだろう? なら、このせにあっていると思う」

「白羽~!!」


 白羽にうんうんって頷く俺。そしたら三人もまぁそれもそう、って!


「このせ、そろそろだ」

「おっけ!」


 俺はぽひゅっと狐の姿になる。なんと! 狐になっても! この羽織は着たまま!

 お金かかったけど……姿に合わせて変わる、そういう特別なものを作った!

 そんで白羽を見る。白羽は俺を抱き上げて、そして肩へ。

 俺のポジション、ここ! 準備はばっちり!

 今日のフィールドは、参加数多かったから突然水ポチャとかはないらしい。

 それはめちゃ安心、何度も夜祭出てる白羽情報!!


「最初は動かない。俺達の狙いは、FangDealだけだ。数合わせの一人は無視でいい」

「おっけ!」

「白羽、このせを頼むぜ」

「ああ。蓮、映澄、琉珀も簡単に倒れるなよ」


 白羽に向かって、蓮先生が笑う。

 俺の力はお前が、この二人の次に知ってるだろ、って。白羽もそうだなって、拳突き出す。

 蓮先生と映澄師匠と琉珀さんが拳合わせた。俺も合わせたい!!

 だからぴょんと、その拳の上に抱きつくみたいに乗った。

 仲良し!!


「勝とうー!!」

「……このせを、勝たせる」

「よし、やるぞ。最初は」


 逃げる――それが作戦!!

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