コットンホワイトの告白

Lainez

第一話:白色

「……おっし、良い感じだな」


 電子レンジから耐熱容器を取り出し、キッチンペーパーを丁寧に取り除く。

 独り言で呟いたとおりに、真っ白な木綿豆腐は良い感じで水切りが完了。白井綿衣子(しらい めいこ)は出来の良さに満足して、ニヤリと微笑みました。

 年齢は今年で三十一歳。身長は159cm、健康的な小麦色の肌で、栗色の髪は『手入れが面倒臭いから』とザックリ超ショートカットにしています。


「おっし、良い白色だな~」


 そんな綿衣子めいこの背後に回り、ミニスカートを捲り上げて中のショーツを嬉しそうに鑑賞する、怪しい女性の影。


「……あのさあ、キヌ。いっつも思うんだけどよ、その手クセ何とかなんねぇのか?」

「まあ習慣みたいなものだから、いよいよ諦めよう、綿衣子~♪」

「何が『いよいよ諦めよう』だ、いい加減にしろっ」

「うひゃあ、ゴメンゴメン~」


 凄んだ声を出す綿衣子に対して、キヌ――綿衣子と同居している、本白水絹華(もとしらみず きぬか。長いので『キヌ』で良い)は、ヒラヒラと両手を振りながら退散しました。

 彼女も今年で三十一歳。身長は綿衣子より少し高めの165cm、艶やかな黒髪ロング・色白のスレンダーな体格で、整った顔立ちの彼女を綿衣子は『年齢不詳の美女』だと思っています。


「ったく。もうすぐできるから、テーブル拭いとけ。あと手洗っとけよ」

「手は今洗ったよ~。……あっ、今晩のも辛子マシマシでお願いね~」

「もうガッツリ入ってるから、心配すんな。今晩も二人で火を吹いて、タップリ汗かこうぜ」

「おおう、さんきゅう~」


 キヌはフワフワとした口調で答えながら、ウエットティッシュでテーブルを拭き上げていきます。

 綿衣子はそれをチラリと確認すると、豆腐を手の平に乗せて視線をコンロの方へ。フライパンの中には作り置きしておいた、唐辛子で赤黒く染まっている挽肉ダレが主役の到着を待ち侘びていました。

 包丁で木綿豆腐を一口大に切って、フライパンに投入。崩しすぎないように、ゆっくりとかき混ぜながら煮立てていきます。


「テーブル拭いたよ。今日はこれで十分労働したから、もう一杯いただくね~」

「好きにしろ。……ああ、オレも一本もらって良いか?」

「うん、味は何味が良い~?」

「レモンで頼むわ」

「おっけ~」


 綿衣子の背中で、冷蔵庫のドアが開閉される音が聞こえます。大量にストックされているチューハイ缶(500ml)二本をキヌが取り出したのでしょう。

 キヌは本日すでに三本目で、呂律は見事に回っていません。まあ彼女は大体こんな感じで毎日酔っており、しかしいくら酔っても暴れたり泣いたりはせず、やることはせいぜい先程の軽いイタズラ程度でしたので、綿衣子はキヌを強く咎めることはしませんでした。


 季節は六月中旬で、時刻は午後の六時。

 外は大粒の雨が降っており、二人の住む2DKアパートの旧い屋根を強く叩き続けています。


    *


 綿衣子のアパートにキヌが転がり込んできたのも、約三ヶ月前の似たような雨の日でした。


 季節外れの雪が雨に変わった直後の出来事でしたので、キンと冷える雨で身体も長髪も濡れたキヌは全身ガクガクと震え、肌は真っ青、唇も紫色に染まっており、『このままではキヌの生命が危ない』と思った綿衣子は慌てて彼女を部屋に招き入れて、濡れた服を脱がせた上でお湯を張った浴槽にブチ込んだのです。


 キヌはその後も高熱にうなされ続け、綿衣子は仕事を休んで彼女に昼夜付き添って看病していました。


奈々子ななこ、奈々子~」

「オレは奈々子じゃねぇ、綿衣子だ」

「奈々子~」


 朦朧とした意識でキヌが発する譫言は、綿衣子の神経を強く苛立たせます。

 この譫言の女性……奈々子(ななこ)という人物は、綿衣子とキヌにとって大学で知り合った親しい友人でした。大学を卒業して社会人になり、三十路前になってからもその付き合いは続いていたのですが……何の前触れもなく、奈々子は自分達の前から姿を消してしまったのです。


 正確には、奈々子がチャットのグループから無言で抜けただけなのですが、理由をまったく話さずに消えてしまったので、一体どうしてしまったのか真相を知ることはできませんでした。綿衣子は奈々子に対して、電話か、もしくは直接会って理由を訊こうともしたのですが……グループ内の別の友人から「去る者は追わなくて良い」と強く止められてしまい、これを断念しています。

 程なくして、後を追うようにキヌも無言でグループから抜けてしまい、綿衣子の友人同士の輪はアッサリと壊れてしまったのでした。


「奈々子、奈々子~」

「だから奈々子じゃねぇって。それ以上間違えると外に放り出すぞ」

「奈々子~」

「……ちっ。まあ、今はしょうがねぇか」


 抗議するのを諦めた綿衣子は、キヌを横にした布団の側で一緒に眠りにつき、看病を続けたのでした。


 後日意識を回復したキヌは、奈々子の名前を呟いたことをまったく覚えておらず、「自分の部屋を追い出された」と言っている彼女を綿衣子はそのまま一緒に住まわせることにしました。

 キヌは無職を『自称』しており、部屋で一日中チューハイ缶を飲んで過ごしています。この座敷童子(?)は部屋を汚さない(※むしろ独り暮らしのときよりも綺麗にしてくれている)のと、生活費は毎月出してくれているため、追い出す理由は特にありませんでした。

 とはいえ、『働いていない』と主張している彼女は、この生活費を一体どうやって捻出しているのでしょうか。問い掛ければ素直に答えてくれそうですが、綿衣子は何となくその気にはなれません。


 そうして……綿衣子の部屋にキヌが住み着いてから一ヶ月もせずに、二人は下着ショーツを共用するようになりました。原因は二人がお互いにショーツを間違えて履いてしまい、それがお互いにピッタリとフィットしたことと、


「汚れたらマメに買い替えればイイし、アタシは全然抵抗ないよ。……ってか、綿衣子のパンツって生地が分厚くて、履き心地イイね~」


 とキヌに言われたことで、綿衣子が愛用している白色のパンツに統一する形になってしまったのでした。なお、パンツ以外の衣服はサイズが違うため別々で揃えています。


 このようにして、二人は部屋とパンツをシェアして一緒に暮らしているのですが……キヌが眠っている際に独り言で『奈々子』の名前を呟くことは、今でもたまにあったりするのです。


    *


「――――しまった」


 回想に浸っている間に、豆腐が十分に煮立ってしまいました。

 綿衣子は慌てて水で溶いた片栗粉を流し込んで、料理にとろみを付けていきます。火を止めて、カレー皿にご飯をよそい、完成した麻婆豆腐を上からかけて『麻婆ライス』が完成。別々の皿に盛るよりも洗い物が少なく、何よりこの食べ方が一番美味いと綿衣子は思っていました。


「お待たせっ」

「おおう、待ってました~」


 すでに先程のチューハイ缶は空けてしまっており、キヌの呂律はさらに回らなくなってしまっています。


「あと水とコップ持ってくるわ」

「ありがと~。タップリ汗かいて、また飲めるって訳だね~」


 綿衣子は冷蔵庫の扉を開けて、ドアポケットに差し込んである水の入ったピッチャーを取り出します。これは水道水を煮沸しただけのもので、缶チューハイと合わせてストックしてあるものでした。「水道水を煮沸するには、十分くらい時間を掛けたほうが良い」と教えてくれたのは、確か奈々子だったでしょうか。


「いただきます~」

「フライングかよ。まぁいいや、オレもいただきますか」


 綿衣子が戻ってくると、すでにキヌは自分の麻婆ライスに手を付けていました。キヌは座布団の上に膝を立てて座り、ミニスカートから白色のパンツが完全に露出している格好ですが、まあ自分もこれから同じ格好をするので無駄な指摘はしません。このパンツについても、昨日以前に自分が履いていたパンツなのでしょう。


 綿衣子はキヌのコップに水を注いでやり、続いて麻婆ライスとスプーンに持ち替えると、カレー皿に口を付けてご飯を豪快にかき込みます。


「……うん、うん」


 大豆の味がしっかりする木綿豆腐と、大粒の豚挽肉、そして唐辛子と山椒を大量投入した味噌ダレが上手く絡み合っており、いくらでもご飯が進む出来映えとなっていました。

 この麻婆ライスは綿衣子の得意料理で、キヌも大好物。毎週金曜日に習慣として作っており、それを汗をかきながら楽しむのが二人のスタイルです。


 口の辛さを洗い流すために、綿衣子はチューハイ缶の蓋を開けると、缶に口を付けてそのまま喉に流し込みました。


「ハハっ、たまんねぇな!」

「良い飲みっぷりだね。アタシももう一杯もらお~」

「オレももう一本頼むわ。味はキヌのと同じでいいぜ」

「おっけ~」


 綿衣子達の飲んでいるチューハイはアルコール度数の高いもので、早く飲み過ぎると一気に酔いが回ってしまう危険な代物。しかし今回の麻婆ライスの辛さは綿衣子の予想以上で、チューハイ一缶と水だけでは足りないように思えたのでした。


「ピーナッツだけど、おつまみも持ってきたよ~」

「悪りぃな。それじゃ、今晩はトコトンまで飲みますか!」

「お~! ……あっ、綿衣子、隣に座っても良い?」

「まだ食ってるから……ああ、まぁ、いいや、好きにしろ」


 綿衣子がそう言うと、キヌは自分の麻婆ライスを両手で持つと、綿衣子の左隣に座り直し、ゆっくりと身体を寄せてきました。

 左腕が若干不自由ですが、まあ食事を続けられないことはないので、キヌが持ってきてくれた(お代わりの)チューハイ缶とピーナッツを待機させたまま、綿衣子は自分の麻婆ライスを味わい続けます。


 美味い料理とお酒、そして隣には親友のキヌ。

 オレにはこれだけあれば十分贅沢だ――――と思ったところで、『魔が差した』ようにひとつの『不安』が綿衣子の脳裏をよぎりました。


 果たして自分は、この贅沢をいつまで味わい続けることができるのだろうか?

 雨の日にフラリと訪れたキヌは、また雨の日にフラリと出て行ったりはしないだろうか?


 麻婆ライスの辛さに時折悲鳴を上げて、側に居るキヌの体温を肌で感じながら、アルコールで頭が回り始めた綿衣子はそんなことを思い、そしてすぐに忘れてしまったのでした。


    *


 しかし……。

 綿衣子がこの日放り投げてしまった『不安』は、後に『親しかった』人物によって図星を指されてしまうことになるのです。

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