第4話

一夜にして村が全滅することはなかった。

それが、残された者たちにとっての真の地獄の始まりだった。


翌朝、広場の中央で目を覚ました中村彩葉は、自分の姿を見て絶句した。

服はぼろぼろに引き裂かれ、全身がべっとりと黒ずんだ血に汚れている。周囲には、昨夜自分を襲ったはずの数人の男たちが、まるで食い散らかされた生ゴミのように転がっていた。


『……うそ。……やだ』


彩葉は震える手で自分の顔を触った。

頬には、誰のものかもわからない肉片が付着している。

しかし、恐ろしいことに、

あれほど自分を苦しめていた毒の痛みは消え去り、体中には忌々しいほどに漲るような

活力が溢れていた。


村人たちは、生き残った。

だが、彼らはもはや彩葉を殺そうとはしなかった。いや、できなかったのだ。

彼らは家々に立てこもり、戸締りを厳重にし、ただ怯えながら夜を待つだけの存在に成り下がっていた。


その日の夜、彩葉はまた”眠った”。

深い、深い眠りの底で、彼女は夢を見た。

村の皆と、仲良くお膳を囲む夢だ。


「さあ、彩葉。もっとお食べ」


誰かの優しい声が聞こえる。彩葉は嬉しくて、差し出された”肉”を夢中で頬張った。温かくて、とても甘い。


……目を覚ますと、そこは隣の家の台所だった。

食卓の上には、まだ温かいスープが置かれている。そしてその横には、昨日まで彩葉に石を投げていた少年が、喉を大きく抉り取られた姿で転がっていた。

彩葉の胃の奥からは、満足げな”くぷり”という音が鳴る。


『あ……あはは……』


彩葉は、少年の亡骸に向かって、ひきつった笑顔で冗談を言った。


『ねえ、見てよ。私、お行儀よく食べられたかな……?』


少年の目は、虚空を掴んだまま二度と動かない。

一人、また一人。

彩葉の中の”狼”は、村人を一気に殺すような真似はしなかった。

まるで、新鮮な果実を毎日ひとつずつ収穫するように。

ある夜は郵便局員を、ある夜は逃げようとした若者を。


村から一世帯、また一世帯と”明かり”が消えていく。

太陽が昇ると、彩葉は正気に戻り、自分の爪を血が出るまで井戸水で洗った。


『やめて、もう食べたくない。殺して、誰か私を殺して!』

そう叫びながら村を彷徨うが、生き残った村人たちは窓の隙間から、憎しみと恐怖が入り混じった眼差しを向けるだけで、決して外には出てこない。


七日目が過ぎる頃には、村の空気は鉄の匂いで充満していた。

彩葉の”面白い人格”は、壊れ始めていた。

道端に転がる死体に向かって、毎日新しい冗談を披露する。


『おじさん、そんなところで寝てたら風邪引いちゃうよ! ……あ、もう息してないんだっけ。ウフフ!』


誰も笑わない。

世界から音が消えていく。

最後に残された”獲物”の家へと、彩葉の足が向くのは、もう時間の問題だった。

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