op.21『おやすみ』





 ねむれ しずかに

 月の今宵も 楽しき歌も

 おしまいにして

 目を閉じれば

 夢にゆらぐ

 おやすみまたね しずかにねむれ


 光が、顔を上げた気配がして、和沙がハッと我に返った。


「待って、待って」


 読んでいた点字の本を放り出して、大慌てで光がベッドに飛び込む。


「なに」

「寝る。ちゃんと寝るから、歌って」

「……またおれ歌ってた?」

「歌ってた歌ってた。どうぞ、いっぱい歌って」


 布団に口元までしっかり潜って光が笑い、和沙がひそかに赤くなった。


 和沙はピアノ科だったから、光ほど年がら年中歌ったりしない。せいぜい授業中くらいだ。そんな和沙が唯一、無意識に口ずさんでしまうほど好きな曲がある。


 子守歌だ。


 一番最初にその歌の話題になったのは、四歳の頃だった。光も和沙も、同じ曲のそれぞれ違う部分をしょっちゅう歌っていて、それがどうやら同じ一つの曲らしいと気付いた。どこで覚えたものかは分からない。だけど多分それは、歌詞から推測するに誰かの子守歌だ。


 二人の記憶をつなぎ合わせたそれは、一つの曲となり、寝つきが悪い光に和沙が歌って聴かせることが多かったから、必然的にその歌は和沙が歌う『光のための子守歌』になり、二人だけの子守歌になった。


「歌って」


 光にそうせがむ人は五万といるけれど、和沙に歌をせがむ人はあまりいない。そして、高凌の歌姫にむかって歌を歌ってやれる人間も。


 光にせがまれて和沙がベッドに腰掛けた。

「ねむれしずかに 月の今宵も楽しき歌もおしまいにして……」


 さっきまであれだけうるさかった光が、それはそれは静かになってしまうのがおかしくて愛おしくて、和沙も、光に子守歌を歌ってやるのは嫌いではなかった。

 今日は映画館に行ったからだろう、疲れて、いつもにもましてあっという間に光は眠りに落ちた。和沙は光の髪を撫ぜてから、部屋の電気を消した。


「……おやすみ」

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