op.20『映画観に行かないか?』






 翌日の放課後。達哉の動きは早かった。


「映画観に行かないか?」


 学校を出たレンガ橋の上。突然の達哉の申し出に、和沙と委員長が一瞬呆けた。光が「ん?」と首を傾げ、我に返る。


「たっ……達っちゃん」

 委員長が達哉の腕を引く。


 目が見えない光がいるのに、映画はないだろう。昨日の件だけではなく、今までだって、映画に行こうという話題になったことは一度もない。言い合わせたわけではないけれど、それは、四人にとっては当たり前の日常だった。


 達哉が光の手をとって、自分の頬にやった。表情を伝えたいときいつもそうする。


「光、その映画な、絵は大したことないけど内容が深いんだ。その分すっごい説明的なセリフばっかで、多分おまえにも解ると思うんだ。先におれ、設定だけ説明しといてやるから、解ると思うから」


 委員長と和沙はハラハラしながら光の顔色を見た。

 達哉の考えは分かる。

 昨日の傷を癒すためには、光を映画館に連れて行くのが一番なのだろう。だが、それにしてもだ。


 きょとんとしていた光は、

 達哉の提案の意味を理解して、真っ赤になった。


「わ……ほんとに? 連れてってくれる?」


 達哉の腕を掴んだ。


「じっとしてるの苦手とか言うなよ」

「言わない。おれ、行きたい、行きたかった、映画館」

「ほんと?」

「行きたかった、行きたい、映画おれも」

「わかったわかった」

「達哉!」


 光が、嬉しさあまって達哉に抱き着いてしまう。

 なぜ達哉には、全部解ってしまうのだろう。

 映画なんか、もうずっと、映画館なんか行きたかった。

 だけど、見えないけれど行ってもいいかとはどうしても言い出せなかった。

 三人が自分のために、映画と言う娯楽を諦めていることだってちゃんと知っていた。


 映画がどんなものかくらいは知っている。多分、行けば座っているだけだ。なんとでもなる。

 だけど、どこだって自分が行けばみんな大変だろう。目が見えない自分を連れて行くことが、どれだけ負担か。

 疲れさせるだけだ。そう思うと言えなかった。


『映画観に行かないか?』

 初めてそんなこと訊いてもらった。嬉しくてたまらない。


 光の様子を見て、和沙がふっと笑みをもらした。


「……一度帰って、着替えて行こうね」

「うん!」


 あっという間に光が駆け出す。


「走るなー」

 レンガ橋の先で光が笑う。それを見て達哉と委員長が幸せそうに笑った。


 和沙は、声を出さずに、二人にぺこりと頭を下げた。二人はただ、小さく頭を横に振った。




******************************************************


「音がすごかったね! ちゃんと、解ったよ話も。ねぇきっと全国でもいないよね、見えないのに映画館いるやつ、ふふふ嬉しい」


 光の興奮は映画館を出てからもおさまらなかった。

 ファミレスで食事をとりながら、光は何度も達哉に礼を言った。


「達哉、映画連れてってくれてありがとう」


 ぺこりと頭を下げる。


「……うん」

「おれみんなと一緒で嬉しかった。おれが行けば和沙も行けるし! また行く? またおれも行ける? おれ、話どうでもいい、映画館でみんなでポップコーン食べるの好き。二時間食える」

「だと思った!」

「達哉大好き!


 よほど嬉しかったのだろう、今日はいつもに増して光が達哉の腕を放さない。本当に嬉しいとき光は、小型犬のようになってしまうので達哉は『わかったわかった』と悲鳴をあげている。和沙と委員長は、飲み物を取りに行った光と達哉がドリンクバーの前でじゃれあうのを嬉しそうに見ていた。


 手を取り合ってじゃれあう二人の姿は、珍しいものではない。


「……あのまま大きくなったなぁ、二人とも」


 委員長が言って和沙が吹き出した。


「きっとおれらも、たいして変わってないよ」

「たしかに」


 和沙が光のお膳から御飯茶碗をとり、残ったお米を集めた。

 戻って来た光にそれをそっと差し出す。


「はい光、最後ひとくち」

「はーい」


 目が見えない光が、どうしても取り残してしまう米粒を和沙はいつも綺麗に集めてくれた。それは五歳から続けられた優しい時間だった。


「和沙、おれデザート食べていい?」


 最後の一口を上手に食べて、それを和沙に見せて許可を求める。


「さっきポップコーン二時間食ってたくせに」


 光が、見えないメニューをバシバシ叩く。はいはいと、和沙がメニューを読み上げる。

 光はそれを聞いていたが、途中で和沙の声は聞こえなくなった。


 嬉しい。


「……映画、楽しかったぁ」


 光がまた嬉しそうに呟き、和沙と達哉と委員長は、それだけで自分たちも倍も幸せになって目を見合わせた。

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