当時の鉄砲は命中精度が低くいので、こんな精密な撃ち方をする意味がないと思います。50メートル離れたら、名人でも狙った的には当たりません。なので出来るだけ至近距離で多数を横にならべて一斉に射撃し、手数でそれを補うのが基本です。
長篠当時の武田軍は、弾や玉薬の調達にも苦労しており、戦場では悪銭を鋳つぶした弾が発見されています。つまり鉛ではなく、鉄とか銅が原料の弾を一部で使用していたのです。鉄や銅の弾は発射すると変形して、余計に当たりません。
大坂夏の陣で伊達政宗が鉄砲の馬上射撃を実施している例はありますが、威嚇効果以外なかったと言われています。馬に乗ったまま撃って当たる様な兵器ではないのです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
説明不足ですみません。パルティアンショットは弓になります。モンゴル騎兵が得意とした戦術です。
鉄砲騎馬は伊達政宗が配備してたようですが、ご指摘のように当たるための射撃ではなかったようですね。日本だと流鏑馬の変形になりますが、おそらく長弓は難しいと思いますのでやはり50メートル以内の距離を保ちながらの戦闘になったと思います。
関ケ原の根本原因は、朝鮮に出兵した側と、国内に残留した側での対立です。理由は至極簡単。朝鮮に出兵した側は、公儀(豊臣政権)の命令に従い、莫大な戦費を自前で費やして朝鮮に出兵したのです。正当な恩賞を貰えなければ、疲弊した領国が立ちゆかない…、だからそれをよこせ!一方、公儀側にしてみれば、戦果が上がらず、新たに得た領土もないのだから、無い袖は振れない…。この対立は非常に深刻で根深く、思い悩んだ石田三成は、ある解決策を考えます。それは家康さんを担いでいる朝鮮出兵大名共をどこかに集めて纏めて屠り、その所領を没収して、不満を持つ大名に恩賞として与える…という策です。これが私は根本だと思います。前田利家ひとりでどうにかなるとは思えない…。
作者からの返信
コメントありがとうございます。初めて聞く考察です。勉強になります。
実際のところはどうなるかはわかりませんが、利家のリーダーシップなら少なくとも賤ヶ岳の7本槍がほとんど家康につくことはなかったんじゃないかなと思います。
新選組は最盛期でも100人もいなかったと思います。言葉もわからない、多少腕が立つ程度の歩兵100名くらいが南北戦争に参加しても、何の成果もないと思います。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
ゲリラ的な戦いや少数精鋭の部隊も多かったようです。スチュワート騎兵も総勢で1000人くらいなので数百規模の部隊の活躍はそれほど不思議ではないと思います
当時の台湾の経済規模によるかと思います。多少人がいる程度で、殆ど開拓されていないと仮定するなら、占領した側はインフラの初期投資がかなり必要になります。でないと一銭にもなりません。
だったら、日本の自分の領土に対するインフラに投資しようと思うのでは?
九州ですらインフラ未整備なのに、わざわざ台湾に出張って投資する価値はないかと。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
オランダの拠点と、沿岸部に少数民族が住んでるような状態だったようです。遠征目的が実利というより領土獲得であれば朝鮮ほど無理せず攻略できたのかなと思います。
第20話「売電農村」が日本を救った世界線【改訂】への応援コメント
需要問題:農村で発電しても、当時の農村に電気の買い手がいない。
売電先の産業・都市インフラが先に必要。
系統問題:小さな発電点がバラバラにあっても、電力網として統合しないと使い物にならない。
資本問題:欧州から発電機をまとめ買いする外貨をどこから出すのか、という鶏と卵
季節変動:日本の川は渇水期と洪水期の落差が大きく、安定供給が難しい。
どうでしょうか?
作者からの返信
コメントありがとうございます。
全部ご指摘通りですね。少し話を端折りすぎました。
おそらく段階的にしか導入はできなかったかと思います。20年くらいかけて育てるインフラ整備ですね。そのうち改訂します。ご指摘ありがとうございました。
第5話 日本、資源は“戦争以外”で取れた説【改訂版】への応援コメント
当時の日本やオランダにははそれなりの付加価値を付けた上で販売可能な、国際競争力のある産品がありません。故に通貨やオランダとの共栄圏を整備しても絵にかいた餅です。油田がみつかるかどうかも当時の技術水準だと怪しいものだし、オランダにはそもそも満州に原油のプラントを建設する様な資本力がありません。絵にかいた餅だと思います。
作者からの返信
鋭いご意見ありがとうございます。ドイツのレンテンマルクがうまくいってたので満州の土地=鉄道沿線地域でもいけるかなと安易に考えてました。勉強し直します。
晩年につれて(日本海海戦後?)トンデモ奇人になったという記述を見たような…
作者からの返信
宗教に傾倒したそうですね。病気の影響かなと思ってます。
第14話 大正期に「特効薬」を掴んでいたら、戦争の形は変わったかへの応援コメント
この考察は大変深いと思いますし、非常に同感です。少しお話と違いますが、私の友人の御祖父様のお話です。「ビルマの竪琴」の舞台にもなったビルマ奥地で行われた「インパール作戦」に招集され、死線を超えて命からがら日本に帰国したそうです。
御祖父様のお話によると、この作戦は兵站を一切考えない恐ろしい作戦で、おびただしい数の兵隊さんが亡くなったとの事でした。それも戦闘ではなく、退却時の死者の方が大多数だったと…飢餓と伝染病です。
戦況を変えるのが医療であることは、疑いようのない事実かもしれませんね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
インパールはNHKで帰還者のインタビューしてて、びびったことがあります。寝たら同僚に食べられるから寝れなかったって。。
違いますよ。日本は着々と覇権奪還への準備を進めているのです↓
https://kakuyomu.jp/works/822139840252429116/episodes/822139840252551168
インドやインドシナは…なかなか植民地から解放してもらえなくて近代化が…
こんにちは、コメントありがとうございました。
1860年(万延元年)に77名もの遣米使節団を送っていることを考えると、それなりの規模の人数を送り込む事は不可能では無さそうですね。
遣米使節団の受けた大歓迎を見ると、義勇兵を送ることで米国の民衆の好意的な反応を引き出す事はできそうに思います。
ただ、南部人の恨みを買うのはできれば避けたいですが⋯⋯。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
南軍北軍どちらにつけばいいのかは悩みどころですね。そこもまた一つの大きなifになりそうです。
第10話 太平洋戦争は職人技で回避できた説への応援コメント
失礼します🙇
偽札の流通による脅しとは、面白い視点ですね!
清濁交えた交渉は、時に絶大な効果を発揮しそうです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
偽札の作成までは結構やってたようです。それを交渉に使うのがアイデアですが、たぶん国際信用は地に落ちます。戦争よりかマシという判断ができるかどうかですね。
実際敗戦時の日本は国家予算の50年分くらい借金あったようなので、もともと信用ないとも言えますけど。。