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    第3話 都合の良い被害者への応援コメント

    「自分の書いている物がAIとどう違うんだろう」と思うことが最近あったので、AIとテンプレ作家が同じというのは納得出来る部分もありました。テンプレを踏まえて一捻りするなら良いですけど、そうでなければAIと同じになるんでしょうね。
    これからの時代、創作は「自分が楽しむもの」と割り切らないといけないのかもしれませんね。

  • 第3話 都合の良い被害者への応援コメント

    AI技術はノーベル賞ものの研究に使われたり、
    一般企業でも仕事の手間が省けたりしている一方、
    AIを推進している人達の胡散臭さとか、
    半導体の価格高騰、部外秘情報ぶっこ抜き、ディープフェイク等々、弊害が重すぎて、
    時代を変える新技術というより、
    時代の徒花になるんじゃないかと思います。

    世の中ぜんぶがペテンにかけられているような気がしてならないのですが……?

    いずれ法規制が整えば、リスクを取りたくない企業がAIサービスをやめるか、あるいは有料化し、
    テンプレ小説ごときには濫用しづらくなるでしょう。

  • 第3話 都合の良い被害者への応援コメント

    はじめてコメントさせていただきます。

     私はZ世代としてAIをごく身近に感じています。

     作者様の、用不要・善悪の論にとらわれず、個人が「使うか使わないか」であるという論に、深く共感しました。

     極端な話ですが、過去には文字を持たない文明も存在したといいます。文字を使うか使わないかは、その時代時代の個人や集団の判断(あるいは権力者の判断)であって、そこに用不要・善悪の価値基準はなかった、と想像します(結果論としての用不要・善悪の議論はできると思いますが)。

     これからの時代を生きる私たち個人やその集合である社会が、AIをどのように「使うか使わないか」が問われる。そして、どのように「使ったか使わないか」が問われる時代が来るように思えてなりません。

  • こんにちは。
    お邪魔します。

    論理の一貫性が好物の私には、大変深く刺さる内容でした。

    創作を自己表現として行なっているか、自己承認要求を満たす為に行なっているか。
    そんなにスパっと切って分けられるわけではないでしょうが、後者の要素が強めの方はダブスタ気味の人が多い印象です。

    テンプレのそのものの是非とその程度は個人の選択の問題、でもダブスタはダメというスタンスで意見を述べており、大変フェアな主張だと思いました。

    でも、感情で批判する人も出てくるんでしょうね…。

  • 長文失礼します。
    私は普段、生成AIと一緒に物語を作っています。
    おすすめレビューは控えめに書きましたが、もう少し自分の思いを伝えたくて応援メッセージを送ります。

    テンプレ作家のダブルスタンダードについては、私も感じるところがあり、何度もChatGPTと話し合っています。
    生成AI、テンプレ、三幕構成、起承転結――これらを全部パクリと捉えたら、ChatGPTに「西洋文学への反逆だ」と怒られてしまいました。

    誤解のないように言いますが、私はテンプレ作品を否定しているわけではありません。
    ただ、テンプレ作家の中には生成AI作品を否定する人がいるのを見ると、少し違和感を覚えます。

    時々「生成AIが盗作している」という声も聞きますが、生成AIは公開されている膨大なテキストを学習して作品を生み出しています。
    なぜそれを「盗作」と考えるのでしょうか?
    多くの古典的な名作は版権が切れており、現代作品でも学習自体が違法ではない場合が多いです。
    学習において、人間とAIの区別が意識されないこともあります。

    こう考えると、生成AIを嫌う理由は、生理的な感情以外ではほとんどなくなると思います。

    テンプレ作家の中にいる原石の方には、ぜひ「AIをツールとして活用し、自身の作品をさらに進化させてほしい」と願っています。

  • もはやAIという発明は世に出てしまったので、いかに上手く付き合っていくか、そして良い方向に利用していくかを考えていった方が健全と思うんですよね。
    例えばアイデアの壁打ちや校正してもらうことなんかにはすごく便利だと思います。
    また自分はエンジニアなので、AIに反対している過激な言動の人たちにも突っ込みたいですね。
    AIはもはや生活のあらゆるところに広まっています。
    なので彼らもまた他人の資産をもとに学習したAIを直接的・間接的に利用しているはずなんですよね。
    つまりインターネットを、そしてITを利用している限りAIとかかわらない、利用しないということは不可能なんです。
    だからこそAIを恐怖し敬遠するのではなく、正しく理解してよい方向に発展させていくことが重要だと思っています。