第2話
呪いだ。
ミナはそう思って、座り込んだ。
身体から力が抜け、どうにも立っていられなかったのだ。
ナナオと一緒に『なんでも願いが叶う祠』に行った、あの日から、ちょうど一週間。
ナナオが死んだ。
その日もいつもの日常が始まって、終わるのだと思っていた。
そう、聞いた。
クラスがざわつく。
ミナは、その音を、どこか遠くに聞いていた。
なぜ、ナナオは死んだのか。
なぜ、ナナオが死ななければならなかったのか。
ミナはエムラに尋ねた。
最近、ナナオの様子はおかしかった。
以前より頻繁に、エムラと一緒にいるところを、見かけた。
それで、学校に来なかったエムラをおばさんの店へと呼び出した。
おばさんは商店街で、小さな電気屋さんを営んでいる。
不安がるミナに、おばさんは一緒に話を聞くよ、と言って、店を臨時休業にしてくれた。
エムラは最初、来ることを渋っていたけれど、ミナがあまりに懇願するから、来てくれることになったのだが、やってきたエムラはエムラで、ヤバかった。
彼は憔悴しきっていて、髪はボサボサ、歩き方もフラフラ。
ボソボソと話す、その様は、明らかに生気が欠けていた。
ミナは泣きながら懇願し、懇願し、エムラに来てもらったわけだが、よく考えれば、悲しいのは自分だけではない。
そう気がついて、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
(エムラはあんなにナナオだ好きだったんだもの)
悲しんでいないわけなかったのだ。
そんなことも考えられないほど、ナミも動揺していた。
それでも、尋ねた。
「ナナオに、何があったの?」
どうしても、訊きたかったのだ。
エムラはボソボソ喋っていて、聞き取れない単語も多かった。
「僕らは、ただ、呪いを解こうと思って……」
「のろい? あの、祠の?」
「そう……」
「あれ、ホントの呪いだったの? 誰がやってたの? なんだったの?」
気持ちが急いて、つい質問を重ねる。
エムラは動揺し、おばさんが間に入ってくれて、なんとか会話になる状態だった。
以下、彼から聞き出せたことを抜粋する。
「実は、僕もナナオさんに頼まれて、あの祠に行ってたんです。あの光景、見ました。こんなこと言いたくないけど……ミナさんを、驚かせてって頼まれて。ちょっとした悪戯のつもりだったみたいで。なにか音を立てるだけでもいいからって。
最初は、だから、あれ、僕がやったと思ってたみたいで。でも違うって言ったら動揺しちゃって……。
僕、もし本物の呪いだったら困るから、調べ始めたんです。
あれを、誰が、なんの目的でやったのか……」
「まず、あの祠について、調べました。あの祠は、あの家の先祖が祀られているとかで、ヤバいって、ネットに出てました。都市伝説絡みの掲示板に、投稿されていたんです。ヤバいって言うのは……そこに書かれていたのは、あの家、すごく裕福で、栄えてるけど、影ではいろんなえげつないことをして、のし上がって財を築いたから、あの祠には先祖の……だから、先祖が祀られていたけれど、最初は。でも今は、先祖のせいで自殺したり、心中したり……そう言う人たちの負の感情が渦巻いているって、そう言う感じでした」
「それから、その……聞きにきましたよね、僕。ミナさんのおばさんに……。その、例の雑誌への投稿がどんなものだったのか……手紙、見せてもらって……」
『ウチの近所になんでも願いが叶う祠があります。それは私有地の中にあるのですが、長いこと誰も住んでいないし、門の鍵もかかっていないので、ひっそり侵入して願掛けする人が後を立ちません。
実は私も一度だけ、憧れの先輩とどーしても付き合いたくて、お願いに行きました。
結果は、本当に上手くいったんです!
あそこはホンモノです。是非調査してみてください!』
(たぶん女の子の書いた小さな丸文字/日付と氏名あり)
「差出人の女の子に会いに行きました。こっそり差出人の住所、覚えて……
実際に会えました。でも、その子は、あそこがなんでも願いが叶う祠だとしか知らなかったです。その、あの家への呪いだとか、そういうことに関しては、なにも。
ただ、その子が言うには……願いを叶えて欲しければ、生贄がいるんだよって。
ただ願うだけで叶うわけじゃなくて、生贄が正しければ叶う、みたいなことを言ってたんです」
「生贄が正しいって言うのは、願い事に相応した生贄ってことらしくて……。
自分の時は、ハムスターを捧げたって言うんです。自分が大事に飼っていたハムスター……願いを書いた紙と、ハムスターを入れた箱を置いてきたって。祠に。
願いを叶えるためには、自分が大切にしているものを捧げる必要があるらしくて。
だから、捧げたって。
自分で捧げたのに、可哀想なことをしたって、泣くんです。
次の日に願いが叶って、再び祠に行ったら、紙も箱もなくなっていたらしいです」
「僕、誰かが生贄を捧げて、願いを書いた紙をあんなにたくさん撒いたのかなって思いました。生贄が何だったのかは分かりませんが……あの紙を拾う、一番になる可能性が高いのは、あの家の持ち主の人かなって。だったら、あの家に強い恨みを持ち続けている人がやったのかなって」
「でも、あの家が急成長したのって、たぶん、戦後とか、バブルの時期……40年くらい昔とか、それ以上前の話ですよね。僕にはそんな昔のこと、分からないし、調べてもピンポイントには出てこなかったし、色々調べ回ったつもりだけど、結局、どうしていいか分からなくなっちゃって……」
「え、正しい生贄について、ですか? ええっと、その、彼女が言うには、例えば、テストで赤点以上が取りたかったら、大事にしている物を捧げる。ぬいぐるみとか、思い出の品とか。もしそこで、大事にしてる猫を捧げちゃったら、それは相応じゃないから、ダメなんだそうです。前に、そういう人がいたそうです。願い通りテストで赤点を取らなかったどころか、当てずっぽうが全部当たってて、100点をたくさん取ったけれど、それがカンニングだと疑われて、学校と揉めたそうです」
「そう……どういう基準で正しいか、分からないですよね。大事にしている基準だって人それぞれだし……だから失敗する人も多いみたいで。中には何度目か、わからないくらいお願いしている人もいるって話です」
「あそこら辺は、駅の近くと思えないくらい静かだからね。まさかそんなふうに他人が侵入してたなんて、所有者の彼女は考えてもなかったみたい」
おばさんの言葉に、エムラは頷いたが、それが、言葉をわかっていて頷いたのか、ただ頷いただけなのかは、よく分からなかった。
エムラはまるで喋らされているって感じで、気味悪いほど意思を感じない。
口だけがパクパクと動いている感じに見えた。
「昨日……昨日はナナオさんがどうしても、もう一度、あの祠に行きたいって。
なんか、自分もお願いをするって言い始めて。
呪いを解いてくださいってことだったと思います、たぶん。
生贄も一応、用意したからって言ってました。
それが、何だったのかは分かりません。僕、一緒に行ってくれって頼まれたけど、なかなか家を抜け出せなくて、時間に随分遅れてしまったんです」
「昨日はあの日から、ちょうど一週間目で、ナナオさんはすごく不安になってたみたいで……
僕、約束の時間から三十分くらい遅れて、行きました。ナナオさんはもういなくて、連絡したけど、電話に出なくて。
いや、中には入ってません。一人で他人の家に侵入する勇気、なくて……。
3回くらい電話、したら、微かに着信音が聞こえてることに気がついたんです。
ナナオさんの電話の着信音かなって、思いました。塀の向こうから聞こえるんです。
迷ったけど、僕、やっぱり一人では入れなくて、駅前の交番に行きました。
事情を話して、そうしたら、様子を見に行ってくれて。
ナナオさんが……死んでたって。
聞きました。
死んでたって……ナナオさん……」
「僕、もう、全部、どうでも良くなっちゃいました。もう、なにもかも……」
俯いた、エムラの肩が震えている。
ぽたぽたと、彼の手の甲が、涙で濡れた。
「エムラくんは、生きてるんだもの。いつかは、前向きになれる日が来るはずだよ。今すぐは無理でも……ね? ゆっくり、生きてこ」
おばさんがそう言って、エムラの肩に手を置き、元気づけようとする。
だがエムラは首を振って、その手を振り払い、立ち上がった。
「いえ……僕も、なんです」
「え?」
それからポケットから、なにやら折り畳まれた紙を、取り出す。
「これを見たら、ひと月後に死ぬ、と書かれてます。僕、これを見てしまった」
拾ったんです。あの日、あの祠で。
エムラは言って、畳まれたままの紙を、差し出してきた。
おばさんが驚いて、さすがに一歩、足を引いた。
だがミナは、逆にエムラの手を取った。
ミナの手は熱く、力強く、エムラの手を掴んだ。
そして彼女は、不安そうな顔で、涙に滲んだ声を上げた。
「エムラくん、諦めないで! 一緒に調べよう?」
「ミナ、なに言ってるの」
「お願い、おばさんも協力してよ!」
「呪いなんて……そんな、」
「お願いよ。だって……だって、」
「私も見ちゃったの。持って帰って来てはないけど……
『これを見た お前は ひと月後に 首を吊って 死』
そう書いてあったの、見ちゃったんだもの!」
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