貴方は儀式の生贄に選ばれました
ゆあさ
第1話
(…………)
エムラはそう思ったけれど、なにも言わずに曖昧に笑っただけだった。
彼女はそれを快諾したと取ったのだろう。
綺麗な顔で微笑んだ。
綺麗だ。
それは、本当にそう。
エムラはその顔が好きだ、と思った。
綺麗だ。
さすがは、学園祭のコンテストで一位を取っただけある。
まあ、あれはクラスでやった喫茶店が売上1位になっただけの話なのだけれど。
でも、何人かの客は、彼女の接客で貢がされたのだ、確実に。
もしあの現場を学校風紀委員に見られていたら、問題にされていたと思う。
まるでキャバクラみたいなノリだったもの。
もちろん、学園祭の中での出来事だったから、金額的にはホンモノのそういう店より、桁が二つくらい少なかったんじゃないかと思うけれど。
(きっと将来、男を食い物にする女になる……いや、彼女にはそういった華やかな世界が似合っているんだ)
綺麗なドレスを着て、ブランド物で身を固め、他人が自分を好きであることが、当たり前だと思っている。
濃い化粧、塗りたくられた保湿液、人工的な甘い匂い、不自然な髪の艶。
自分はその隣で、鞄持ちをするんだ。
大きな身体を丸め、まるで影のようにちょっと離れたところから、彼女についていく。
必要な時だけ呼ばれて、それ以外は、決して彼女の視界に入ることもない。
そんな有り得もしない将来を、思い描いてみる。
それでも良い。
彼女の傍にいられるならば。
「じゃあ私、帰ろっと」
「うん、お気をつけて」
「ふん」
いかにも小馬鹿にしたように、鼻を鳴らして、彼女は帰っていく。
エムラはそれをただ見送った。
彼女から押し付けられた宿題は、感想文二種類だ。
いつものこと。
彼女の役に立てれば、それだけで、十分満足だ。
だって、好きなんだもの。
しょうがあるまい。
「いいねえ、便利だよねえ」
一緒に帰る、女子生徒の一人が、そう声を上げ、ナナオは肩を竦ませた。
「勝手に付き纏ってくるからさ。つい、面倒な宿題、お願いしたら、良いよって言うから」
いかにも、なんでもないことのように、告げる。
「ナナオの役に立てるのが、嬉しくてしょうがない顔をしてたよ。今度もっと無理難題ふっかけてみたらどう? お金持ってきてもらうとか」
「んー、でもあんな一般平民にたからなくても、かなあ。変なこと言って、勘違いされても面倒だしね。お金絡むと、ビンボーな親とか出てきて、面倒になると嫌だし」
学校的にバイト禁止なので、結果、貢いでもらうとなると、親の金になる。
お小遣いをそのままちょうだい、はあまりにしょぼすぎるし、親の金を取ってこい、は万が一バレたら、面倒しかない。
大体、他人にたかるまでもない。お小遣いはかなり貰っているし、頼めば追加も貰える。だから、ナナオはべつにお金に困っていない。
欲しいものを言い出したらキリがないけれど、この学校内ではおしゃれが軒並み禁止されているし、他人に奢ることは、親から禁止されている。
曰く、学生の頃からお金絡みの関係で友達を作っても、ロクなことはない、と。
ナナオもそう思う。
だから、お小遣い以上にお金を使うところも、今のところ、ない。
ナナオはだらっと溜息をついた。
エムラは便利だけどねえ。
でもどこか、それだけではない気持ちになる。
なんでだろう?
まさかエムラなんかを好きになることなんか、あり得ないんだけど。
でも、別に嫌いでもない。最近は。
やっぱり便利だし。
でも、それだけじゃなくて。
たまに見せる、いかにも素ですって感じのエムラの顔が、不思議な気持ちにさせてくるのだろうか。
それが一体何なのか、ナナオには分からない。
「好きです」
そう告白されたとき、こんなブ男がよく私に告白できるな、とドン引きした。
デブで、ずんぐりむっくりしていて、顔もニキビだらけで。
「もう二度と声掛けないで。不愉快」
「すみません……べつに、どうにかなろうとか、そういうんじゃなくて。ただ、伝えたかっただけで」
「意味分かんない。自己満足なら、黙っててよ」
「それも気持ち悪いかなって思って。本当に、承知しててくれればそれだけで……すみません」
「……私のためなら、何でもできるって?」
「いや、まさか……。犯罪とかは無理だし……」
「そんなこと、言うわけないじゃん。こっちはちゃんと、分別あんだから」
「例えのつもりだった。ごめんなさい」
「ま、いーや。付き合ったりは絶対無理だけど、それでもいいよってことだよね? それでも好きでいさせて下さい、的な」
「そう。なにか頼み事、あれば利用して構わないし、無視してもいいし」
ただ、好きでいさせて下さい。
それ以上は何かを言うことも、望むこともないから。
そう言ったエムラは、感情の読めない無表情に見えた。
まあ、そういうのが一人いてもいいかな。
そう思って、ナナオは許してやったのだ。
「なんでも願いが叶う祠があるらしい」
そんな話を持ってきたのは、幼馴染のミナだった。
「地域のコミュニティー雑誌の手伝いをしてるおばさんが、教えてくれたの。近所の不思議な場所を紹介してっていうコーナーが雑誌にあって、その担当をしてるんだけど、読者からの投稿でそーゆーのが来たんだって!」
「近所にあるの?」
「それが、駅の裏の方に大きなお屋敷があるんだけどさ。今、誰も住んでないとこ。その中だって」
「え、私有地ってこと?」
「そう。だから、記事としては載せられないんだけど、でも、その土地持ってる人って、おばさんの知り合いらしくてさ。それで、ちょっと見に行かない? って誘われたんだけど、明日、ナナオも行ってみない?」
「なんでも願いが叶う祠、ねえ……」
そういうのはあまり信じていない。
けど、ミナは小学生の頃、肝試しで大きな悲鳴をあげ過ぎて、通報されたことがあるほど怖い話が苦手である。それなのに、こうしてやたらとそういった話に興味を持ちたがるのだ。
だから、ちょっと悪戯心が芽生えて。
「いいよ、行こう」
そう返事をしておいた。
ナナオは授業の合間の休み時間に、エムラを呼び出した。
彼はいつも通り、すぐに呼び出された場所へやってきた。
こういう時、喜びでニタニタしていたり、どういうわけか上から目線だったり、エムラにはそういうところがまるでない。変に媚びたりもしないし、下手にも出ない。
そういうところも、気楽だった。
彼に、手早く事情を話す。
「ねえ、うちらがその、祠に行った時にさ、ちょっと、ミナのこと驚かせてみてよ。音を立てるとか、その程度でいいから」
「そのくらいなら……」
「たぶん、明日行くと思う。後で時間と場所、正確にわかったら送るから」
「うん、わかった」
そんなことをこっそり画策していたから、次の日、その祠にミナとおばさんと3人で行った時、その場の様子が『普通じゃなくても』ナナオはそこまで驚かなかった。
次の日の放課後。
古い大きなお屋敷は、人が住まなくなってずいぶん経つように見えた。
でも、門や植木には手入れがされているようで、ミナのおばさんの話だと、持ち主の人は近所の大きなマンションの上の方に住んでいる、ここらの地主らしい。
昔、ここを売っても良いな、と思った時、不動産屋かなんかと揉めて、面倒になり、荷物を片付けるのも面倒だし、とそれ以来、生まれ育ったこの家を、放置し続けているのだそう。
こんな広い土地を放置しても勿体ないと思えないほど、資産が他にあるってことだろう。
「その人、子供もいないからさ。自分が死んだら好きにしてって、親戚に言ってるらしいけど。なんかそういうのって、面倒なことになりそうだよね。ほら、これまで全然関わったことのなかった、色んな親戚が現れそうじゃない。だって、結構広いし、駅から近いしさ。ここだけでも良いお金になるわよ、絶対」
ミナのおばさんはそういう話が好きなのか、「事件の匂いがするわよね!」と言って、笑っていた。
屋敷の脇を入って、庭の奥にあるという、例の祠に到着するまでは、3人でそんな話をしながら、和気藹々に歩いていたのだけれど……
建物の角を曲がり、死角になっていた、その光景を見た瞬間、一緒に歩いてきた全員が押し黙り、不安な表情を浮かべた。
祠には、たくさんの紙が、これでもかと言うほど貼られて、元の祠がどんな形なのか、分からなくなっていたのだ。
普通の状態が分からないけれど、それでも今が異様だとすぐ分かる状態。
木々の合間の、ちょっと開けている、その三畳くらいの空間が、びっしり紙で覆われていた。
祠っぽい塊に貼られたり、木に打ち付けられていたり、そのまま散らばっていたり。
周囲にはたくさんの紙が、これでもかと散乱している。
雨が降ったり、風が強い日があれば、こんなふうになったままにはならないだろうから、これは、つい最近、ばら撒かれたものに間違いない。
一体誰が。
何の目的で。
コピー用紙だと思う。
でも、ただの白い紙ではない。
『呪う』『のろうのろうのろう』『呪』
赤い字で、そんなことが書かれている。
『お前らの一族全員呪い殺す』
『これを見たものは七日以内に死ぬ』
『一年後に死ね』
書き殴られた、汚い字。
中には意図的に破られた紙もあったり、丸められたものもあった。
「なにこれ!」
既に泣き出しそうな声を上げ、ミナはおばさんの影に隠れている。
ミナのおばさんは暫く、この光景を呆然と見ていたが、思い出したように何処かへ電話を始めた。どうやら、ここの持ち主の人に確認を取っているらしい。
ナナオはその中の一枚を取り上げた。
「危ないよ、ナナオォ!」
ミナはこの世の終わりみたいに、そう叫んだけれど、ナナオは気にすることなく、その紙を眺めてみた。
『これを拾ったものは
1週間後に死ぬ』
そう、赤い字で書かれている。
なにもなければさすがに気味悪いと思っていたかもしれないけれど、これをやって、とエムラに頼んだのは、他でもないナナオである。
(さすがにここまでやるとは思ってなかったけど……昨日、徹夜したのかな)
だって、赤い文字の書かれた紙は、こんなにも沢山ある。
ちょっと驚かせるだけで良かったのに、やりすぎな気もする。
今日は風も穏やかだが、まったくないわけじゃない。
もしかしたら、何枚かは外に舞い出ているかもしれない。
それに、ミナのおばさんが、電話をしながら「警察に」とか言い出している。
自分が依頼した手前、その単語にドキッとしたけれど、結局、近所の住んでいるらしい土地の所有者は面倒だから、現場も見に来ないとのことだった。
「明日、清掃業者に連絡しとくから、放置でいいよ、だって……。誰かがイタズラしたんでしょ、なんて言ってたけど……」
電話を切ってから、おばさんは不安そうに声を上げた。
ナナオは心の何処かで、大事にならずにホッとする。
「大丈夫なの? これ、ただの悪戯だよね?」
ミナが震える声を上げる。
「そうに決まってるでしょ」
ナナオはそう言うと。持っていた紙を手放した。
それは地面に落ちて、他の紙に紛れ、そのうち、どれだったかも分からなくなってしまう。
とにかくたくさんの紙だ。
あの分厚い状態で売っている、コピー用紙500枚のセットの枚数より、もしかしたら多いかもしれない。
バラバラになっているから、嵩増ししてそう思うのかもしれないけれど、とにかくすごい枚数。
雑とは言え、一枚一枚に文字を書くのも大変だっただろう。
もしかしたら、白紙の紙も中にはあるのかもしれないけれど。
「一応、証拠の写真、撮っておこうかな……」
おばさんは覇気のない声でそう言うと、手に持っていたスマホを前に翳す。
ミナは影から、それを不安そうに眺めているだけだった。
「すごい力作だったね。あれ」
ミナ、めちゃくちゃビビってたよ、と笑う。
朝、教室に行く前に、エムラを廊下の端へと呼び出したのだ。
彼は訝しげな表情を浮かべた。
「もしかして、昨日の?」
「それ以外あるの?」
「あれをやったのは僕じゃない」
エムラは、とんでもないことを言い出した。
「えっ」
ナナオが見たエムラは、冗談を言っているふうでもない。いつも通り淡々とした面持ちで。
「ナナオさんから場所が送られてきて、調べたら、民家だったから」
さすがに侵入できないな、と思って、と彼は言う。
そういえば、最初から、「君のためでも、犯罪はムリ」なんてことを言っていたな、とぼんやり思い返す。
でも、だったら、どうして、あそこは、あんな。
「本当にあれやったの、エムラじゃないの?」
「うん。でも、どうしても気になって……返信も遅くなっちゃって、断るタイミング、完全に逃しちゃったし。それで一応、向かったんだ。その時間、現場に。音を立てるだけでも良い、みたいなこと、言ってたから。外から、どうにかできそうなら、とか思って」
「あれ、見た?」
「うん……門が開いてたから。ダメだ、って思いながらも、つい入っちゃった。家宅侵入罪だ」
「あれ、アンタじゃなかったら、誰が、一体……」
「ナナオさんじゃなかったんだ」
「私なわけないでしょ」
「これ……」
エムラはポケットから取り出した紙を、ナナオに見せた。
折りたたまれたそれを開いて、見せてくる。
『これを見たらヒト月ごに死ぬ 呪』
そこには、そう書いてあった。
昨日と同じ、赤い、汚い文字。
「アンタ、持って帰ってきたの? そんなの……」
「だって、見ちゃったんだもの」
「そんなの、信じてるの?」
「分からないけど……もし、本当にこういう呪いだったら、呪いを解くのにこの紙が役に立つかなって思って。証拠、だし」
「はあ? 冷静かよ」
「だって、見ちゃったんだもの……」
「それを言ったら、アタシだって……!」
手に取ってしまった。
呪いの紙を。
『これを拾ったものは
1週間後に死ぬ』
確か、そう書かれていた。
「まさかそんな……あり得るわけないし」
ナナオは自分の口元に手を当てる。
そして自分の唇が、とんでもなく乾ききっていることに気がついた。
リップを塗らなければ。
でも今は、そんな余裕もない。
信じるわけない。
そもそもこんな、コピー用紙になぐり書きされている紙なんか、いくらだって、誰でも、作れるわけで。
呪いなんてない。
あっても、こんな子供騙しの紙に、効果などあるわけないのだ。
でも、エムラはとんでもなく深刻な顔をしている。
紙を持つ、その手が小刻みに揺れていた。
「僕、調べてみるよ。あそこをあんなふうにした犯人がいるはずで、その人に、どういうつもりだったか聞くまで、なんだか気味が悪くて」
顔色も、あまり良くない。
どうやら、演技などではなさそうだ。
彼は、こういうのを、信じている人間なのだろう。
「なにか分かったら、教えて」
そう言って別れたけれど、ナナオもなんだか気味悪くなってきていた。
信じていないけれど。
でも、もし、呪いが本当だったら。
(1週間後に、自分は死ぬんだろうか?)
まさか、そんな。
信じるわけ、ないけど。
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