第1話 雪月

――思えば、あの日。


すべては、あの白すぎる満月の夜から始まったんだと思う――。




二月の放課後。誰もいない教室。


窓側の席に座ると、机が氷みたいに冷たかった。


二月の風は、窓の隙間から、ひゅう、と細い音を立てて入り込んでくる。


ふと見上げると、まだ明るい空に、真っ白な月が浮いていた。夜の月とは違って、透き通った氷の破片みたいに見える。スマートフォンで調べたら、二月の満月は、スノームーンというらしい。


私は、ノートの端っこに、今の空の色を書き留めるみたいに言葉を並べた。


『雪月の 白く光れる 放課後の』


五・七・五まで書いて、ペンが止まる。続きが思いつかない。というより、この気持ちに名前をつけるのが、なんだか怖かった。


「……何書いてんの」


後ろから声がして、肩が跳ねた。振り返ると、同じ図書委員で、幼馴染のハルが、マフラーを口元まで埋めて立っていた。ハルは私のノートを覗き込むと、少しだけ目を細めた。


「和歌? 渋いね」


「……別に。ただの暇つぶし」


ハルは、自分の鞄からシャープペンシルを取り出した。そして、私の書いた文字のすぐ下に、迷いながら小さな字を書き加える。


『影踏む帰り 息を白くす』


窓の外、スノームーンが少しずつ、夜の色に染まり始めていた。


私たちはそれ以上何も話さず、ただ白くなっていく月を眺めていた。沈黙が痛いくらいに静かで、自分の心臓の音がハルに聞こえてしまうんじゃないかと焦る。


「……ねえ」


先に口を開いたのは、ハルだった。


「これ、一回きりじゃもったいなくない?」


ハルは私が持っていたペンを指先で弄びながら、視線は外に向けたまま言った。


「卒業まであと一ヶ月くらいだろ。…一日一首、こうやって交互に書くの、どう?」


心臓がどくん、と跳ねた。


「一日一首って……交換日記みたいに?」


「日記はめんどくさいけど、和歌なら短いし。…嫌ならいいけど」


ハルの耳たぶが、寒さのせいか、それとも別の理由か、ほんのり赤くなっている。


「嫌じゃない」と即答したかったけれど、喉の奥がぎゅっとして、うまく声が出ない。私はただ、小さくコクンと頷いた。


「じゃあ、決まり。明日の放課後、校門のところで。……続き、用意しとけよ」


ハルはそれだけ言うと、逃げるように図書室を出て行った。


残された私は、ノートに記された二人の筆跡をじっと見つめる。


――卒業まで、あと二十八日。私たちの、言葉にならない時間が始まった。

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