第187話 再び

 ラシアが冒険者の救助へ向かっている頃、リレッサ達は古城ダンジョンへ入っていった。


 モンスターの強さでいえば上級に入るか入らないかぐらいのダンジョンなので、今の面子では明らかに過剰戦力だ。


 そんなローウェンテニア城だが、王女であるリレッサ・ロード・ローウェンテニアが帰還したことで少し様子が変わった。


 リレッサと対峙した、かつて城の騎士だったであろうモンスターは全て、リレッサに膝をついて頭を垂れ、その帰還を喜んでいるようだった。


 その光景には騎士団長のデゴットですら息を呑んだ。


「なんかあれやな。姫って自称町娘って言うとるけど……普通に姫様やな」


「ティーガー。自称ではありません。自他共に認める町娘です。私はダンジョンになったローウェンテニアに来るのは初めてなので、普段との違いは分かりませんが?」


 余計な戦闘が減るのは良いことだが、パルサーが隣を見るとロディーの顔色が悪かった。大丈夫かと尋ねてみたものの、あまり大丈夫そうではなかった。


「いや……あそこに兜に傷が入った奴がおるんやけど……あの傷に見覚えがあってな。多分、同期の奴なんよ。そういう奴が結構おるから心がつらい……」


 滅んだ国で自分だけが生き残るとは、どのような感情なのだろうかとパルサーは思う。ロディーからすれば全員が同僚であり、友人のようなものだ。


 そのつらさは計り知れないだろう。そう思ったところで……パルサーは「ん?」となった。


「ロディー様の同僚ということでしたら、ラシアにとっても部下か同僚になるのでは? 以前ここでラシアと出会いましたが、とくに気にすることもなく問答無用で倒していましたよ?」


「パルサー。そこのキングも言うとったけど、隊長はローウェンテニアの死神やで? 敵対する奴に容赦するわけないやん?」


 顔が青くなるロディーに対し、リレッサも困ったように笑いながら思い出す。


 ゲームでは、勘違いしたローウェンテニアの騎士達が国と敵対するイベントがある。


 そのイベントをクリアすると最後の選択肢として「騎士達を許す」か「何があってもぶっ殺す」というものが出る。「ぶっ殺す」の方を選んでも強制的に選択肢へ戻される仕組みなのだが……ラシアは「ぶっ殺す」の方を連打していた。


 それがどのように反映されたのかは分からないが……騎士や使用人、それこそ王族まで巻き込んで何とか止めたという話になっている。


「……あいつはそんなことをやっていたのか」


「何処の輩にゃ……」


 その話が聞こえていたのかは分からないが……近くにいた騎士のモンスターまで、げんなりした様子を見せていたのが印象的だった。


 途中からリレッサの専属メイドだった五人のメイド型モンスターも後をついてくるようになり、ようやく目的の宝物庫へたどり着いた。


 金やすぐに換金できる物は一通り取り出されているが、それでもローウェンテニア城の宝物庫は広く、中はひどく散らかっている。何処に何があるのか本当に分からない状態だった。


 何人かに宝物庫の出入り口を見張らせてから、デゴットが声をかける。


「流石に精鋭だ。中の物を迂闊に持ち出すな、などと子供に言うようなことは言わんが……余計なことをしたら手首ぐらい切り落とすからな。目標はボスモンスター名鑑だ。大雑把な形は伝えてあるが、それらしい物を見つけたら、そこの猫怪人のフウコウに聞いてくれ」


 騎士も聖騎士も「はっ!」と返事をし、宝物庫へ散らばり始める。リレッサについてきたメイド達も言っていることを理解できたのか、辺りを片づけ始めた。リレッサも移動し、散らばっている物を手に取って片づけ始める。


 竜を象った金の置物や、魔石を加工して作られた美しい宝石などもある。その宝石は、子供の頃に見せてもらったことがあった。


 滅んでしまったと言えばそれまでだが……こうした物達もいつかは朽ちるか、加工されて形を変え、忘れられてしまうのだろう。そう考えると何とも寂しい気持ちになる。


 高価な物や珍しい物が欲しいわけではないが……宝というのなら、廃墟ではなくきちんと保管されてほしいとリレッサは思う。


 そんなことを考えながら片づけていると、リレッサのもとにティーガーがやってきた。


「姫。あったけ?」


「いえ、見つかりませんね。ティーガーは見つかりましたか?」


「ないなー。仕事中やけど、ちょっとええけ? もちろんラシのことやで」


 そう言われればこちらが断れないことなど知っているくせに、本当に策士だなとリレッサは思う。


 ただし、冗談やからかいの類いではない。ティーガーがラシアから元の世界のことなどを聞いたという話の擦り合わせだった。


「その話を知ってるのって、姫だけ?」


「後はナットンが知っているとのことです」


「なるほどなー。なんかノアやパルサーが知らんのは意外やな」


 リレッサもそれとなくノアとパルサーへ話を振ったことがあるが、ラシアから元の世界の話は聞いていないようだった。リレッサとラシアは形だけとはいえ騎士と姫という間柄で、ナットンはラシアの友人だ。だからリレッサからすれば、ティーガーがその話を知っていることは意外だった。


 そのことが顔に出たのか、ティーガーは笑いながらカマをかけて聞き出したのだと話した。だがティーガーなら、ラシアの違和感に気づいても不思議ではないと思う。


 しばらく二人で宝物を調べながら話していると、ティーガーが一つの疑問を口にした。


「姫的には……ラシは帰れると思うんけ? ちなみにウチは無理やと思ってる」


 ティーガーの問いについては……リレッサもナットンとかなりの時間をかけて話し合っている。だが、ほぼ結論は出ている。


 きっと……無理。


 リレッサもナットンも別の世界のことまでは分からない。だから、この世界の物差しでしか測ることはできない。ラシアの体には別の世界のラシアの魂が入っている。


 体から魂が離れるのは、死んだ時だけだ。


 恐らく何かの拍子で元の世界のラシアは死に、その魂が別の世界から今の体へ流れ込んで結びついた。だから二人は、元の世界のラシアがすでに死んでいると考えている。


「自分が死んだ時の記憶など忘れているなら、それに越したことはないですからね。ティーガー、言ってはいけませんよ」


「……そうか。姫はそうやもんな。なんかごめんやで」


「大丈夫ですよ」


「その考えでいくと……姫はラシの帰還に反対派ってことか。他は?」


「ノアとは少し話しましたが、ラシアが帰りたいなら、その背中を押してあげたいとのことです。パルサーも似たようなことを言っていましたね。彼女達はその話を知らないので難しいところですが……」


 そればかりはティーガーも難しい問題だと思う。リレッサもノアも正しい。友人が死地へ向かうのを止めることも、笑顔で送り出すことも正しい。


 ラシア自身が帰りたいと願っているからだ……。


「ほんで……どっかの宿に町娘とか言うて潜り込んどる王女が、怖い人らに襲撃をかけて全員を制圧下に置き、バスとか言うのを運行しだして、裏から市長を操って都市を良い方向へ向かわせてるわけやなー」


「初めて聞きましたけど、そんな王女がいるんですねー。それで? ティーガーはどちらですか?」


「流石に……友人が死にに行くのは見逃せんから、今は反対やな。やけど……それでも帰りたいってなったら賛成するかもな。他の国よりはマシやけど、この国も終わってるからなー」


 そう言ってティーガーは、リレッサへ一つだけ助言した。どれだけ策を考えてもいい。だが……いつかは自分の口で、帰ってほしくないと伝えることだ。


「言葉にしたら、ちゃんと伝わることって多いからなー。嘘でも案外伝わるで?」


「……そんなものでしょうか?」


「そやで。ほんでな、話は変わるんやけど……ウチ、ラシとチューしたからな!」


「なっ!?」


 いきなりとんでもない方向へ話が変わり、リレッサは驚いて顔を真っ赤にする。


「まあ、嘘やけどな! 嘘やけど伝わったやろ? そういうこともあるって話やな」


 リレッサのこめかみが、ひくひくと動いている。ティーガーもリレッサと同じくらい頭の回るタイプだが……その使い方がリレッサとは正反対なのだ。


 リレッサは無言でティーガーへ近づき、その頬をつねる。


「痛い! 姫、痛いで!」


「これから……貴女がどう動くか私には分かりませんが、よろしくお願いしますよ。ティーガー」


「分かったんやけど……握手はほっぺでするもんとちゃうで!」


 そんなことをして二人が遊んでいると……近くで大きな物が倒れる音がした。二人がすぐにその場へ向かうと、ほかの者達も集まってくる。どうやらフウコウが本棚を倒したらしく、下敷きになってもがいていた。


「問題あるところにフウコウありやな~」


「そんなことはないにゃ! それはそうと助けてほしいにゃー」


 ティーガーは大きくため息をつき、何人かで本棚を持ち上げてフウコウを助けた。


 どうしてそうなったのかとデゴットがフウコウへ尋ねると、ボスモンスター名鑑らしき本があったので、取ろうとしたところ本棚が崩れたとのことだ。


 その本を倒れた本の山から探すことになり……皆が大きくため息をついた。


 その後、ほかの者達は持ち場へ戻り、この場にはフウコウ、リレッサ、ティーガー、パルサー、ロディーが残って本の山を調べる。


 その中で、これまでフウコウとあまり話したことのないロディーが彼女へ話しかけた。


「おかん。気ぃつけんと、フウコウはエリゼよりやらかすで!」


「そうなん?」


「ロディー様。そんなことはないですにゃ……」


「そういえば自分、妖精女王を見たんやろ? どんな感じやった? やっぱり強そうやったけ?」


「はいにゃ。ワッチもクランの皆と一緒に、シャークムーンとキャプテン・ドレイクを倒したことがありますにゃ。それでも妖精女王のフェリスロステは別格だと思いましたにゃ」


 ロディーが「なるほどなー」と納得したその時、四つん這いになって本を探していたフウコウの右手、左足、右足の下から、ぴかーっと光があふれ出した。

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