第171話 もう一つの姿

 ラシアは……色々と頭が痛い。


 モンスターの上で寝てしまったのもあるが……時間湧きのボスモンスター、コアラキングが人語を話しているのも原因の一つだ。


 そして今は、目の前でティーガーとお酒を飲んでいる。


「王様。注いだるわ!」


「これはかたじけない!」


 余程気が合うのだろう。


 さっきからずっとこんな感じだ。


 ノアとパルサーも昨夜の戦闘で疲れたようで、違うジャイアントコアラの上で仮眠を取っているし、レクトアもうとうとしている。


 グオンはラオメに盾の使い方や戦い方を教えてもらったりしている。


 楽に進めるのは良いことだが……少し気を抜きすぎのような気もする。


 まぁいいか、というのがラシアの感想だ。


 空を見ればバスタースワローなんかも飛んでいるし、近くには電車の一両よりも大きいヤマザンショウというオオサンショウウオみたいなモンスターも、特にこちらを気にした様子もなく歩いている。


 本来なら襲ってくるモンスターまで大人しいのは、どういうことなんだろうというのがラシアの疑問だ。


 そんなことを考えていると、コアラの王様に話しかけられる。


「死神殿は変わったと思ったが、言うほど変わってはおらんな。気難しい顔をしてダンジョンを見ているのは、昔とそっくりであるな!」


 そう。


 これが一番の謎なのだ。


 ゲームの頃に出会っていたモンスターを含めたキャラクター達が、当時のことを「昔」と呼ぶ。


 ロディーはこの世界で子供を産み、母親になっているので時間が経っているのは分かる。


 だがダンジョンと外では、時間の流れが本当にどうなっているのか分からない。


 ラシアがこの世界に来てからで考えれば、季節も少し肌寒くなってきたので半年以上は経っているはずなのだが……。


 フェリスロステやコアラキングの話し方だと、何年も前のことのように言うのだ。


 今もティーガーと話をしているが……そうなのだ。


「王様、ラシがこの辺によう来とった時って、他の奴もおったんけ?」


「ああ、いたぞ。昔のことでそこまで多くはないが、死神殿と引けを取らぬような強者がいたな」


「ラシみたいなのがいっぱいおるって、どこの地獄やねんって話やな」


 天使やフェリスロステに聞くよりは、目の前のコアラの王様に聞く方がまともな答えが返ってきそうなので、ラシアはそのことを尋ねた。


「私はこっちに来た時、ローウェンテニアにいた頃からそんなに時間が経ってないと思っていたんですが、私がこの地星のダンジョンによく来ていた頃から時間が経っているんですか?」


 コアラキングは少し悩んだ後に答えた。


 分からん、と……。


「確かに日が昇り、日が沈むが……ここは時間の概念が曖昧になっているように思える。いつからかは分からんが、昨日のことが何年も前に思えるし、何年も前のことが昨日のことのようにも思える」


 変なことを言っているように思えるが、何となくだが言っていることは分かる。


 ダンジョンに入ると、本当にそんな感じになるのだ。


 地形などが一日ごとにリセットされるので、その影響なんだろうとラシアは思うのだが……。


「貴殿達は外から来ているからよく分かっていると思うが、体感では一日が過ぎれば世界がリセットされる。そのためであろうな。体は元に戻るが記憶は残る。だからおかしなことになっているのであろう」


「なるほど……」


「それを利用した仮初めの不死が、妖精の女王がやっていることであろう。なかなかにタチが悪い」


 テレビ番組で、コアラってあんまり賢くないみたいなことを言っていたのを見た気がするが、目の前にいるコアラの王様には、その辺を理解できるほどの知恵があるんだなーという印象だ。


 というか、見た目がコアラなだけで普通に賢い王様だ。


 そして夕暮れ近くになり、目的の北エリアが見えてきたのでコアラキングに下ろしてもらった。


 ゲームだと夜になるとコアラキングは消えるのだが、その辺はどうなのかなーと思っていると、皆がコアラ達に礼を言っているので何だか気が抜ける。


 ただ本当に楽に早く進めたので、ラシアも丁寧に頭を下げて礼を言うと、本当に大きな声で笑われた。


「実に面白い! モンスターを見れば弱者強者問わず倒していた死神殿に、礼を言われるとはな! 名前は?」


「ラシアです……」


「その名前、覚えておこう! そして一つ、妖精達について忠告だ。綺麗な花畑があったとしても、その下は見ないことだ」


「……はい。その辺は相手が妖精なので、ある程度の距離感で付き合っていこうと思ってますから」


「ならばよし! また貴殿と戦えることを楽しみにしているぞ。ではまた会おう!」


 そう言って嵐のようなコアラの軍勢は、来た時と同じように地響きを立てながらどこかへ行ってしまった。


「おもろい王様やったなー。デゴット様と気合いそうやな」


「思ったんにゃけど……モンスターが言葉話したら獣人じゃにゃいんか? 言葉を話すウルフマンが外では獣人にゃ」


「答えのないことに答えを求めない方が良いぞ」


「可愛かったけど、なんか貫禄というか風格があった!」


 北エリアに入ると、気配が少し変わる。


 瘴気というか、そういうものが漂っている感じだ。


 同じ森ではあるが……腐る寸前の果実のような甘ったるい匂いが辺りに漂い、出てくるモンスターも瘴気に当てられた『黒い妖精』へと変わる。


 確かに強いが……レベルで言えば80台後半ぐらいなので、カグヤちゃんDXやラキュラちゃんAB型を倒せるなら、それほど問題のある相手ではない。


 気を付けることは、妖精の鱗粉には魔法を拡散する効果があるので、全ての魔法が効きづらいということぐらいだ。


 物理攻撃は普通に通るので、ラシアのようなタイプなら油断はできないが楽な相手だ。


 そして一番気を付けなければならないのが、このダンジョンのボスであるヴェユリテスアだ。


 物理攻撃に関しては、さっきのコアラキングの方が強い。


 だが……こいつの使う特殊攻撃には、必中の狂化がある。


 狂化を食らうと全てのステータスが三倍近くまで上昇し、操作を一切受け付けず敵味方関係なく襲い始める。


 ここまで来るプレイヤーが狂化すれば、味方だけで全滅することも珍しくない。


 ただ狂化自体はアクセサリーで防げるので、対策さえしていればそこまで怖くはない。


 そのアクセサリーはラシアも貸し出せるほど持っているので、全員に配って理由を説明してから装備してもらった。


 いつヴェユリテスアが出てきてもいいように装備を整えて先へ進んでいくと、ここからが北エリアだと示す、地面に突き刺さった建造物がラシア達の前に現れた。


「姐さん。この目の前にある、地面に刺さってるのって何なんですか?」


 グオンに質問されたので、ただのオブジェクトと答えたいところだが、ゲームの設定を思い出して答える。


「確か……この地に星が落ちる時に、それを破壊しようとした勇者が残した武器とか、そんなんだった気が……」


「へっ? この大きな物が武器なんですか!?」


 ラシアの答えに皆も気になったようで、その突き刺さったオブジェクトを調べ始める。


 設定では、大昔にいた巨人とかそんな感じの種族が使っていたらしい。


 ゲームにはそんな大きなモンスターもプレイヤーもいないので、実際にはただのオブジェクトなのだ。


「グオンさん。持ち上げてみたら勇者になれるかもしれませんよ」


「姐さん。さすがに無理っすわ」


「確かに……朽ちてはいるが、巨大な剣にも見えるな」


 そこで気持ちを切り替え、奥へと進み始めると……空気が黒くなったような感じがした。


 仲間達も気配が変わったことに気付いたのだろう。


 腐ったような甘ったるい匂いと共に、ブブブッという気持ちの悪い羽音が聞こえてくる。


 それは明らかに、こちらへ近付いていた。


 そして現れたのは……地星のダンジョンのボス、ヴェユリテスア。


 その姿は、皆の想像を遥かに超えていた。


「なぁ……ラシ。こいつが妖精の女王と元は一つやったんか?」


「本当かどうかは知りませんけどね」


 パルサーもノアも、ヴェユリテスアの姿に息を呑む……。


「にゃ! どこをどう見たら妖精にゃ! これは蠅にゃ!」


 フウコウの言うことが正解なのだ。


 人の背丈の倍ほどもある巨大な蠅で、体の所々が腐り、蛆が湧いている。


 背中の羽も腐り落ち、地面を這いずっていた。


 美しさなどない。


 あるのは醜さと醜悪さだけだ。


 女王のように言葉も話せず、口からは蛆をはらんだ液体が垂れている。


 ラシアがフェリスロステに油断しなかった理由が、こいつだ。


 二つに分かれたと言っていたが……元はこいつと一つだったということだ。


 モチーフもきっとベルゼブブとか、そんな感じの奴なのだろう。


 そしてゲームの設定資料集の対談みたいなところに書かれていたことを、ラシアは覚えている。


『あっちが本来の姿なんですよ(笑) 妖精の方が人受けが良いでしょ? まぁちょっと腐ってますけどね』


 今は二つに分かれ、フェリスロステも理性的に話しているが……元がこれなら、やはり妖精もモンスターなのだ。


 そして戦いが始まる。


 初手はヴェユリテスアだ。


 痰が絡むような咆哮を上げると、蠅のように変異した黒い妖精を十体ほど呼び出した。


 このままだと攻撃魔法はおろか、支援魔法の効果まで薄れる。


 だからヴェユリテスアと戦う時は、取り巻きを召喚されたらすぐに潰すのが鉄則だ。


「ムーンライトコンタクト! オーガテックハンド!」


 スキルによって攻撃力を強化し、ラシアはヴェユリテスアに向かってハンマーを叩きつける。


 だが……蠅の姿をしているだけあって、かなり素早い。


 ラシアの攻撃は躱され、ハンマーは地面を叩きつける。


 それでも衝撃に巻き込まれた黒い妖精は、消滅したり地面へ落ちたりした。


「落ちた奴はウチとパルサーがやっとく! ラシはボスに集中してくれ! ドラゴニックパワー!」


 ティーガーに支援をもらい、ラシアがヴェユリテスアへ目を向けると、すでに詠唱を終えて魔法を放ってきた。


 それをハンマーで叩き潰すが……その動きを読まれていたようで、一気に接近される。


 まともに体当たりを受け、ラシアは地面へ叩きつけられた。


 その時、小さくパキッと何かが壊れるような音がした。


 だが胸の辺りに鈍い痛みもあったので、また肋骨辺りにヒビが入ったのだろうとラシアは判断する。


 そのまま戦闘を続け、ヴェユリテスアを蹴り飛ばした。


「ラシアさん、大丈夫!?」


 ノアが心配して声をかけてくれたので、ラシアは軽く手を上げて大丈夫だと伝えた。


 そして……ヴェユリテスアの複眼が怪しく光り始める。


 その動作はゲームと同じ。


 パーティーメンバー全員を狂化状態にするスキルだ。


 そして光が一気に弾けた……。


 全員の視界が戻った時……ラシアの様子だけがおかしかった。


 先ほど胸の辺りで音がしたのは……狂化を防ぐアクセサリーが壊れた音だった。

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