第170話 獣の王

 王都では朝日を浴び、夢から覚めるようにカオスドラゴンは消えた。


 ただ戦っていた者達は、何となくだが分かっていた。


 消えただけで、死んではいないということだ。


 どこにいるのかは分からないが、気配は残っている。


 昨夜のカオスドラゴンのカラミティブレスを合図に、騎士団とカオスドラゴンの戦いは始まった。


 騎士団、聖騎士、冒険者。


 戦える者達による総力戦だ。


 一匹のドラゴン相手にこれだけの戦力が集まれば、楽に倒せるかと思うがそうでもない。


 カオスドラゴンは、ナイトメアという黒く大きな馬のような竜を五体ほど召喚することができるからだ。


 そのナイトメアもかなり強いため、苦戦を強いられた。


 全てのナイトメアを倒し、ロディーがカオスドラゴンの腕を切り落としたが……朝日と共に消えてしまった。


「ちっ……もう少しのはずやったけど、逃げられたか」


 ロディーが悔しそうな顔をしているところに、デゴットがやってくる。


「だが気配はするな……どこに行ったか分かるか?」


「分からんなー。ラシア隊長が夢とつながってるって言ってたから、夢の中に逃げたんちゃうか? 知らんけど……それで? 被害の方は?」


 ロディーは天辺の方が吹き飛んだ城を見ながら尋ねる。


 デゴットは頭を抱えながら答えた。


 カオスドラゴンの出現と共に動けた者は強者ばかりだったため、相手の強さを考えれば騎士団、聖騎士、冒険者にほとんど被害はない。


 リュートリア達を隔離していたため、街への被害も少ない。


 だが国にとっての被害は甚大だった。


「ん? 城の屋根が吹き飛んだだけとちゃうんか?」


「だったら良かったんだがな……。まだ調査中だが、国王陛下と第一王子、宰相などが行方不明だ」


「……こんな時に嘘は言わんか。そっちの調査は騎士団に任せるで。聖騎士は街に出て怪我人の治療と、どれだけ被害が出てるか見てくるわ」


「ああ、頼んだぞ」


 ロディーが相棒にまたがり空へ飛び上がった頃、王都にある教会の地下では、タイミングを狙っていた者が動き始めた。


「まさか竜の巣の主も出ているとは思わなかったが、なかなかいい仕事をしてくれるじゃないか」


「それで、これからどうする?」


「竜は獲物に固執する。今夜もまた出るだろう……その時に私達も外へ出る。戦うことはしないが……人間から信用を得るために助ける」


「分かったが……カオスドラゴンがどこにいるのか分かるのか?」


「ああ。誰かの夢の中だろうな」


 そんな会話をしていると、街の状況を確認していた司教がやってきた。


「シエルオーテス様。街の状況が分かりました」


「ありがとうございます。では教えていただけますか?」


 ……。


 …………。


 王都がそんなことになっている頃、ラシアは地響きの主が何者なのか分かり、少しほっとしてその場へ座り込む。


 油断するわけではないが、こちらから攻撃しない限り襲ってこないモンスターが移動しているのだ。


 この地星のダンジョンは広いため、時間湧きのボスモンスターも何種類か存在する。


 その中で唯一、こちらから攻撃しない限り襲ってこないボスモンスターがいる。


 それがコアラキングだ。


 大きさは成人男性の半分ほど。


 コアラが王冠とマントを身につけ、杖を持っている。


 地響きの原因は、その軍勢にある。


 コアラキングはジャイアントコアラを四体召喚する。


 こいつは象よりも大きなコアラで、キングはそのうちの一匹に乗っている。


 そしてジャイアントコアラはコアラコマンダーを四体召喚し、コアラコマンダーは計四体のコアラナイトとコアラマジシャンを召喚する。


 それからコアラナイトとコアラマジシャンは、それぞれ四体ずつコアラの剣士を召喚し、コアラの剣士はさらに四体のコアラマンを召喚する。


 すると……画面がコアラで埋まるほどの軍勢になるのだ。


 数が多いので、ラシアのような高威力の範囲攻撃を使える者でも大変ではあるが、頑張れば一人で倒せるボスがコアラキングだ。


 アホみたいに見えるしかわいい系だが……地星の時間湧きボスなので、人によってはヴェユリテスアよりも強いと言われるモンスターだ。


(ゲームの時はよく倒したなー。一人だったら倒してもいいけど、今は余裕ないしな)


 そう思っていると、地響きはどんどん近付いてくる。


 どうやらラシア達を囲むように、軍勢が移動しているらしい。


「ラシア! 何ゆっくりしてるにゃ! モンスターに囲まれてるにゃ!」


「そうなんですけど……こいつらは襲ってくるタイプじゃないので……」


「え? そうなの?」


「明らかに囲まれてると思うんやけど?」


 ノアが驚き、ティーガー達が本当に大丈夫か? というような顔をしていると、木々をへし折りながら巨大なコアラが現れた。


 そのうちの一匹には、とても豪華な装飾が施されている。


 背には玉座のような椅子があり、そこに王様が座っていた。


 ここまでほとんどゲームと同じだったので、襲ってくる可能性は低いとラシアは考えている。


 それでも、もしもの時に備えて立ち上がり武器を構えた。


 戦いになったら一度引いてくださいと、ラオメにも伝える。


 そして空気が張り詰めていったが、その緊張を切り裂くように大きな笑い声が響いた。


「なんぞ懐かしい気配がすると思ったら、我が宿敵か! 久しく見てないと思ったが、元気そうで何より! がはははははは!」


 その場にいた全員の目が点になる。


「ふむ……死神殿は一人だと思ったが……ちゃんと人付き合いがあったのだな! 大いに結構!」


 そして一番先に我へ返り、最も驚いたのが……ラシアだった。


「コアラキングが喋ってる!」


 次にティーガーが我に返り、突っ込みを入れる。


「いや、明らかにラシの知り合いっぽいのに、それはおかしいやろ!」


 ……。


 そして色々あった後……目的地の近くまで、ジャイアントコアラの背に乗せてもらえることになった。


 当然ながらゲームの時には、こんなことはなかった。


 しかも背に乗っている間は、他のモンスターに襲われることもない。


 ラシアの脳みそはパンク寸前なので、ティーガーが持ち前のコミュニケーション能力の高さを生かし、コアラキングと話している。


「なるほどな。あの女王はやはり外に出ていたか。最近、気配がせんと思ったら……なかなかやりおるな」


「ほんでその辺ってどうなん? モンスター側からダンジョンの外って分かるもんなんか?」


「いくつか違和感はあった。まず、いつの頃からか入ってくる人間が明らかに弱くなったことだ。貴殿も強者の部類ではあるが、我が宿敵には負けるであろう?」


「どうやってもラシには負けるな」


「もう一つは、入ってくる情報が一気に変わったことだ。昔ならローウェンテニアなどの国名をよく聞いたが、今は全く聞かん。その代わり妖精達の噂話には、聞いたこともない国や地名が出てくるようになった」


 全員が頷きながら話を聞いているので、コアラキングはそのまま話を続ける。


 まだそこまでなら、人間の国で大きな争いが起きて国が滅んだ、と考えることもできる。


 だが人間は、毎回決まって同じ場所へぽんと現れるようになった。


 それが地星のダンジョンの入り口だ。


 昔ならそんなことはなかったので、何かがおかしいと考えるようになったらしい。


 そして一番おかしかったのは、配下のコアラナイトが消えたことだった。


 いつもと同じように縄張りを回っていた時、突然消えたのだ。


 どこへ行ったのか分からなかったので再び召喚すると戻ってきたが、消えていた間に見たのは、ここではない全く別の世界だったという。


 その話を聞き、ラシアが思い浮かべたのは血塗られた契約書だ。


 契約書で外へ呼び出されたコアラナイトを、コアラキングがこちらから再召喚したのだろう。


「それでな……少し気に入らんが、妖精の女王に会いに行って話を聞き、外の世界があると知った。我らがいるこの場所が、ダンジョンと呼ばれていることも知ったというわけだ」


「王様の方でも、それは確認したんけ?」


「ああ。配下を使って確認させた。出る方法は、外の人間と一緒にポータルを抜けることだ。調子に乗った人間がいたのでな。殴り倒して縛り、配下と一緒に外へ行かせた。外を確認した後はこちらで再召喚すれば、我の元へ戻ってくるからな」


 かなり重要な情報なのに、そんなにペラペラと喋って大丈夫なのか。


 ラシアがそう思って周りを見ると、情報の重要さにラオメもレクトアも頭が痛そうだった。


「そんな重要な話を喋って大丈夫にゃんか?」


「構わん。もしもの時は押し通るだけだ。と言っても、ここから出る気もないのでな」


 全員が意外そうな顔をすると、コアラキングはその理由を話し始めた。


 気にならないと言えば嘘になる。


 だが確認させた配下の者達によれば、外は草原地帯のような場所で、自分達が住めるような深い森はないらしい。


 外へ出ても、食料などがなければ生きてはいけない。


 家臣を預かる身として、興味だけで簡単に外へ出ていくわけにはいかないとのことだ。


 そう言われ、皆がここへ来るまでのルートを思い出す。


 小さな森はあったが、地星の森ほど深い場所はなかったなー、というのがラシアの感想だ。


「後は人間の面倒くささは知っているのでな。迂闊には人の世界へ行きたくないというのが本音だ」


「なんやろ……見た目のこともあるけど、女王様よりは信用できる気がするのはなんでなんやろな?」


「それは我がコアラであるからであろう」


「絶対に関係ないやんけ!」


 そして次はノアが、コアラキングへ質問する。


 前から気になっていたことだが、どうして昔のラシアを知っている者達は「ローウェンテニアの死神」と呼ぶのだろうか、ということだった。


「ふむ。我も何度もやりあったが……一言も話さず、モンスターがいると聞けばどこにでも現れ、その命を刈っていく者がいれば、そういう物騒な二つ名もつくわな! なぁ、ローウェンテニアの死神殿?」


 いつもなら反論の一つでも飛んできそうなのに、反応がない。


 全員がラシアの方を向くと、体育座りのような姿勢で眠っていた。


「おみゃーが寝たら、襲われた時どうすんにゃ!」


「宿敵の目の前で寝るなどという豪胆さも、また面白いではないか! 目的地は北であったな」


「王様。ごめんやで。できたらこのまま何事もなく運んでほしいんやけど、ええか?」


「戦うというのなら戦うが、戦わないというのなら戦わない」


「じゃあ戦わない感じでお願いします。ラシアさん、昨晩の戦いでお疲れだから」


「では目的地まで、お前達の話でも聞かせてもらおうか。外の世界のことも気になるのでな」


 こうしてラシア達は、目的地までの移動時間を大幅に短縮し、その間に体も休めることができた。


 ラシアが目を覚ます頃には、北エリアの目印が遠くに見えていた。

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