第143話 小休止

 本日は休息日。水没ダンジョンを踏破したので一日休憩だ。回復薬とかを飲めば全然動けるが、ぶっ続けでダンジョンに行く必要もない。ラシアにもやることがある。


 ラシアのやることは……現実逃避。


 騎士団長のデゴットとその奥さん。それに聖騎士長のロディーが、宿の近くにある高級宿に泊まっている。


 そして宿にはパルサー、ティーガー、騎士団や聖騎士のお兄さんお姉さんズが泊まっているので、想像以上に騒がしい。というかうるさい。


 おやっさんへのお土産も昨夜の内に飲み干された。なんかデゴットクラスでも、過去に一杯しか飲んだことがないというレベルの希少なお酒だったそうだ。


 それをおやっさん、デゴット、奥さん、ロディー、セレット、ガロニアで飲んだら、一瞬でなくなったそうだ。


 デゴットはまた飲みたいので、水没ダンジョンへ行く計画を立てているらしい。


 ノア、パルサー、ティーガーはティアの動物ヘアバンドが面白くて、それで遊んでいる。動物ヘアバンドは着ける人によって生える耳と尻尾が違うのが特徴で、ラシアならライオンの耳と尻尾。ティーガーとロディーは虎。パルサーは豹といった感じだ。


 ノアはヘアバンドでも犬判定だったらしく、犬の耳と尻尾が生えたので猫組には入れないことが決まった。


 あと面白いのが、獣人のフウコウが動物ヘアバンドを着けると、元から生えていた耳と尻尾が消えたことだ。これはゲームにはなかった仕様で、ラシアもびっくりした。


「にゃ! なんで耳と尻尾が消えるんにゃ!」


「ただの美少女やんけ! クソつまらん!」


「お前はワッチに何を期待してるんにゃ!」


 というティーガーとフウコウのやり取りが、ラシアの中では面白かった。


 それで騒がしいというか、人が多いので自室で現実逃避しているという話だ。


 というのは冗談で、ラシアがやっているのはクジラマンから手に入れたクジラの空笛を増やすこと。


 ラシアが持っている課金アイテムに、分裂の小壺というものがある。二つ一組の小さな壺で、ゲームなら片方に入れた物と全く同じ物が、もう片方にも現れる。


 これを使ってクジラの空笛を増やすのだ。


 天城ダンジョンへ行くにはクジラの空笛が人数分必要となるので、全員分をクジラマンから入手するのは現実的ではない。倒せるが……危険は冒さない方が良いので、楽に増やす方法をラシアは選んだ感じだ。


「さてと……上手くいってくれよ」


 分裂の小壺でアイテムを増やしたことはあるが、それは全てラシアがゲームから持って来たアイテムだった。こちらの世界で手に入れた物を試すのは、何気に初めてのことだ。


 ラシアは少しドキドキしながら、壺の中に小さな鯨の形をした白い笛を入れる。


 そしてもう一つの壺をゆっくり覗き込むと、同じクジラの空笛が現れていた。


 成功だ。


 ラシアはホッと息を吐き出して安堵する。


 成功したら後は増やすだけなので、ラシアは人数分より少し多めにクジラの空笛を増やしていく。


 ようやく必要な数の空笛ができたので、天城ダンジョンへ行くことができる。


 ただ、クエストをやっていることが条件なので、天城ダンジョンへ行くにはラシアが必要になる。


 行く方法を知らない場所は、存在しないのと同じようなものだ。天城ダンジョンのように、この世界の人達だけでは行けない場所へ、どうやってたどり着くのだろうとは思う。


 ただ魔石が欲しいだけなら、わざわざ天城ダンジョンへ行く必要もない。行けないなら行けないで、特に困らないという感じなのだろう。


 ハンバーグを食べたことがない人が、ハンバーグを食べたいと思わないのと一緒なんだろうなーとラシアは考える。必要があれば言ったり教えたりもするが、こちらから進んで教えなくても良いのだ。


 基本的にクエストとかで行ける場所は、危険地帯が多いのだから……。


 なんてことを考えていたら、久しぶりにハンバーグが作りたくなったので、おやっさんに頼んで厨房を借りることに決めた。


 そしてラシアが一階に降りると、クランメンバーはどこかに行っていて、レクトアさんとラオメさんが食堂の隅で、ラシアがローウェンテニアから持って帰って来た本を読んでいた。


 おやっさんを探すと、外でたこ焼きを作っていて……恐ろしいぐらいの行列ができており、ティアとナットンが手伝っていた。


「おやっさん。どうしてそうなった?」


「お前らがダンジョンに行ってる間に、デゴッパチとロディー様がたこ焼き作ってくれとか言い出してな。作ったら……その辺の連中に見られて、人が人を呼んでこの有様だ。まぁ……ありがたいことだがな」


「なるほど。おやっさん。お昼ご飯作りたいから厨房借りていい? 豚肉と牛肉、ちょっと欲しい」


「ああ。構わんが……昼飯作るならティアの分も作ってやってくれ。こっちは忙しすぎて動けん」


「りょーかいッス。ティアちゃん、頑張って作るけど期待しないでね」


「ラシアさんなら大丈夫! それとお母さんが拗ねてた」


「なんで?」


「私だけまたお土産もらえなかったって」


「えぇー……。あの植木鉢とミミックボックスに、どれだけ価値があると……」


「まー確かに部屋の片付けをしてくれるのは凄いな。本とか綺麗に並べてあるもんな。まぁ俺に被害が出る前に任せた」


 美味しいハンバーグを作って、紅珊瑚のお守りの作り方を教えたら、たぶん機嫌も直るだろう。そう考えながらラシアは厨房へと向かい、冷蔵庫から食材を取り出す。


 とりあえずミンチを作らないといけないので、両手に包丁を持ってリズム良くみじん切りにしていく。


 だいぶ前にできてしまった+10の包丁だが、おやっさんはわりと気に入って使いこなしている。硬い物でもスパスパ切れて楽だそうだ。ちなみにラシアが使うと使いこなせないので、まな板ごと一刀両断して怒られた。


 こういうものを作り始めると、誰かしらやって来て作ってほしいとか言い出すので、ラシアは少しだけ多めにミンチを作っておく。


 玉ねぎを炒め、ひき肉と混ぜて卵を入れる。パンをパン粉の代わりにして、塩と香辛料で味付けし、丸く成形。


 そしてフライパンで焼き始めると、この時点で良い匂いがしてくるので、たぶん成功の気配がする。


 良い感じに焼けたので、フライパンに残っている肉汁にサケカスから出た赤ワインを入れる。適当に香草と塩とバターで味付けして完成だ。


 と思っていると、さっきまで食堂で本を読んでいたラオメがやって来た。


「ラシア殿。あの食堂に置いてある本だが……どこで手に入れたか教えてもらっていいか?」


「あの冒険譚ですよね。ローウェンテニアの書庫から持って来ました」


「なるほど……ということはこちらがオリジナルか……。それも気になるが、ラシア殿は料理もできたのだな。それは初めて見る料理だが……どこへ行ったら食べられる? 私もレクトアも本ばかり読んでいて、昼食を忘れていたのでな」


「あー……じゃあこれ食べますか? こっちで作ったのは初めてなので、あまり美味しくないかもしれませんが」


「いや。匂いで分かるが絶対に美味いと思う。では悪いが、もらっていっていいか? お金に関しては好きなだけ私の家に請求してくれればいい」


 さすがに好きなだけ請求するのはと思うので、後で感想を教えてもらうことと、何か面白い話があったら教えてほしいとだけ伝える。


 皿にハンバーグとパンを載せ、余った赤ワインをコップに一杯注いでラオメに渡した。


 そして次は、自分とティアとセレットの分を作る。二回目ということもあって、次はかなりスムーズに進んだ。


 食堂を通る時に、ラオメとレクトアからとても美味しかったと言ってもらえたので成功だろう。


 外で手伝っているティアを呼んで戻ってくると、セレットも匂いに釣られてテーブルに座って怒っていた。


「私はラシアちゃんの考えは分かっています。どうせあの女は美味しい物でも食べさせておけば機嫌良くなるだろ、とか思っているんでしょ? 私は知ってます」


 まさにその通りなのだが……さすがに「はい。そーです」とは言えない。


 レクトアさん達と同じように、パンとハンバーグを皿に載せ、コップに一杯の赤ワインを注いであげた。さすがにティアには飲ませられないし、ラシアも飲む気はない。


 三人で食べ始めると、ティアはとても美味しいと言ってくれて、なぜかセレットは悔しがった。


「もう少し……私の怒りがラシアちゃんに伝わってほしかったけど、悔しい! とても美味しい!」


「まぁまぁ……また作ってあげますから、美味しいならそのまま味わってもらえればと思います。ワインのおかわりあるけど、いります?」


「いるいるー」


 ちょろいというか……ノアの母親だけあって可愛い人だなーとラシアは思う。


「ラシアちゃんは料理もそつなくこなすけど……どこかにお嫁さんに行くつもり?」


「行きませんよ。これぐらいならなんとか作れるといった感じですね。セレットさんが食べ慣れていない料理だから、美味しく感じるのでは?」


「食べ慣れていないのもあるけど……ちゃんと美味しいわよ」


「それなら良かったです」


「ラシアさんは、将来私の宿で働くって言ってた!」


「うーん。それはこの宿の将来が安泰すぎて良いかもしれない」


「私的にもダンジョンに潜ってるより、何か作ってる方が性に合ってますね」


「それはさすがに……国の損失というかなんというか……。あっ、そうそう。ラシアちゃん。お祭りが終わってからでいいんだけど、あの海に潜るアイテムの作り方を教えてほしいけどいい?」


「全然いいですよ。元々教えるつもりだったので」


「さすがはラシアちゃん」


 そんな話をしながら久しぶりにハンバーグを満喫していると、匂いに釣られて色んな人が釣れたので、わりと大変なことになった。


 おやっさんに了承を得てから、ティアに作り方を教えるついでに手伝ってもらった。


 ちなみにフウコウの分はガロニアに食われ、材料がなくなったのでまた今度という形になった。


「ふっ、不幸にゃ……」


「なるほど……これなら私にもできそうですね」


「姫様……豚と牛の挽肉でお願いします」


 少しのハプニングはあったが、心身ともにリフレッシュしたラシア達は次の日を迎え、天城ダンジョンへと向かった。

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