第30話 今後の事

 小さなうめき声を漏らしながら、ノアの意識が戻ってくる。


 最初に感じたのは優しい良い匂いだった。


 その匂いに引っ張られる様に、ノアはゆっくりと目を開けた。


「あっ……あれここは?」


 そこは見たこともない森の中だった。そして見たこともないローブが体にかけられている。


 戸惑っていると小さな声でエリエスが話しかけてきた。


「良かった!ノアさん起きたんですね」


 立ち上がろうとするが体は重く、左側に何かの重みがあってすぐには立てなかった。


 立とうとするノアをエリエスは慌てて止める。


「ノアさん!起きては駄目です。滝壺に落ちてからやっと起きたばかりですし、ラシアさんがようやく寝たのでそのままでお願いします!」


「へ?」


 と、間抜けな声が出た後にノアが体にかかっている重しの方を向くと、綺麗な赤い金色の髪が見えた。


 ラシアがノアにもたれかかって寝ていたのだった。


(あ……さっきのいい匂いってラシアさんだったのか…………じゃなくて!)


 まだまだ体はだるいが、大きな鳥のモンスターに襲われ、ベルエドが死に空に舞い上げられた事までは覚えている。だがそれ以上の事はわからない。


「エリエス。今ってどうなってるの?ここは?」


「……ここは大樹海です」


 と言って、一呼吸入れてから話しはじめる。


 自分達がバスタースワローの攻撃で滝壺に落ちた事。ラシアが皆を助けた事。


 今は樹海にいて、ここから王都に向かう事。


 そして自分達では役に立たないので、ラシアが数日間一人で戦っていた事。

 エリエスは本当に様々な事を伝えた。


 驚く事ばかりだがエリエスが嘘を言っているとは思えない。だからきっと全てが真実なのだろうとノアは納得し、ラシアの顔を見る。


「寝顔だけ見ると全然強そうに見えないのに不思議ですね」


「ほんとだね」


 まだ体が本調子ではなく、血もかなり減ったノアは守られているのが分かるともう一度眠気がくる。


「まだ私達が魔石集めたりしていますし、ラシアさんが起きるまで出発しないのでノアさんも寝ておいてください。よっぽどの時はラシアさん起こしますので」


「じゃあ……ごめん。もう少しだけ寝かせてもらうね」


 そう言ってノアは自分にかけられてあったローブをラシアにも掛けてあげて、もう一度眠りについた。


 ……


 …………


 ラシアは甘く良い匂いがして目を覚ました。


 そこまで深く眠ったつもりはなかったが、とてもすっきりしていた。ただ驚いたのはノアにもたれかかる様に眠っていて、ノアも体重をラシアに預けていた事だ。


 そしてローブを掛けて一緒に寝ていたので、とても驚き飛び起きそうになった。


(なんか良い匂いがすると思ったら……ノアさんの匂いか。可愛い上に良い匂いがするとか反則だろ)


 今、森の中でヤギに乗った和風男性に出会ったら、きっと「そなたは獣くさい。風呂入れ」とか言われるんだろうなーとラシアは寝ぼけながらに考え、最近風呂に入っていない自身の体の匂いを嗅いだ。


 そしてノアを起こさない様に起きて近くにいたエリエス達に挨拶をすると、ノアが先ほど目を覚ましたと教えてくれた。


 一つの峠は越えたとラシアは安堵の息を吐き出す。後は無事に樹海を抜けるだけだ。


 迷ってはいるが確実に進んでいるはずだ。数日で抜けられれば良いなとラシアは考える。


「ラシアさん。どうします?ノアさんが起きるまで待ちますか?」


「いえ。進みましょう。目覚めてすぐには歩けないと思うので少しでも進んでおきましょう」


「分かりました」


 とエリエスは返事をした後にダード達にも声をかけ、ラシアはノアを背負ってまた歩き始める。


 そして太陽が真上から少し傾いた辺りで、背負われているノアが目を覚ましラシアに話しかける。


「……ラシアさんごめんね。迷惑かけて」


「ノアさん……調子はどうですか?」


「まだ少しぼんやりというかフワフワした感じがする」


 腹に木が刺さっていてあれだけ血を流せば仕方ないとラシアは思う。


 まだ背負って進もうとも思ったが、この森を歩いた事のあるノアの意見が聞きたかったので、ラシアは前を歩くビエットに休憩しようと声をかけた。


 辺りを警戒しながら休憩に入る。


 ノアはアイテムバッグを失っていなかった様でゴソゴソと何かを取り出し、口に含み飲み込んだ。


「ノアさん。いまのは?」


「ちょっと血が足りない感じがしたから、血を作る薬だね。回復薬が怪我を治す物なら、これは増血薬って感じかな?……失血死しそうな時に使うやつ」


 なるほどとラシアは頷き、自身もアイテムバッグの中から体力に補正がかかる食べ物を取り出しノアに渡す。


 お腹が減っているのもあるだろうが、少しだけでもHPの回復速度上昇の効果があったりするからだ。


 余計な事は言わずにそれをノアに渡すと、お腹が減っていた様で美味しい美味しいと言ってすぐに食べた。


「俺たちも食べたが……確かにおいしいもんな」


 ダードが欲しそうだが、余裕がそこまであるわけでもないし効果が重複する訳でもないので、代わりに飴を取り出して三人に与えた。


「それでノアさん。王都でも良いですし、街道でも良いですし、樹海から出る方法って分かりますか?崖を登るのは流石に無理なので……」


 ノアは少し考えてから答える。


「うん。崖沿いに進んで太陽が傾いたら、そっちに向かって歩けばいつかは出られたはず。私も何回も来た訳じゃないけど、崖の下が樹海になってて囲んでる様になってるからね」


 進んでいる方向が合ってると分かっただけでもラシアは嬉しくなり、安堵の息を出す。


「まだ位置的には遠いけど街道にまで出てしまえば行商とかいると思うから……」


「襲って荷馬車を奪うのか?」


「違うよ! ダード君の考えが賊すぎる! お金払うか、空きがあれば乗せてくれると思うって事だね」


「なるほど」


「後は……もしかしたら王都の軍、騎士団とか聖騎士達が樹海で訓練してるかも知れないから少し空を意識して見た方が良いかも。私が前に入ったときは訓練してて野営地とかあったしね」


「なるほど。野営してるなら帰り道も知っているでしょうからね」


「そういう事。遠回りになるかも知れないけど目的地があった方が動きやすいと思うからね。当分はこのまま進んでいいと思う」


 そしてもう少し相談した後に出発する事になったが……ノアが身に付けているローブをどうしようかとラシアに尋ねた。


「ラシアさん。この超高そうなローブどうしたらいいの?」


 いらない物だが、この世界の平均的な装備と比べると恐ろしい程の性能の違いがある。だから迂闊に譲渡したり貸したりするのは避けた方が良いのだが、ノアに刺さった枝を抜く時に装備は破ってしまった。


 それにHP回復やMP回復などの効果もあったはずなので、病み上がりのノアには着てもらっておいた方が良いとはラシアは考える。


「引っかかったりしたぐらいじゃ破れませんし、多少は防御力もあるのでしばらくはノアさんが着ておいてください。破ってしまった装備は後で弁償しますので」


「弁償はいいけど……こんな良い物を私が着て良いの?」


「私は剣士系ですから着た所で恩恵がないので、しばらく着ておいてください」


 少し複雑そうな表情だったが、好奇心が勝ったのかノアは少し嬉しそうに分かったと言って、ラシアのローブを着直しながら整える。


 課金アイテムの加減か魔法武具の加減か、ノアが装備し直すとその体に合うように大きさが調整されとても似合っていた。


「みんな!見てみて!大魔導師ノア様だぜい!似合ってる?」


 ノア自身の素材が良いのもあり、その姿は確かに似合っていた。ラシアとエリエスは似合ってると手を叩き、ダードとビエットは少し顔を赤くし照れていた。


 暗い事も多かったが、元気になったノアに釣られて周りも少し明るくなり、一行はまた先を進み始める。


 先ほどの薬と料理が効いたのか、ノアはもう歩ける様になっていた。ローブの効果もあるのかもしれない。


 森を進む。並びも少し変わり、先頭からビエット、ダード、ノア、エリエス、そして最後尾がラシアとなった。


 戦闘になっても戦える魔法職が一人いるだけでも全然違う。


 ダード達では倒せないモンスターでもAランクのノアなら倒せる。


「ナパームボルト!」


 細細い炎の矢が幾つも現れ、モンスターに突き刺さる。次の瞬間、それらは燃え上がる様に爆発した


 ラシアが攻撃する事もなくノアだけで余裕だ。


 同じ魔法職のエリエスが尊敬の瞳をノアに向ける。


「ノアさん!本当に凄いですね!流石はAランクの魔法職!」


「本当にすげーな!中級っていってもここまで俺たちと差があるんだな!」


「そっそうだよ?……だからダード君達も頑張ってね」


 自分が使う魔法の事は自分が一番分かっている。ノアは変な汗が止まらない。


 原因はラシアから借りているこのローブのせいだ。


 異常なくらい魔力も魔法攻撃力も上がっている。先ほど倒したモンスターも倒せなくはないが、本来なら手こずるし一発では倒せない。


 原因は貸した方も分かっているはずだ。だからノアは余計な事は言わずにラシアの方を向く。


 ラシアは微笑んだあとにすぐに目をそらした。


 聞きたい事は山ほどあるが……命を助けて貰った人を困らせる事はしたくないので、ノアは追求する事はやめようと思いながら少し浅くなった森を進んで行く。

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