雨音、食卓の湯気、誰かの手のぬくもり、甘いお菓子。
七奈が書き留めるのは、日々の中にそっと残された、小さな温度です。
兄さまの隣は、七奈にとって何より安心できる場所。しかし、その想いにはやがて、家族への愛情だけでは名づけきれない切なさが滲み始めます。
近づきたい。けれど、大切な人の幸せは壊したくない。その切実な揺らぎが、優しい文章の中から静かに伝わってきました。
それでも、本作が描くのは、兄さまへの想いだけではありません。
「あなたはあなた」
「ちゃんと愛されていい」
「友達って、一回失敗したくらいで終わるものじゃないでしょ」
新しい友人たちから受け取る言葉と、イチゴのケーキやパン、おにぎりに込められた思いやり。その一つ一つが、完璧でいようと頑張りすぎる七奈の心を、少しずつほどいていきます。
気持ちを説明しすぎるのではなく、食べ物や触れ合う手の温度から、誰かを想う心を伝える描写がとても印象的でした。
何でもない日々は、いつか思い出に変わってしまう。
一話ずつそっと開いていくうちに、今そばにいる人と過ごす時間を、自分も大切にしたくなる。――温かくも切ない、心の記録です。