それ、愛でよくない?
瀬汰 海治
野暮な奴
「それ、『愛』でよくない?」が口癖の友人がいる。
昨今では、感情表現をする際には直接言葉で伝えるのではなく、登場人物の動きで伝えるべきだ、という創作論をよく耳にするようになった。
小説家志望の僕としては、この先人の知恵のなんとありがたいことか。まぁ僕は天才だから、知恵を授かる前から分かってはいたけど。
早速僕の表現力に酔いしれると良い。
何故だろう。どれだけ背けようとしても、僕の視線は彼女に吸い寄せられてしまう。磁石でもついてしまっているのか。
ブランコを久しぶりに漕いでみると、案外子どもの時のように楽しめたりするものだ。だけど、隣で微動だにしない空席のブランコを見ると、途端に楽しくなくなってしまう――。
「それ、『愛』でよくない?」
僕の書いた渾身の文章をそらんじて聞かせると、いつものように友人が言う。
「あれこれ手をこまねいて創意工夫すんのは悪いことじゃないけどさ、素晴らしく表現できるモンが既にあるわけじゃん。それを使わないのは、むしろダサくない?」
やれやれ全く。こいつはいつもこうだ。エモーショナルとか感傷的とか、そういう叙情的な感性に欠ける。野暮も野暮。もっと言えば創作者の敵。
「君は人間という価値が全く見えていないみたいだな。手垢に塗れた物の集合体なんて、誰が興味を持つんだ。『愛』なんてものでは遠く及ばない程の会心の表現を生み出せる可能性があるからこそ、人間は人間たらしめている」
「んじゃお前は今その『愛』に勝てる程のモンを生み出せてるわけ? 聞いた感じ、全然代用可能なんだけど」
「だから代用しないことにこそ価値があるんだって。『愛』なんてモノをサクッと使ってしまえば、文章に温かみがなくなるだろ」
「そうかぁ? 十分あんじゃね? やっぱお前のしてることコスパ悪いって」
「だから創作はコスパとかそういう話じゃないんだって!」
いよいよもって堂々巡りだ。ここまで話が合わない人間と、どうして僕は友達やっているんだろうか。
それ以降も喧々囂々の議論を交わしてもまったく相容れず、結局僕らは自分のスマホに集中することになる。
ふつふつ頭に血が上ったままで、仕方なく僕はインターネットで『愛』を調べる。
……全くもって、皮肉で嫌味な話だ。
小説作成に特化した生成AIの名前が、『愛』だなんて。
それ、愛でよくない? 瀬汰 海治 @badfortune
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