第42話 灰色の街は未来へ続く
久しぶりに降り立った王都には――灰色以外の色が見えた。
灰色だと思っていた世界にも、色が差していた。
私は何度も目をこする。王都が、灰色ではない。
そして、あんなに荒れ果てていた実家の屋敷は――お祖母様が生きていた時のように華やかだった。
これは夢なのか? そう疑いたくなったが、横にはアウレリオ様がいる。
「これ……は……?」
「
ひび割れた石畳も、壁も、水が枯れた噴水さえ、お祖母様がいらした頃のように美しく輝いている。
庭には色とりどりの花が植えられて、手入れも行き届いている。
お祖母様が好きだった噴水も、元通り水が光を反射しキラキラと水を吹き出している。
あんなに息苦しかったこの家で、息ができる。
それが、確かな――変化だった。
もしかしたらお父様だけではなく、この家自体が呪われていたのかもしれない。
「お嬢様……! アリーチェ様!」
サラが声を上げ走り寄ってくる。
「サラ……! ありがとう。あなたが……色々調べてくれたおかげだと聞いたわ」
「いいえ、奥様の仕打ちも皆、エウフェミア様が見ておいでだった――それだけです」
この屋敷には、もうあの人の痕跡はもうない。
それに、私がいるべき場所は――ここではない。
「ご主人様も、宰相になられてお忙しく……今度はご病気になられないとよいのですが」
「この後、王城に呼ばれているの。お父様の様子も、見てきます」
――お披露目もしていない、私が行ってもいいのだろうか。
それどころか、服も何もかもあの人が売り払ってしまい――十八歳になる日、突然嫁いだ私がだ。
サラに手を振られ、屋敷を後にする。瞳を隠さない私を、まだヒソヒソ言う人はいるが、もう気にはならない。
王城へ一歩入ると、女官のひとりが目を丸くして私を見ている――同級生、だった。
彼女は、バツが悪そうに私と目が合うと、逸らした。
旧態依然な王都は、そう簡単に価値観が変わるところではない。
ただ、歴史改ざんを見抜き、女王陛下に重用された新しい公爵家の夫人で、現在の宰相の娘――ただそれだけで人々の視線は変わってしまう場所でもある。
翡翠の瞳は災いを呼ぶ――そのようなことは始めからなかったことのように。
しかし、私が王都に行かなければ終わらないし、本当に始めることはできないと、導かれるようにここへ来た。
私は、アウレリオ様に伴われ、初めて王城に足を踏み入れ、歩みを進める。
広間では、お父様が待っていた。
「アリーチェ、無理を言ってすまない――ファルネーゼ卿も、ありがとう」
「いいえ、お父様。私は……なんだかここに、導かれるように来たくなったのです」
扉が開かれ、玉座の間に進む。
「――陛下、仰せの通り、妻を帯同してまいりました」
アウレリオ様が跪き、告げる。
そして、玉座の間に――女王陛下がいらっしゃる。
「陛下、お初にお目にかかります。ファルネーゼ公爵夫人、アリーチェでございます」
私は膝を折り、
「突然呼んで驚かれたでしょう。私は――デルフィリア・ウィンドミル。この国の――女王です」
現在のウィンドミル王家と、かつてのウィンドミル王家、ふたつの視線が合う。
陛下の瞳が、揺れているのが見える。
「実は、王都移住の件を再度打診しようと思って、呼んだのです――どうしても、来てはくださらないのですか?」
女王陛下の問いに、私は真っ直ぐな瞳で答える。
「畏れながら、そのお申し出はお受けできません」
「しかしあなたは、翡翠の血を継ぐ者ではありませんか」
私は、首を振り、前を見て、口を開く。
「私は公爵夫人アリーチェ・ファルネーゼでございます――他の何者でもございません」
横でかすかにアウレリオ様とお父様が頷いている。
確かに正統な初代女王の血を引いているのかもしれない。それは今の私には何の意味も持たない。
私は、国境の町で生きる領主夫人――それで十分だ。
彼の隣以外の場所で生きていくつもりはない。
(――これで、いいんですよね? お祖母様、エレノア様、ルチアーナ様)
私の胸の中にぽうっと温かい物が灯る。
翡翠の瞳で生きてきた。隠れるように生きた私は、もういない。
「――陛下、私にできる範囲のことは助力いたします。……ですから、領地に居住することを許可いただけないでしょうか?」
「そこまで仰るなら……、わかりました。ファルネーゼ公爵夫人」
ふっと女王陛下が微笑む。
「……たまには、顔を見せてくださいね」
陛下の優しいお言葉に、私は深く一礼をする。
ふっと私の中にあったものがほどけていく。
それは、百年以上前からこの国に長く残っていたものが、静かにほどけていくようだった。
張り詰めたものがするりと解けていく。
王城の空気が、ふわりと澄み渡って、澱みも、静かに消えていくのを感じる。
外に出た時、王都がさらに色づいて見えた。
灰色の世界が次第に彩られていく。
私は、ひとつ、ふたつと深く息をする。
身体が空気で満たされていく。まるで、全てが解き放たれたように。
私の横には、彼がいる。そしてこれからも、――国境の町で生きていく。
外で、彼に手を取られ、歩き出す。瞳は隠さず、前を見て。
視線はもう、気にならなかった。
それはただ、新たに始まる世界の中で、静かに交わされる光に過ぎなかった。
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