第40話 祝祭の日
窓を開けると、すぅっとした風が入り、空も高く透明な蒼が広がっていた。
(本当に、何かに祝福されたような――いいお天気)
私は深く呼吸をし、外から風に乗って響く
ポロン、ポロンと爪弾かれるそれは、これまで辿った道を全て思い起こさせるような響きで耳から心へ響きわたる。
脳裏に、お祖母様、エレノア様、ルチアーナ様の姿が浮かび、微笑んでいるように感じた。
そして――この町で喪われた大切な人々の生命の音が波のように押し寄せる。
まるで、皆がこの日を待ちわびていた。そのように私は思える。
幻想がふわっと弾けるように消え、扉を叩く音がする。
感慨深そうに、エルミラが入ってきた。
「アリーチェ様。昨日の
「エルミラもそう感じる? ――皆が喜んでいる、生命の音」
「ええ、祖母が微笑んでいる姿が浮かびました――本当に、祝福されているような日です」
ふたりで微笑み、身支度を進める。
白い衣装に、お祖母様から贈られた翡翠の首飾りと、エレノア様から伝わった翡翠のブローチをつけて。
そして、エルミラが、白い花のあしらわれた冠を、私の頭にふわりと載せる。
「――色々あって、正式な式ではありませんが……アリーチェ様、いちばんお綺麗です……!」
エルミラがじわりと涙を浮かべる。
私は、エルミラに微笑んで、柔らかく答える。
「ありがとう、エルミラ。あなたの――皆のおかげ」
私の視界もエルミラの涙につられて滲む。
そして、エルミラが微笑み、扉の方を見る。
「――ご主人様も、そろそろ入ってくればいいのに……。こういうときは不器用なんですよね……」
「何か言ったか? エルミラ?」
「いいえー、ご主人様も、こういうときは不器用だな、って」
そう軽口を叩きながらアウレリオ様が入ってくる。白い外套に身を包んで。
そして、私の姿を見て、少し顔を赤らめる。
「――アリーチェが、いつもに増して綺麗で……その……」
彼は顔を赤くし、俯いて口ごもる。
私とエルミラはふふっと笑い、そんな彼を見つめていた。
俯いて、赤みを増す彼の顔に、そっと触れる。
「アウレリオ様。あなたも、今日は一段と……素敵ですよ……」
彼の顔が更に赤くなっていく。そんな彼をすっかり不器用で可愛いと思うようになってしまった。
そして、私は顔を上げ、まっすぐ前を見据える。
「――そろそろ時間ですよ。行きましょう!」
静かに、歩みを進める屋敷の廊下は、しんと静まり返っている。
ただ、私たちの足音だけが深く響き渡る。
それでも、廊下の窓から差し込む光は、今までで一番輝いているかもしれない。
まるで、その先を祝福するかのように。
庭園に出る扉をエルミラが開けた瞬間、周囲からわぁっと歓声が上がった。
屋敷の人々も、町の人々も、皆このために集まってくれたのだ。
花で彩られた道を、私たちはふたりで歩く。
過去も、未来も全て――ふたりで受け入れて、進む。
横で、ビセンテさんとフリオさん、アマラさんがうっすら涙ぐんでいるのが見える。
そして――ファビオも。
王都にいる時はあんなに震えていたファビオも、ずいぶんたくましくなったように見える。
子供だと思ってたのは、私だけだったのかもしれない。
「……こんな日が来るなんて、姉様が笑っていられる日が来るなんて……思わなかった……」
ファビオがさらに涙をこらえきれなくなる。
私はそっとファビオのもとに歩み寄る。
「ありがとう……ファビオ」
ファビオは、アウレリオ様に向き直り、口を開く。
「――あの日。
アウレリオ様は微笑みながら頷き、ファビオの髪をふわっと触る。
「ファビオも、
ファビオが泣きながら頷き、前を見る。
そして、私たちは歩みを進め、皆の前に立つ。
私も瞳は隠さずに、前を見て。
顔を上げた瞬間、祝福の花びらが舞う。太陽の光を浴びたそれは、光の粒のようにきらめく。
ビセンテさんが、ゆっくりと前に歩み出る。
その顔は、今までで一番穏やかなものだった。
「本当にお幸せになられて、よかった。ほら、あちらで亡き先代ご夫妻方も……皆で喜んでいます」
墓地の方を向くと、太陽に照らされ一瞬、墓石がぽわっと光って見えた。
まるで「おめでとう」と祝福の言葉をかけるように柔らかく輝いている。
私は、目を閉じ、祈る。
これからも、平穏でありますように、と。
そして、どっと賑やかになり、葡萄酒の瓶が開けられ、風に乗って
子どもたちは町や庭園を駆け回り、大人は飲み、騒ぎ、豊穣を祈り祝った。
町のざわめきが――この先を照らすように響く。
笑い声が重なり、歌と踊りが町を満たしている。
私は、それを庭園からアウレリオ様とふたりで眺めていた。
「ご主人様も、アリーチェ様も、早くしないとなくなっちゃいますよ!」
エルミラとアルヴィンの声がする。
私たちは微笑みを交わし、皆の中に入って、この日を迎えられたことを喜んだ。
私の瞳には、確かに彩られた世界が映っている。
人々のざわめきも、笑い声も聞こえる。
それだけで、胸がいっぱいだった。
「後夜祭は、ここで火を焚き、踊り明かすんだ」
アウレリオ様が呟く。
庭園は、火を焚く準備が少しずつ始まっている。
太陽も、水平線に沈もうと傾き、一日の終わりを告げようとしている。
ふと、夕焼けに照らされた彼の横顔を見る。
彼の瞳は、もう悲しさを見せない。未来を見る目になっていた。
そして、私も瞳を隠すことはないだろう。そう思えた。
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