第五章|翡翠の辿り着く場所

第28話 全ては裏で繋がる

 乾いた蹄の音が、屋敷の静寂を細やかに震わせ、やがてそれは、玄関先に馬車の到着を告げた。

 

 降りてきたフリオさん、そしてアウレリオ様のその佇まいは、あくまで静やかでありながら、眼差しの奥には覆いきれない焦燥がかすかに揺れている。


 アウレリオ様は私のほうを見て微笑む。その目はどこか悲しさの中にも、決意を固めた――そんな表情だった。


(王都で――全部繋がった)


 その目に宿る色を受け取りながら――私は言葉にせずとも、事の輪郭をなぞることができた。

 そして、離れのビセンテさんに報告へ行くふたりの背を見送る。


 見送りを終えた足で、再び図書室へと身を沈める。


 アウレリオ様とフリオさんが王都に出かけている間、私も図書室で断片を繋ぎ合わせるように調べていた。

 

 胸の奥で、ひとつの違和感がゆっくりと輪郭を結びはじめる。

 ――お父様の部屋の装飾品。

 母が置いたという装飾品は不自然なまでに部屋の隅に配置されていた。結界のように。


 おそらく、王都での出来事を聞けば私の中でも、繋がる――。


 その時、エルミラが静かに私のもとへ近づく。そして、声を潜めて話す。


「――アリーチェ様、祖父が部屋に来るようにと。全て……繋がった、と」


 そう伝える彼女の目もまた、かすかに揺れていた。


 廊下を歩き、離れに向かう私たちを重い沈黙が包む。燭台の灯りと、窓の光が照らしている。

 影が、伸びてゆく。


 ビセンテさんの部屋には、既にアウレリオ様とフリオさんが沈痛な面持ちで立っていた。

 空気がさらに張り詰め、質量を持って私たちにのしかかる。


 「――アリーチェ」


 アウレリオ様が重い口を開き、呟く。琥珀の目は伝えることに躊躇っているように揺れている。


 「……結果から先に話す。全ては――予想通りだった。宰相と……オルドラン伯爵夫人の仕業だったよ」

 「やっぱり……そうでしたか」


 どのような仕打ちを受けても、母のことは信じたかったが、それも――もう崩れ去った。

 お父様や、アウレリオ様の家族、皆の愛する人を傷つけ、奪った宰相を、許すことなどできない。

 そして、それに加担した母も――。


 私は、唇をぎゅっと固く結び、肩を落とす。

 アウレリオ様が、震える私の肩に、そっと手を置く。彼のその手も……震えている。


 真実が目の前に揃った。これで終わる――それなのに、私の視界は滲み、熱いものが頬を伝う。

 確かに母からは笑みなど向けられたこともなかった。私の方を向いてなどくれなかったが、確かに母、だった。

 ただ――お父様にだけは危害は加えないと思っていたのに。全てをあの人は裏切り、傷つけていたのだ。

 

 (お祖母様……私は、どうすべきでしょうか?)


 心の中でお祖母様に問いかける。


 「――これが、オルドラン伯爵からの報告と、王立図書館で得た情報のメモだ」


 静かにアウレリオ様が差し出したそれを、私はドクドクと激しく脈打つ心臓を鎮めるように見る。

 私の手は、さらに震える。


 やはり、お父様の部屋も、薬も、全ては宰相と母が仕組んだこと。

 これまで、真綿でぎりぎりと締め付けられるような状態だったお父様のことを考えると、私の胸も軋む。


(お父様の薬――薬師の処方に、あの人が術の込められた粉末をどこかで混ぜ込んでいた)

 

 お父様の病状が回復しない理由、それが紐を解くようにするすると私の中に入ってくる。

 回復させないように――仕組まれていた。

 オルドラン家を滅ぼすために。

 塗り替えられた歴史を消し去るために――ファルネーゼとオルドランは、歴史の裏から消されようとしていたのだ。


 「……おそらく、お父様だけではなく、私も狙われていたはずです」


 信じたくなかったそれを口にした時――私の中で何かが崩れ去った。

 アウレリオ様が、一瞬驚いた表情をし、目を伏せる。


 「――その通りだ。アリーチェ、君がこちらに来る日、伯爵夫人は贈り物を用意していた。それに術が仕込まれていたそうだ」

 「……やっぱり、そう、ですよね……」


 一瞬、私の目から涙がこぼれ落ちる。

 理由はどうあれ、母は――私を一切想ってはいなかった。それどころか、手に掛けようとしていた。

 それだけで、あの人に対する最後の感情も、崩れた。


 たとえ「忌まわしき子」と言われようとも、心のどこかで母を求めていた。

 一片の愛情もあの人は――私に対して持ち合わせてはいなかった。それどころか、命を狙っていた。

 わかっていた。しかし、信じたかった。一片だけでも持ってくれていたら、と。


 翡翠の瞳をもって生まれた私は、あの人にとっては娘ではなく――憎むべき、忌むべき魔物のような存在だったのだ。


 私は目にそっと手を当てる。手には、とめどなく溢れる涙が当たる。


 「アウレリオ様――! 私のことは気にせず、裁きを……!」


 私は、振り絞るように、叫んでいた。


 彼は、私の肩を――ずっと抱き寄せてくれていた。

 全てを包み込むような彼の手の熱が、私の肩からじわりと伝わる。

 それだけが私の意識をその場にとどめてくれていた。


 「……おいたわしや……アリーチェ様……」


 ビセンテさんが、深く、静かに呟く声が聞こえ――私は、意識を手放していた。

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