沈丁花の香り。
通学路ですれ違った先輩への、届かない恋。あらすじだけ取り出せば片想いのよくある形かもしれません。でもこの作品は、その恋を「香り」で書く。嗅覚と記憶が結びつくことを、物語の構造そのものにしてしまう。
正直に言うと、最初は少し身構えました。感傷的な筆致で、はっきり「泣かせにきている」のがわかる。……のに、気づいたら泣いていました。見えている手で袖を引かれながら、見えない手で足をすくわれた、という感じ。
クラリネットやギターの手触り、三月の霞んだ朝の空気――季節の匂いの描写が本当に上手くて、こちらの鼻先にまで届く。
甘く切ない片想いの余韻が好きな人に。
読み終えたあと、しばらく動けなくなるはずです。
自主企画へのご参加ありがとうございます。
拝読しました。
沈丁花の香りと初恋の記憶を重ねた、淡くて切ない短編でした。
「記憶に残りたい」という気持ちが、とても高校生らしくて良かったです。
恋人にはなれない。
でも、忘れられるのも嫌だ。
その幼さや浅はかさを、作品がきちんと優しく見ている感じがしました。
朝倉先輩への恋は、最初から届かないものとして描かれています。
だからこそ、紬が沈丁花の香りに自分の気持ちを託そうとするところが切なかったです。
ただ、その香りに強く縛られていたのは、相手ではなく自分の方だった。
そこに気づいていく流れが、この作品の一番綺麗なところだと思いました。
華先輩の存在も良かったです。
恋の相手の恋人でありながら、嫌な人物として描かれていない。
むしろ、紬にとってお洒落や少し先の世界を教えてくれた人でもある。
そのため、片想いの痛みが単純な嫉妬だけになっていないところが印象的でした。
再会の場面も、静かで良かったです。
時間が経って、それぞれに大切な人がいる。
それでも、ふとした香りで昔の自分が戻ってくる。
その一瞬の揺れが、とても自然でした。
最後に紬が選ぶ花も好きです。
もう香りに頼らなくてもいい。
誰かの記憶に残るためではなく、今そばにいる人へ花を選ぶ。
初恋がきちんと過去になったことが、やわらかく伝わる終わり方でした。
春の匂いと、届かなかった恋と、少し大人になった主人公の心が残る作品でした。