第42話 黙りねィ!
シャルはもちろん、大喜びで、以前よりも俺に心酔した。見ていて危なっかしいほどに。
火竜退治のクエスト後のことである。
「――先生! 今日の火竜退治、楽勝だったね!」
「う、うむ」
シャルは一流の剣士なのに、俺相手だと間合いの感覚がおかしくなる。可愛らしい顔をグッと近づけてくるのは日常茶飯事だ。
「やっぱり先生は最強だよ! 素手で、一撃で竜を倒すなんて!」
「お前さんが深傷を負わせてたからさ」
俺は謙遜し、軽く咳払いをした。
「シャルよ! それより、ずっと前から考えていたことがあるのだ!」
「な、なぁに? 先生」
「うむ」
俺は軽く咳払いをした。
「実は……」
「う、うん」
「チハルパーティを解散しようかなと思うんだ」
「え……?」
シャルの可愛らしい大きな瞳から、はらはらと涙が溢れた。
俺はしどろもどろになる。
「い、いや……なにも泣かなくても」
「どうして? わたしなんか悪いことした? 悪いところがあるなら直すから、そんなこと言わないで、先生……」
「シャルとリーナは十分に強くなった。もう、俺の出番はないと思うのだ」
「……」
「強くなったし、驕ることもないだろう。新たなるトレーニングの救済を待つ者へと向かおうと思うのだッ」
「りねィ」
「へ?」
「黙りねィ!」
シャルの右ストレートが俺の頬に命中した。目から火花が散った。「ふぎゃ!」と情けない声を上げて俺は吹き飛んだ。地面に転がり、木に当たって止まる。
「先生はいつも人のことばっかり! たまには自分のこと考えてよ! せっかく、先生のお役に立てるくらい強くなれたのに!」
シャルは涙声を張った。
「先生、わたしたちがいないとまたジークみたいなのに捕まって裏切られるよ! わたしたちだったら、先生に忠義を誓うのに!」
「い、いやしかし……さらなる成長のためでもあるんだ。俺抜きで、君たちはもっと強く……」
「黙りねィ! わたしは先生が好き! 離れたくない!」
「しかし俺は一回り君より年上だ。ボディビルダーの合戸さんと真理子夫人も年が一回り離れてるが……」
「じゃあ、三年待ってよ。先生が振り向く大人のレディーになるから」
「十年だ。そのくらい大人になったら……」
「十年は長すぎ! 待てないよ! 四年!」
「六年だ。酒も飲める年齢にとっくになってるだろうし……」
「五年!」
「ムムッ」
俺は立ち上がり、腕を組んで唸った。
「五年なら、成人だな。確か」
「うん」
「よし……その時、まだ君が俺に好意を抱いていたら……前向きに考えるよ」
シャルの顔に喜びが弾けた。茶色い大きな瞳から、また涙があふれる。
「ちょっと待ちねィ!」
木陰から、金髪の少女が飛び出してきた。リーナだ。
「その場合、リーナはどうなるのですか? リーナもマスターのこと好きなんですけど。もちろん、シャルも好きですが。リーナのご飯は誰が用意してくれるんですか!?」
「そういえばお前さんもいたな、リーナ」
俺とリーナを交互に見比べて、シャルは言った。
「リーナは特別。先生とわたしのそばにずっと居てよ」
「分かりました。リーナは最強のエルフ。リーナ抜きではこれからの戦いは厳しいでしょう。ですが、リーナに美味しいモノを食べさせ続けるというなら……」
リーナは言葉を切り、もったいぶって続けた。
「このリーナがパーティを牽引してあげますよ。最強のエルフのリーナがね」
「助かるぜ」
俺は適当に頷いた。
「じゃあさ、先生」
シャルが俺の腕を握った。
「もう二度とパーティ解散なんて言わないでね」
シャルの目からハイライトが消えた。無表情で俺を見上げる。
ゾクッとした。シャルは時々怖い。
「よ、よし! 気を取り直して」
俺は明るい話題へと変えた。
「やっぱ解散はなしで、引き続きチハルパーティは継続する! チハルパーティは永久に不滅です!」
「マスター、永久と不滅だと重言になるのでは? 言葉として美しくないですよ」
リーナが突っ込んできて鬱陶しかったので、「焼き肉食わさねぇぞ」とこぼした。
シャルとリーナが目を輝かせる。
「焼き肉!」
「マスター! 焼き肉食べさせてくれるんですか?」
「うむ! このパーティのやっぱ続けますの記念日だ!」
「マスター、焼き肉と同じくらいマスターのこと大好きです! 一生ついていきますよ!」
と、リーナ。
「わたしは焼き肉より好きだよ!」
シャルも言った。
「お前らってヤツは……!」
俺は男泣きに泣こうとし――やめた。泣くのはやめだ。俺は今日から、コイツらと笑って生きよう。
俺は財布と相談した。高額クエストを受けたし、腹いっぱい焼き肉を食べても大丈夫だろう。
「では、焼き肉に行くぞッ!」
俺たちは、タンパク質を求め、三人で歩き出した。
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