第11話 赤ちゃんはどこからくるの

「クソ孫! お前は将来、里の未来を担う者! だが、まだまだ未熟ッ!」


「クソジジイ、リーナはもう弓と魔法の達人です!」


「いーや、自分の未熟さにも気付かないのは、救いがたいほど未成熟だ。よって……」


 シルヴァンは一度言葉を切り、少し悲しそうな顔を見せたあと、力強く言った。


「チハルさんの旅に付いていきなさい」


「ジジイ……」


 リーナがハッとした。


「実は、リーナも言い出すつもりでした。チハルのパーティに加わるって」


 シャルはまたピョンピョンと背伸びし、俺に耳打ちした。


「えっと、先生。そういう話してたっけ?」


「いや、いま俺も初めて聞いた」


 アイツ、リーナは俺のパーティに加わるのか。驚きである。


 だが、シャルと同じで伸び代しかない鍛え甲斐のあるヤツなのは事実だ。嬉しいといえば嬉しい。


「クソ孫……腹出して寝るなよ」


「分かってます……じいちゃん」


「たまには帰ってこい」


「はい、じいちゃん」


「チハルさん」


「ムムッ!」


 急に名指しで呼ばれ、俺は少し面食らった。


 長シルヴァンは、深々と頭を下げた。


「至らないところだらけの孫ですが、可愛いワシの孫です。どうか、よろしくお願いします」


「うぅ……じいちゃん……」


 リーナは頬を濡らしていた。


 俺は居心地が悪くなり、頭を上げてください、と言った。


「……うちのパーソナルジム兼パーティに入会してくれたからには、最高のボディに仕上げてやるぜ!」


「……ありがとう。リーナ、お前のそのポチャポチャボディもシェイプアップされてこい!」


「リーナはポッチャリでもカワイイですぅ」


 リーナはボロボロと泣きながら、笑みを浮かべた。


 年少のエルフたちがリーナに暖かいエールを送った。


「リーナお姉ちゃん! がんばれー!」


「今度は本当にドラゴン退治して帰ってきてね!」


「昨日まで弓も引けなかったリーナお姉ちゃんが頑張ったんだもん! あたしたちも頑張る!」


 リーナはダミ声で宣言した。


「はい……リーナは地上最強のエルフになって、故郷に錦を飾ります!」


 リーナは俺を見上げた。


 泣いてしまった羞恥からか、それとも感情の昂りからか、顔は真っ赤だ。


「これからもよろしくお願いします。……マスター」


「マスター?」


 俺は訊いた。


「リーナを教えてくれるんだから、チハルはマスターです」


「なんかエラくなった気がするぜ! クソ人間からずいぶんと昇格したな!」


「はい。人間はあまり押しが強くて、好きではないですが……マスターとシャルは特別です」


「おい、シャル。押しが強いのはエルフの方じゃね?」


「う、うん……」


 とにかく、とリーナは続けた。マスターという呼び方に慣れてないのか、顔を赤らめていた。


「マスター。よろしくお願いしますね!」


「うむ! よろしくな! ポッチャリーナ!」


「ポッチャリ言うなです!」


 太腿を蹴られた。どうやら、マスターと呼んでくれるが、心酔しているわけではないらしい。


 かくして、パーティにエルフの少女リーナが加わった。



 とある村。


 旅人御用達の安宿に、少女の荒い息遣いと乾いたドラムのような心臓の鼓動音が響いていた。


「むふぅううう!! キツいですぅぅぅ!」


「その調子だ! 頑張れ、リーナ!」


 リーナはデッドリフト……足元のバーベルを屈んで、腰まで挙げる種目をこなした。


「ハァ、ハァ……」


 汗だくで小休憩をとる。


 初デッドリフトの記録は三十キロでやっと十回。散々な記録である。


 だが、俺はニンマリと微笑んでいた。


 最高だ。伸び代しかない。これからが楽しみである。


「よし、今日から週四で鍛えるぞ!」


「週四回……? で、でも思ったよりかはキツくない、かも……」


 リーナはほっと胸をなで下ろした。


 シャルが同意する。


「うん。わたしも最初の日に自重トレーニングしたけど、キツかった。けど、本格的なウェイトトレーニングって、キツさが来るより先に楽しさが勝つよね」


 シャルがリーナにタオルを手渡す。


 リーナは素直に受け取った。


「楽しい……そうですね。達成感もありますし、これは楽しいという感情かもしれません」


 うむ、と俺は頷いた。


「筋トレはどの段階から始めても、成長が実感できて楽しいからな。リーナよ、お前さんは弓が引けなくて弓術も楽しくなくて引くための努力も怠っていただろう?」


「はい」


「筋トレはいかに筋力不足でも、しっかりと重量設定をして取り組めば、小さな自己実現の連続が起きるのだ!」


「はい。リーナ、なんでも途中で投げ出してしまってましたが、これは続きそうです」


「よーし、男の子!」


「女の子です」


 俺のやかましいエールの中、リーナはデッドリフト、ベントオーバーロウイング、懸垂を終えた。


 懸垂はもちろん、足を床につけた、いわゆる斜め懸垂だ。自重でもしっかりセットを組むのは意外に運動部の男でも難しい。運動不足のリーナなら尚更無理である。


「ふっ……ふっ……!」


 同時進行で、シャルもトレーニングをこなす。なんと懸垂は自重でしっかりと何回かは出来る。小柄で軽く、運動神経は悪くないので、自重種目は一通りこなせるのだ。


 俺も百キロでベンチプレスのセットを組み、一息ついた。


「先生、凄いんだね!」


 シャルが尊敬の念を目に込めて俺を見上げる。


「トレーニングキャリアは長いからな。……さて、トレーニングと同じくらい大切なモノは何か分かるか!?」


 シャルが小首を傾げた。


「友情? 努力? 勝利?」


 それも大切だが、と俺は首を振った。


 優秀なシャルより、意外にリーナが答えを言った。


「ごはん!!」


「その通りッ!」


 俺は膝を打った。


「いかに完璧なトレーニングをしても、食事をおろそかにしていると成長しないのだ!」


「……でも、今日もクエストなしだよ。二日前はあったけど、キャベツ畑を荒らしてた小さなスライムを倒しただけで、銀貨三枚の仕事だったし」


「キャベツ畑を荒らすなんて不届きなモンスターです」


 リーナが不満を漏らした。


「キャベツ畑は赤ちゃんが生まれる神聖な場所。エルフではそう伝えられてます」


「う、うん。わたしたち人間でもそんな言い伝えあるけど……」


「そんな神聖な場所を救ったのに銀貨三枚は渋すぎます! こんなんだから少子化は加速するのです!」


 リーナがむくれた。


「……赤ちゃんがキャベツ畑から生まれるってのは伝説だよ、リーナさん」


「へ? そうなのですか? じゃあ、赤ちゃんはどこから来るのですか?」


「う、うぐぅ……」


 シャルはいいごもった。頬を赤らめる。

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