第6話「税とは何か ── 文明への問い」


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国家債務残高:¥1,532,784,100,000,000

ダンジョン税収:¥0

配信視聴者数:23人

カウントダウン:341日

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 おにぎり交換が始まって一週間。健一は毎日地下5階に通った。


 おにぎり十個、魔石十五グラム。帳簿の行が一つずつ増える。マルサが電子記録を残し、健一が手書きで複写する。七日分で魔石百五グラム、評価額八百八十二万円。全額が交易記録であり、まだ一円も「税収」には計上されていない。


 二週目から、取引は一気に膨らんだ。

 ガルガが言っていた「他の集落にも分けたい」が現実になったからだ。

 おにぎりとチョコは、集落の外へ流れた。代わりに、周辺の小集落が魔石を持ってこの広場に集まってきた。

 この集落は、いつの間にか“交換の中心”になっていた。


満苔の日の会議で、取引条件が改定された。

 【補給パック】おにぎり+保存食+薬——を渡す代わりに、受け取る魔石は一日三十グラム。

 ただし、その三十グラムの大半は、この集落が掘った分じゃない。周辺から集まった分だ。

 だからこそ、これ以上この集落の生活を削らずに回せる——少なくとも、そういう建前は作れた。


 通い続けた結果、集落の内部が見えてきた。


 ゴブリンには役割分担がある。採掘班、農耕班、保育班、調理班、見張り班。班ごとに長がいて、長たちが老ゴブリンを交えて夕方に会議をする。議題は魔石の配分、水路の補修、子供の教育係の交代。小さいが、自治が機能している。


 家族構造もある。核家族ではなく、五から八体の拡大家族が一つの住居を共有する。子供は集落全体で育てる。


「人口動態。成体約百四十、幼体約六十。出生率と死亡率はほぼ均衡しています。平均寿命は推定四十から五十年」


「人間の半分くらいか」


「ゴブリンの幼体期は約五年。成体として活動する期間は三十年前後。短い人生の中で効率的に社会を回す仕組みが出来上がっています」


 マルサが集落全体の経済データを集計していた。健一が帰還後に表計算ソフトで分析するためだ。


 その日、ガルガが健一を倉庫の裏に連れていった。


「見せたいものがある」


 壁に刻まれた線。縦に五百本以上。横に区切り線が入っている。


「何だこれは」


「数える印だ。毎月、上に納める石の重さを記録している」


 マルサが即座にスキャンした。


「縦線一本が魔石一グラムに対応すると仮定した場合、一区画あたり約五百本。月間上納量五百グラムと一致します」


 月間五百グラム。Eランク換算で四千二百万円。年間では五億四百万円。


 健一は壁の記録を見つめた。最近の区画は線が密になっている。


「ガルガ。この印、最近増えてないか」

「増えた。三つ前の月から。上が『もっと出せ』と言ってきた」


 三ヶ月前。ゲートが出現した時期とほぼ一致する。


「なぜ増えたか、理由は聞いたか」

「聞いていない。上の者が来て、増やすと言った。それだけだ」


 健一は腕を組んだ。税務官の目が起動する。


 集落の月間魔石採掘量は約六十グラム。上納金は五百グラム。採掘量の八倍以上を納めている。差額は備蓄からの取り崩しだ。


「マルサ。この集落の備蓄消耗ペースを計算してくれ」

「現在の備蓄四千六百個、総重量十四・八キログラム。月間の消費が自家使用二十五グラムと上納五百グラムで計五百二十五グラム。採掘による補填が六十グラム。純減は月間四百六十五グラム。このペースで約三十一・八ヶ月、およそ二年八ヶ月で備蓄がゼロになります」

「二年八ヶ月」

「はい。その後は自家消費分すら確保できません。集落は存続不可能になります」


 ガルガはこの数字を聞いても、表情を変えなかった。


「知っていたのか」

「知っている。だから老長は毎晩、祈っている」


 搾取だ。


 健一は静かに怒っていた。表面には出さない。だが内側で確実に温度が上がっている。


 上納金は「税」だ。公共サービスの対価としての租税。ガルガ自身が前に言った。上が守ってくれるから。坑道を直してくれるから。水を引いてくれるから。受益と負担の関係は成立している。


 だがこの税率は異常だ。採掘量の八倍以上を徴収するのは徴税ではない。収奪だ。


「ガルガ。上納金は何のために払っている」


 前にも聞いた質問を、もう一度。今度はもっと深く。


「上が守ってくれる。坑道を直す。水を引く。それと——」


 ガルガが言い淀んだ。


「それと?」

「下の階の大きいやつらが来ないようにしてくれる」


 防衛。つまり安全保障だ。上納金には防衛費が含まれている。


 健一は頭の中でグラン・ノワールの構造を組み立てた。ゴブリンは最下層の弱小種族。自力では他種族の侵攻に対抗できない。上位組織が防衛力を提供する代わりに、過大な上納金を課す。弱者の足元を見た課税。


「マルサ」

「はい」

「これは完全に租税の基本構造だ。受益と負担の関係が成り立っている。グラン・ノワールは国家だ」

「同意します。課税権、公共支出、防衛機能。国家の三要素を満たしています」

「だとすれば、俺たちの仕事は変わる」


 健一はゆっくり立ち上がった。


「ゴブリン個体に課税するんじゃない。グラン・ノワールという国家と交渉して、D税法第二十二条の共同管理分担金を適用すべきだ。個人から取るんじゃなく、国と国の間で決める」


 マルサが〇・三秒。


「戦略の根本的転換です。長官の承認が必要です」

「分かってる。帰ったら報告する。だがその前に——」


 健一はガルガの方を向いた。


「ガルガ。お前たちの上納金は高すぎる。これは税務官として言う。適正な税率じゃない。俺が上と交渉する」

「……できるのか」

「やる。それが俺の仕事だ」


 ガルガが黙って頷いた。黄色い目が少しだけ潤んでいるように見えたが、ゴブリンの涙腺の有無を健一は知らない。



    *



 夕方。集落の外れで健一が記録を整理していると、幼体のゴブリンが三匹、マルサの周りに集まっていた。マルサの銀髪を引っ張ったり、腕の桐紋を指で突いたり。マルサは微動だにせず、ただ立っている。


 一匹が小さな花を差し出した。壁面の苔に咲いた、薄青い花。


 マルサの手が花を受け取った。


 〇・八秒。


 過去最長の処理遅延。


「……受領しました」


 マルサの声には抑揚がなかった。だが花を持つ手の角度は、差押え品を持つ時のそれとは違った。少しだけ、丁寧だった。


 帰還後、国分博士がログを確認してエナジードリンクを取り落とした。


「〇・八秒。今までの最長が〇・五秒だ。しかもトリガーが——花? 子供が差し出した花?」


 博士はモニターに向かってつぶやいた。


「面白いことになってきた」



    *



 庁舎。税所長官への衛星通信。


「個体課税からグラン・ノワールとの国家間交渉に切り替えたい。D税法第二十二条の共同管理分担金です」


 税所が眼鏡の奥で目を細めた。


「根拠は」

「ゴブリン集落の経済分析です。彼らは月間採掘量六十グラムに対して上納金五百グラムを納めている。年間五億円規模の徴税です。これは国家による課税そのものです。相手が国家なら、個人課税ではなく国家間分担金で交渉すべきです」

「ゴブリンを味方にできれば、グラン・ノワールへの足がかりになる。そういうことね」

「はい」


 税所が三秒黙った。


「承認する。ただし、国家として認定する公式な手続きはまだ踏めない。あくまで『交渉上の作業仮説』として扱いなさい」

「了解です」

「それと健一くん。視聴者が二十三人に増えているの。SNSでURLが出回っているらしいわ」

「誰が漏らしたんですか」

「内閣官房の職員が匿名掲示板に書き込んだ形跡がある。処分は検討中」


 二十三人。まだ小さな数字だ。だがゼロから二十三になるのは、ゼロから一になるのと同じくらい意味がある。


 誰かが見ている。誰かが関心を持っている。


 税収は依然ゼロ。だが今日、戦略が変わった。


 個人から税を取るのではなく、国と国として向き合う。


 ゴブリンの壁に刻まれた五百本の線が、健一に教えてくれた。


 税は、取り方を間違えれば凶器になる。


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▶ LIVE ダンジョン資源管理庁 公式👤23


💬 国際法ゼミ4年:租税条約の枠組み適用する気か

💬 財政学教授 :DGPの概念を地下国家に適用するのは学術的に前例がない

💬 名無し   :この公務員ただ者じゃないな

💬 霞が関の犬 :戦略変更を長官は承認するのか

💬 元国税   :こいつマルサ出身だろ。交渉の組み立て方が査察畑だ

💬 深夜の税務署:マルサちゃんに花渡したゴブリン幼体GJ

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第6話「税とは何か ── 文明への問い」了

次回──第7話「督促状のない督促 ── ゴブリン語で伝える義務」

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