すべてがAになる

ゆいゆい

第1話 すべてがAになった

「あかりの胸って、揉むのに握力いるんだよな」


 交際して3ヶ月。あれだけ大好きだった彼氏と別れようと決断するに至った発言がこれだ。大学2年生の年末、初めて出来た彼氏と、初めての夜を共に過ごしていた時の出来事である。

 私我妻あかりにはコンプレックスが多い。なかでも寸胴気味な体型なくせに全く成長する兆しのない、両の胸がとくに嫌いだった。バストサイズAA。身長150cm体重50kg、お腹が決してでているわけではないのに横に大きい歪な体型。圧縮機でぺちゃんこにした身体みたいだと、己の身体を忌み嫌っていた。


 この両胸を彼氏に初めて鷲掴みにされて3日後、わたしが彼氏を振ってあっけなく破局した。




「何これ?」

 あかりは思わず首を傾げた。自宅の食器入れに、身に覚えのないランプが置いてあったのだ。所属している料理サークル「スパゲッティクラブ」の活動を終え、帰宅してすぐに発見した。アパートで1人暮らしをしているので、誰かに聞くこともできやしない。とくに理由はないのだが、あかりはランプを居間のテーブル上に置いた。どうしてか、そうせねばならない責務感を抱いたのだ。


「あぁ、疲れた」


 夕食はスパゲッティクラブにて作った春巻きがメイン。スパゲッティクラブなんて名前なくせにパスタ料理を作る機会は何故かほとんどない。貧乏学生なので基本は自炊。サラダや味噌汁をささっと作って夕食の完成。


「いただきます」


 手のひらを合わせ、一口一口ゆっくりとご飯を食べた。食べるのが遅いあかりは、食事に平気で20分は費やす。今日は、ランプを見つめながら咀嚼したこともあって30分要した。昼間食べた時ほど、手作り春巻きに感動を得られなかった。


「ごちそうさまでした」

 

 食べ終えて食器を片そうとした時だった。

 テーブルに置いていたランプがボオオオオンと聞いたこともない轟音を出してくるくる回りだしたのは。「きゃああ!」と叫んだあかりが逃げようとした時、天井近くまで届くほどの光柱が立ち上がり、煙の中から女が姿を現した。……ごろ寝しただらしのない格好で。


「――はぁ……呼び出し? 本当に人間ってせっかちよね。女神は分単位のスケジュールで本当に忙しくて、今休憩してたとこなのよ」


 空中で寝っ転がりながら見下ろすようにため息をつくその自称女神は、モデルでも絶対通用する身体つきをしていた。艶やかな髪、完璧な曲線、堂々と主張する豊かな胸元。そしてそれらをほんのりと隠す、水色の薄い羽衣。自信過剰という言葉がそのまま形になったような佇まいだった。


 対するあかりは、腰が砕けたまま固まっていた。冴えないパーカーにジーンズを身にまとった彼女は、頭の中が真っ白になっていた。もともと頭の回転が遅いあかりは、何も考えることができなくなっていたのだ。


「って……あんた、初めて見る顔ね。なんでそんな目で見てるのよ。ああ、察したわ」


 女神は口角をつり上げ、わざとらしく胸を張る。


「私と比べちゃった? 仕方ないわよ。私は願いを叶える存在、あなたは……まあ、普通の人間だもの。その貧相な身体……可哀想に」

「べ、別に比べてなんか……」

「嘘。人間ってすぐ顔に出るのよ。特にそういうコンプレックス」


 女神はくるりと優雅に宙を一回転し、あかりの正面へと音もなく降り立った。

 足先が床に触れた瞬間、空気が張り詰める。まるでこの部屋そのものが彼女にひれ伏しているかのようだった。


「ひれ伏しなさい。私は高貴なる女神カトレア。あなたのような凡俗が直視していい存在ではなくてよ」


 あかりは思わず一歩下がった。だがすぐに、むっと唇を尖らせる。


「別に……呼んだ覚えないし」

「呼んだのよ。無意識に。あなたの“くだらない劣等感”が、ね」


 カトレアは細い指を一本立て、まるで玉座に座る女王のような態度で言い放つ。


「今日は特別に願いを叶えて差し上げますわ。本来なら三つ。でも今回は気まぐれ。ひとつだけ。光栄に思いなさい」

「……ひとつだけ?」

「そう。あなた程度にはそれで十分でしょう?」


 鼻で笑われ、あかりの眉がぴくりと動く。


「さあ、言いなさい。あなたの“本当の願い”を。どうせ薄っぺらな欲望でしょうけど」

「いきなりそんなこと言われても……」


 あかりは腕を組み、視線を逸らす。だがそれは困惑というより、気に入らない相手に素直になりたくない子どものような態度だった。


「ふふ。考える頭もないのかしら。外見も中身も控えめだなんて、救いようがないわね」

「うるさいな!」


 思わず声を荒げる。

 カトレアは愉快そうに肩をすくめた。


「なによ、その顔。図星を突かれたからって怒るなんて。器が小さいのね」


 その言葉に、あかりの中で何かがぷつりと切れた。

――どうせこれは夢だ。

――どうせ叶うわけない。

――だったら、思いきりわがまま言ってやる。

 あかりは顎を上げ、女神をにらみ返す。


「……願い、決まった」

「へえ? ずいぶん早いこと。やっぱり浅いのね。お金?ブランド物?それとも……ちっぽけな自尊心の補填かしら?」

「違う」


 あかりはゆっくりと言葉を刻む。わざと、もったいぶるように。


「この世の中から……Aカップ以外のサイズをなくしてください」


 一瞬、沈黙が両者に走った。


「……は?」


カトレアの微笑が凍る。


「何を言っているの? そんな瑣末な、世界規模で迷惑な願い――」

「あたしが気に入らないの。だから全部なくなればいいの」


 その声は拗ねた子どものようで、けれど妙に固かった。


「みんな同じなら、誰も文句言えないでしょ?私はもう苦しみたくないの!」


 カトレアのこめかみがひくりと引きつる。


「あなた……本気で言って――」


 その瞬間、部屋の中で光が爆発した。部屋にあったライトやテーブル、すべてが可視できなくなる。


「ちょ、待ちなさい! 私はまだ承認を――」


 遅かった。

 世界を満たす法則が、静かに書き換わる。

 女神カトレアの絶叫が白光に飲み込まれる。

 そしてこの瞬間、この世からAカップ以外の概念は消滅した。

 

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