俺は2月14日に恋してる。

田中不燃

♡♡/♡♡



「なあ、ケンコク。なんでこのクラスだけ、こんなに過疎ってんだ?」


 昼休みのアンニュイな空気の中、隣の席の2月10日フトンが、頬杖をつきながらぼやいた。


「またその話かよ」俺はため息交じりに教科書を閉じた。


 俺の名は2月11日。通称:ケンコク。


「だっておかしくね? 隣の1月組とか3月組は31人もいるんだぜ。4月組だって30人いる。なのに、うちは28人。少子化対策はどうなってんだよ」


「仕方ないだろ。仕様だよ、仕様」


「たまに29人になるけどさ」


「ああ、うるうさんな」俺は空席の一つを見やった。「彼女はレアキャラだからな。四年に一度しか登校してこない。出席日数とか大丈夫なんかな……」


「いいなあ、俺も四年に一度だけ働きたい〜〜」


 フトンが「ふとんの日」としての個性を全うしようとした、その時だった。バーン! 教室のドアが、物理法則を無視した勢いで開かれた。


「道を開けろにゃー! 閣下のお通りだ!」


「頭が高いぞ平日ども! わたくしたちのボスがお見えだ!」


 先導して入ってきたのは、二人の女子生徒だった。2月22日ニャンニャン2月24日フリカエ。2月組の親衛隊だ。


 そして、その二人に守られるようにして、圧倒的なオーラを放つ男が教壇に立った。


「やあ、諸君。今日も短い2月を無為に過ごしているかい?」


 2月23日テンノー。令和になってから転入してきた、最強の「国民の祝日」だ。彼の輝きは、俺のような昭和生まれの祝日とはワット数が違う。


「な、なんだよテンノー。何を始める気だ?」モブ平日の一人(2月5日フタゴ)がおずおずと尋ねると、取り巻きのフリカエが凄んだ。


「質問は許可制だ! いいか、テンノー様は偉大なんだぞ。テンノー様が日曜日に重なれば、翌日のわたくしも『振替休日』として赤くなれるんだ!」


「その通りにゃ。あたしだって、テンノー様の前日というポジションのおかげで、連休の起点になれる可能性があるにゃ!」


 親衛隊たちが騒ぐ中、テンノーは優雅に手を挙げ、教室の中央を指差した。「茶番はそこまでだ。僕がここに来た理由はただ一つ。愛の革命を、起こすためさ」


 彼の視線の先には、窓際で文庫本を読んでいる女子がいた。


 2月14日バレンタイン


 クラスのマドンナであり、平日でありながら最強の経済効果を持つ女。そして――俺の、幼馴染だ。




「単刀直入に言おう、バレンタインさん!」テンノーは教壇から飛び降り、彼女の机に手をついた。「僕と手を組んで、『国民の祝日』にならないか?」


「……は?」バレンタインが、読んでいたスタンダールの『赤と黒』に栞を挟み、ゆっくりと視線を上げた。その瞳は絶対零度だ。


「見たまえ。僕(23日)と、彼(11日)がいる。現状でも2月は祝日が多い。そこに、君(14日)が赤くなればどうなると思う?」


 テンノーは黒板にチョークで『11』『14』『23』と書き殴り、それらを太い線で結んだ。「『2月・レッド・トライアングル』の完成だ!」


 教室がざわめく。「レッド・トライアングル……?」「なんだか強そうだぞ……」


「11日が休み! 14日が休み! そして23日が休み! この高頻度の波状攻撃ホリデー・ラッシュにより、日本の経済活動のリズムは崩壊する!」


 テンノーは高らかに宣言した。「さらに、僕は内閣府に手を回してある。14日が祝日化された暁には、特例法案『冬のゴールデンウィーク構想』を可決させる! 11日から14日までの平日を強制オセロで休みにし、さらに14日から23日までの期間を『国家推奨・愛の有給休暇週間』とするのだ!」


 親衛隊が「うおおお!」と盛り上がる。「すごい! 事実上の二月半ドン化だ!」「日本中が半月くらい休みになるにゃ!」


 教室中がどよめいた。平日モブたちにとっても夢のような話だ。自分の色が「黒」から「赤」に変わるだけでなく、2月という月そのものが、労働から解放されたユートピアになるかもしれない。


(……無茶苦茶だ)


 俺は、机の下で拳を握りしめた。強引すぎる。


 だが、この圧倒的な政治力と「休ませてやる」という甘い公約こそが、テンノーが「最強の祝日」たる所以ゆえんだ。俺みたいな「神武天皇が即位したらしい」という、ふんわりした由来の祝日には逆立ちしても言えないセリフだ。


 彼と組めば、バレンタインは名実ともに「2月の女王」になれるだろう。お似合いなカップルだ。幼馴染として、祝福してやるべき……。


 だが。


「……お断りよ」バレンタインは、冷たく言い放った。


 テンノーの笑顔が引きつる。「な、なぜだ? 君も平日のまま、コソコソとチョコを配る生活には飽きているだろう? 公認の休みになれば、堂々と愛を祝えるんだぞ!」


「あんた、バカなの?」彼女はため息をつき、長い黒髪をかき上げた。「私が祝日になって学校が休みになったら、『放課後の教室』も『下駄箱』も『先輩の机の中』も、全部立ち入り禁止になるじゃない」


 その言葉に、クラス中の男子が息を呑んだ。「バレンタインの醍醐味はね、退屈な日常の隙間を縫って、『チョコ』という非日常を混入させるスリルなのよ。休みになったら、それはただの『お菓子交換会』でしょ?」


「ぐっ……!」テンノーがたじろぐ。「し、しかし!安全と安心こそが国家の……」


「愛に必要なのは安全じゃないわ。『バレるかもしれない』というリスクよ」彼女は言い切った。「私は、平日としてのプライドを持って、あえて黒い服を着ているの。あなたのそのピカピカした赤色とは、美学が違うのよ」


「……い、言わせておけば!」取り巻きのニャンニャンが噛みついた。「テンノー様の顔に泥を塗る気かにゃ! 猫パンチするぞ!」


「やめろ、22日」テンノーは親衛隊を制止し、不敵に笑った。「……いいだろう。君の美学は理解した。だが、政治力でねじ伏せるのが大人のやり方さ。帰って『閣議決定』の手続きを進めるとしよう」


 彼はマント(に見えるパーカー)を翻し、教室を出て行った。「覚えておけよ平日どもー!」とフリカエが捨て台詞を残して追っていく。


「あいつの教室もここなのに……どこ行くんだよ」フトンが寝言で的確なツッコミを入れた。




 放課後。


 オレンジ色の夕日が差し込む廊下を、バレンタインが一人で歩いていた。部活に向かう俺は、迷った末に、彼女の背中に声をかけた。


「よう。さっきは災難だったな」


「……ケンコク」彼女は足を止め、振り返った。逆光で表情が読み取れない。


「でも、かっこよかったぜ。さっきの啖呵」俺はなるべく明るく振る舞った。「テンノーの誘いを蹴るなんてな。あいつと組めば、お前も『国民の祝日』になれたのに。……正直、もったいないってお前も思ってるんだろ?」


「はあ?」彼女が眉をひそめた。


「だって、祝日だぞ? 俺みたいに『なんとなく休み』なだけの地味な日じゃなくて、お前ならもっと華やかな、みんなに愛される祝日になれたはずだ」


 俺は自虐的に笑った。「俺なんて『建国記念の日』とか偉そうな名前だけど、結局みんな『あ、今日休みなんだラッキー』くらいにしか思ってない。意義なんて失ってるようなもんだ。それに比べてお前は……」


「……あんたって、本当にバカね」


 低い声だった。顔を上げると、バレンタインが俺を睨んでいた。その瞳が潤んでいるように見えたのは、夕日のせいだろうか。


「鈍感にも程があるわよ。幼馴染やめたくなるレベル」


「な、なんだよ急に」


「あれは……あんたのためでもあるのよ」


「俺?」


 彼女は一歩、俺に近づいた。「いい? 想像してごらんなさいよ。もし私が祝日になって、14日が赤く塗られたら、どうなると思う?」


「どうなるって……休みが増えて、みんな喜ぶだろ」


「違うわよ!」彼女の声が廊下に響いた。「あんたの……、あんたの『11日』が、埋もれちゃうじゃない!」


 俺は言葉を失った。


 彼女は、俺の胸元にある「11」のビブスを指差す。


「あんたが11日にいて、赤く光ってる。その三日後に、私が黒い平日として存在する。このリズムが完璧なの。もし私も赤くなったら、それこそあんたはただの『バレンタインデーの前にも休める日』に格下げよ。あんたの個性なんて、見せかけの連休の中に溶けてなくなっちゃう」


「そ、それは……別にいいよ。俺なんかより、お前の方が重要だし」


「私がイヤなの!」彼女は叫んだ。「あんたが『休み』を作ってくれるから、みんなそこで立ち止まれるの。私が平日だから、みんな『建国記念の日ケンコク』をありがたく思ってる。チョコを買ったり、誰にあげようか悩んだり、そういう『準備』の時間があんたの日なのよ。……私、あんたの日が好きなの。世界中の誰よりも」


 心臓が早鐘を打った。バレンタインは顔を真っ赤にして、視線を逸らした。「あんたがいて、一度日常を止める。その『タメ』があるから、私の日が特別になるの。……あんたは、意義を失ってなんかいない。あんたは私の……」


 彼女は言葉に詰まり、意を決したように俺を見た。「私の、滑走路なのよ」


「か、滑走路?」


「そう。私が一番高く飛び立つための、助走区間。あんたがしっかり地面を固めて、赤く照らしてくれないと、……私だって怖くて飛べないんだから」


 世界が反転した気がした。神話も、歴史も関係ない。目の前にいる少女が、俺の存在を肯定してくれている。それだけで、俺がカレンダーに存在する意味は十分すぎた。


「……そうか」俺は、自分の手のひらを見つめた。うっすらと赤い発光。それは劣等感の色ではなく、彼女を照らすための誘導灯の色だったのか。


「俺は、お前の滑走路か」


「ええ。最高の踏み台よ」彼女はいつものツンとした調子を取り戻し、ふふんと笑った。「だから、自信持ちなさいよ。来年も再来年も、私の手前で、誰よりも赤く光ってなさい。……これは命令よ、幼馴染としてのね」


 そう言い残して、彼女はくるりと背を向けた。夕日に染まる廊下を、彼女が走っていく。甘い残り香と、確かな熱を俺の胸に残して。



「……ヒューヒューだねえ」いつの間にか足元にいたフトンが、ニヤニヤしながら言った。


「聞いたかケンコク。お前、滑走路だってよ。踏まれる前提じゃん」


「うるさいな」俺は口元が緩むのを止められなかった。


 滑走路、上等だよ。……あいつが一番高く飛べるなら、踏み台になるのも悪くない。


 俺の身体から出る赤いオーラが、少しだけ強くなった気がした。人数が少ない2月クラス。ここにはみんなの、そして俺の役割スケジュールがある。



 Fin

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俺は2月14日に恋してる。 田中不燃 @hescapricious

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