不思議な店「めぐり屋」を軸に、鋏で縁を切るという奇譚的な題材を、オムニバス形式で描く連作。読み始めてまず感じるのは、大正浪漫めいた洋館の空気と、内気な視点人物・時雨伊織の距離感のある語り口です。第1話の後味は、ホラーとも人情話ともつかない独特な余韻を残します。
本作の一番の読みどころは、実は縁切りファンタジーの本筋よりも、伊織と糸井蚕人の友情が結ばれる場面かもしれません。天候の描写、視線のやり取り、間の取り方——ここだけ明らかに筆致の解像度が上がり、書き手の得意分野がにじみ出ています。作者はこれまでも人と人との強い感情の結びつきを描いてきた方だと思いますが、今作ではあえてその手札を、縁切り×オムニバスという普段とは違う構成の中で試している印象を受けました。新しい語り口に挑戦する姿勢そのものが、この作品の一番の魅力だと感じます。
一方で、まだ挑戦の途上にあると感じる部分もあります。斉藤というキャラクターは、これから彼女自身の背景を掘り下げていく展開が予想されますが、序盤の描写がやや露悪寄りに振り切れているため、今後の感情移入への転換にはもう一段階の”綻び”の描写が欲しいところです。
また、文体面で一点。「無心で足を動かしていれば、俺は無事にA組の扉の前にたどりついていた。」という一文がありますが、ここは「無心で足を動かしているうちに、俺は無事にA組の扉の前にたどりついていた。」とした方が自然かと思います。「〜ば」という条件形は、読者に「この後何か起きるのでは」という予期を生みやすく、地の文で単に事実を語りたい場面では、かえって注意を逸らしてしまうことがあります。この言い回しは他の場面でも見られたので、意識して見直してみると、文章全体のテンポがより安定するかもしれません。
奇譚としての骨格はしっかりしており、今後斉藤編・そしてまだ見ぬ店主・巡自身の過去が語られていくであろう展開に期待が持てます。慣れた領域を飛び出して新しい物語の形に挑む、その第一歩を追いかけたくなる一作です。