EP.13 応報せよ




 時は少し遡り…




「除け」


 食らいついてこようとするヒュドラの頭部を、回し蹴りでビルの壁面にめり込ませる。続けて顔の半分が欠損した頭部の突進を右手で受け止め、左手から伸ばしたブレードを脳に突き刺す。


 これで終いかと思った矢先、先程ビルに叩き付けた頭部が再び動き出し襲い掛かってくる。拳を握り締めて迎撃するが、どれだけ傷を負ってもまるで止まる気配を見せない。ここまで来ると、もはや執念では無く本能の様な物だろう。


 -ショックバスター 残弾無し-


 通常の打撃では一撃で頭部を破砕出来ない、かと言って、胴体から切り離そうにも不可能。何故なら既に、ヒュドラの胴体は完全に沈黙しているからだ。


(頭部が胴体から分離して独自に動くなど、いくら魔獣と言え、生物の範疇から逸脱している)


 ただ現実として、ヒュドラは残った頭部のみで攻撃を仕掛けてきており、それが尽く俺の妨害をしてくるのも事実だ。


 もし時間に余裕があれば動かなくなるまで殴り続ける事も出来ただろう、が、悠長な事を言っていたら新たに出現したヒュドラへ対応が出来ない。


『ハルカ、危ない!』


「マズイな」


 月宮ハルカが地中からの攻撃で斃れた。バイタルサインはあるが、意識喪失は間違いないだろう。…もはや市民からの印象変化も止むを得んか。


 -左前腕部 C.I.S起動 エネルギー充填開始-


 -使用兵装 C.I.S モルガン-


 左前腕が展開され、一部内部構造が顕になると共に甲高い音が鳴り始める。上空の回転翼機からは見えているだろうか…対応を考案するのは終わってからでも遅くはない。


 -C.I.S モルガン エネルギー充填率35%で発動 現充填率24%-


 今は先ず、目の前の敵を排除する。


「邪魔だ」


 食らいついて来る顎を打ち抜き右手で地面に抑え込みつつ、モルガンを展開した左手を思い切り叩き付けた。


 -C.I.S モルガン エネルギー充填完了 インパクトコア全力稼働 仮装バレル状態安定-


 -インパクト ナウ-


 閃光が視界を包み、放たれた無数の光弾が散弾となってヒュドラの頭部を削って行く。やがて光が収まると、俺の手の下には剥き出しになった地盤が顔を覗かせているのみだった。


 -目標撃破-


 頭部の消滅を確認した俺は直ぐに八雲スズらの方向へ向き直り、全力で走り出す。そして、ビルの残骸や残された車などを弾き飛ばしながら辿り着いた先では……


『アリ…ス…?』


(やはり保たなかったか)


 視線の先、月宮ハルカと同じく地面に横たわる2名を見て、そんな事を思う。ただ、その向こう側に一切魔獣の痕跡が無い所を見ると彼女らは任務を果たす事に成功した様だ。


 ……ならば、俺はそれに応報する。



『たす…けて…』


「了解した」


 今にもヒュドラに捕食されそうな八雲スズらへ向けて駆け出す。


 -味方ユニット バイタルデータ所得-


 スキャン結果では脳への損傷の可能性あり…更に魔力強化が切れている今、俺の攻撃の余波で命を失いかねない。故に、打撃で攻撃を逸らすのは得策では無いだろう。


 なら、間に割り込んで止めた方が良い。


 -スラスター全開 コンバットブースト 実行-


 一瞬で超音速に至り、瞬時に俺は目標まで距離を詰める。


 そして超音速から一気に減速。慣性制御システムを起動。


「え…」


「…すまない、少し手間取った」


 八雲スズがアスファルトごと飲み込まれる寸前、俺は紙一重で両者の間に割り込み、ヒュドラの口内に左腕を差し込んで、抑え込む事に成功した。


「さて…」


 -警告 敵口腔部高エネルギー反応-


 む、この状態で砲撃を放つか。それに充填が早い…この首に魔力を集中させているな。このまま攻撃を許せば、背後の2名は一溜まりもないだろう。


 -ターボパワー起動-


 地面に両脚が沈み込む。増大する圧力を片腕で受け止めながら、下顎をエナジーブレードで斬り付け———殆ど同時に魔力が喉元から口内へ移動してきて、痛みに顔を仰け反らせたヒュドラは天に光条を吐き出した。


 なお、俺は地面に立ったままである。


「ッッッ!!!」


 背後から息を呑むような声を聴覚センサーが捉えた、が、俺は意識内に響く警告音でそれどころでは無い。それに、敵は依然目の前にいる。


 -警告 左腕全損 亜空間ハンガー接続エラー 量子修復不能-


 亜空間ハンガーとの接続が確立されていないのに、甚大な損傷を許容せざるを得なくなった。片腕で戦闘を継続する事は想定されているが、データ収集などの余裕は無くなったと言える。


「まぁ良い」


 永遠に失われる訳では無いのだ。むしろ腕一本で済んだのは僥倖だろう。それに戦闘を長引かせられないなら、早急に仕留めれば良い。


 幸い、その手段はまだ存在する。否、存在していたのを思い出したと言うべきか。


 -右前腕部 C.I.S起動-


 今日魔法少女達と外出し、様々な娯楽に触れた。その全てを理解したとはとても言い難いが、多少は感情を知覚する事は出来ただろう。


 また同時に、以前の世界で刻まれた記憶の断片が脳裏に蘇ってきていた。


『イナズマにした理由だと?そうだな、安直だが……』



 -専用兵装(エクスクルーシブユニット) 使用要請承認 使用兵装 C.I.S サンダーバード-



 ◇



「待って待ってダメダメダメダメダメダメ……………」


 片腕を失ったイナズマちゃんが、尚もヒュドラに立ち向かおうとしてる。私を庇って、傷付いたのに、まだ私を守ろうとしてる。


 ダメ、ダメだよ。そんな怪我で戦おうとするなんて。強化人間でも関係ない、イナズマちゃんだって1人の女の子のはず。


 ロクに怪我もしてない私が、やらなきゃ……


「ッ…!」


 頭がフラついても、どれだけ全身が痛くても、今イナズマちゃんが感じてる痛みに比べたらどうって事ないはず。


 それに、無表情で我慢してる姿が、逆に痛々しい。


 こんな娘に守られてて良いの?八雲スズ、いや、〈星光の魔法少女〉、リン。


 立て、直ぐにイナズマちゃんの所へ…!


「動くな、姿勢を変えずそこで待機していろ」


「…………え」


 バチっ、と電気が私とイナズマちゃんの間に走る。


 それがまるで、イナズマちゃんに拒絶された様で、何より足手纏いだと言われた様で、完全な妄想だと分かっていても、私の心は一瞬鼓動を止めた。


「で、でもっ、そんな腕じゃ…」


「俺の心配より自分の心配をしろ。それから何度も言わせるな、そこで安静にしていろ」


「ッ」


 途端に、私から視線を外しヒュドラに相対するイナズマちゃん。その全身からはバチバチと電撃が散り、周囲のあらゆる物を拒絶している様にも、翼を広げた雷鳥が飛び立とうとしている様にも見えた。


「…たら…の恐れ……あるか…」


 体から完全に力が抜け、遠ざかって行く背中を見送る事しかできず、視界が涙で滲む。



 どうして、私はここまで無力なのだろう。


 仲間達を守ることも出来ず、ただ見ている事しか出来ない。


 私が居る意味って、あるのかな。



 そんな、先程の死の絶望とは異なる絶望が、私の心を蝕んで行く。


 反対に視界に映るイナズマちゃんの背中は、腕が無いにも関わらず頼もしくて、何より綺麗と感じる人もいるかもしれない。


 けれど——————


「ダメ…イナズマちゃん…!戻って…!」


 私には、輝きを増す稲妻の閃光が、イナズマちゃんの命が燃える様にしか見えなかった。


 ……死ぬ気、なの?



「それなら、わた、私がぁ…!」


 動くなと言われてなお、藻搔いてしまう。理由は自分でも分からない、ただひたすらに、イナズマちゃんを喪うのが、自分が死ぬよりも怖かった。



 …イナズマちゃんが、ヒュドラに向かって跳ぶ。もう、声も何も聞こえない。


 ただ泣き叫ぶ私が最後に見たのは、白い稲光がヒュドラに突き刺さる瞬間だけだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る